大魔王ハルカ(旧)
カーシャは腹を押えながらゆっくりと立ち上がり言葉を続けた。
「魔導書にはこう記してあった、途中で呪文の詠唱を止めてはならない、もしそのようなことがあれば、大地に大いなる災厄をもたらしたり。と」
唾を飲み込む音が地下室に響いた。
ようやく、氷の呪縛から開放された兵士たちの隊長らしき男が力いっぱい腹の底から声を出した。
「そ、そのような戯言を!!」
カーシャはその男を鋭い目で睨みつけた。
「たわけが……この強いマナの波動を感じないか?」
カーシャがそう言った刹那、魔方陣は強い光を放ち爆風を巻き起こしたと同時に白い影が、黄金に輝く白い影がゆらめきながら魔方陣の上に浮かび上がった。
この場にいた者達が一斉にどよめき始めた。
白い影は強い輝きを放つと同時にもの凄いスピードで部屋中を不規則に飛び回り、途中影に触れた兵士達を次々と八つ裂きにしていった。そして、光は急に止まったかと思うと、ハルカ目掛けて飛んできた。
「避けろハルカ!!」
「えっ!」
ハルカは急に襲ってきた影から逃げることもできず、影の直撃をくらったと同時に不可思議な現象が起きた。光り輝く白い影がハルカの体内に吸収されていくではないか。この場にいた者は今、自分の目の前で何が起こっているのか全く理解できなかった。
ハルカは自分の身体に吸い込まれていく何かを目の当たりにしながら何もすることができなかった。
「(光が……熱い光が私の中に……意識が薄れて……)」
次の瞬間、ハルカの身体がビクンと鼓動を打つと同時に爆風がハルカを中心として円状に巻き起こった。
カーシャは足に力を込め腕で顔を覆った。そして、爆風が治まったの確認すると腕をゆっくりと下げハルカを見た。
ハルカの姿は前となんら変わらない。しかし、身体から発せられているマナが違う。ハルカの持つマナとは違う波動が感じられる。
ひとりの勇敢な兵士がハルカに斬りかかった。だが、その兵士はハルカに睨みつけられただけで後ろに吹き飛ばされ壁に強く叩きつけられた。
それを見ていた他の兵士の大半がこの場から急いで逃げ出し、残った数人の兵士は恐怖のあまり身動き一つできず、またある者は怪我で負傷して逃げることができす、またある者数人はハルカに勇敢にも立ち向かったがあえなく全員壁に叩きつけられ意識を失った。
カーシャはその一部始終を見ていたが何もすることができなかった。彼女はこの場に立っているだけで精一杯だったのだ。
「(ヤバイ……このままじゃ私もやられる)」
カーシャはハルカから少しも目を離さなかった。彼女の頬に冷たい汗が流れ地面に滴り落ちる。
ハルカがゆっくりとカーシャに近づいて来た。その足並みは一歩一歩がとても重く威厳のある歩き方だった。
「(…………)」
カーシャは汗のかいたこぶしを強くぎゅっと握り締めた。
ハルカはなおもカーシャに近づいてくる。そして、カーシャの2mほど前で止まり口を開いた。
「お前が私をこの世に蘇らしてくれたのか?」
ハルカの声はハルカの声であって、いつものハルカの声ではなかった。とても冷たく重い声だった。
カーシャは唾をごくんと飲み込むと、こう答えた。
「……そうだ」
「そうか、それは礼を言う」
ハルカは邪悪な笑みを浮かべた。あれはハルカの顔であったがハルカの表情ではなかった。まさに悪魔というにふさわしいものであった。
「……お前は何者だ?」
カーシャはこう言いながらこぶしに一層力を入れて握った。カーシャのこぶしの間からは鮮血が滲み出していた、彼女はこぶしを強く握ることにより、精神を保っているのだ。
「私は名も無き魔の王だ」
「(あいつの変わりに魔王を蘇らせてしまうとは、とんだ誤算だ……笑えない……ふふ)」
「私を蘇らせただけのことはある、お前からは強いマナの波動を感じる。だがこの娘のマナに比べれば取るに足らん」
「そうか、それでハルカの身体を器に使ったのだな」
「そうだ、魂だけでは自由に身動きすることすら困難だからな」
そのために兵士たちはカラダの制御がうまくできない魔王によって八つ裂きにされてしまったのだ。
「女、お前は私をこの世に蘇らせてくれた褒美に殺さずにいてやろう」
「それはありがたいが……私はおまえをもとの暗黒の世界に戻さねばならない!」
「せっかく私が与えてやった命だというのにそんなに死を急ぐことはないだろう」
カーシャは手の平に炎の玉を出し魔王に投げつけた。
「許せハルカ!」
炎の玉は見事ハルカの顔面に当たった。……だが、消炎の中から現れたハルカの顔には火傷のあと一つなかった。
「(……まさか)」
「ハルカか……遥かな時の中から蘇りし私に相応しい名前かもしれんな。その名前使わしてもらおう」
「(魔王ハルカか……今回はシャレにもならんな、さっきはハルカの身体だと思って手加減してしまったが今度は)」
カーシャは両手に意識を集中し、鋭い氷の刃を作り出しハルカ向かって撃ち放った。がしかし、魔王ハルカが手を氷に向けてかざすと氷は見る見るうちに溶け始め水蒸気と化してしまった。
「(やはりこのままではマナが足りんか)」
「女、次は容赦しないぞ」
魔王ハルカはそう言うと、腕を大きく横に振り真空波を放ちカーシャを壁に叩きつけた。
壁に叩きつけれた、カーシャの口から鮮血が吐き出される。
「ぐはっ(ここまでか……ふふ)」
カーシャの全身からは力が一気に抜けていき足から崩れるようにして地面に倒れていった。
魔王ハルカはそんなカーシャには目もくれず、マナを集中させ辺りのモノをなぎ払い天高く天井を突き破って飛び去って行ってしまった。その衝撃は凄まじく魔王が飛び立つ際には地下室諸共ルーファス宅を全壊させてしまうほどのものだった……。
ルーファスが死に魔王が復活しカーシャはその魔王によって倒されてしまった。物語はここに来て急展開を迎える。この世界は、魔王に身体を乗っ取られてしまったハルカの運命は……?
作品名:大魔王ハルカ(旧) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)