完全犯罪
車が駅前でとまった。私は出ようとしたとき、彼に腕をとられた。そしてキスをした。この人生生まれてからはじめてのキスは、大人のキスだった。驚いてキスは甘いものとか、味わうものとかいう理屈なんてわからなかったけど、唇が離れた時、彼が笑った顔をみて私は、かっと頬が赤くなるのがわかった。
「いいね、もう嘘はつかない」
私は頷いて、そのまま逃げるように走った。
そうしてどうにか家まで戻って今度こそ、現実味のない恐怖にとらわれた。ひとをころしたという恐怖感と同じく、キスをしてしまったという人生のイベントが頭の中でぐるぐるしている。警察に捕まるかもしれない。――けど、大丈夫。
無性に彼に会いたいとおもいながら、これから少しは会えないのだろうと私は覚悟した。だって、犯罪者だもの。
その日、私は彼からのメールをパソコンで受け取った。短く、『大丈夫』とかかれていた。そのあと、会う日をいつにするかというデートのお誘いをいただいてしまった。こんなものなのだろうか。テレビで捕まる犯罪者は今は私もそうだけど、もし捕まったら、ああいうふうに――たとえばいい子でしたとか、優等生とか、いわれたりしてしまうのだろうか。けど、今の私は恋する男性といつデートをするかということを楽しむ、きっとごくごく平凡の十代の女の子。けど、今日、私は、彼の家にいくとき、確かに平常たる神経は持ち合わせては居なかったと自分でいいきれる。この衝動的な感情はどこから生まれてしまったのだろう。みんなもっているものなのだろうか。それとももってないのかしら、やっぱり私ってへん?
その日の夜はテレビも見ずに寝てしまった。並の犯罪者のように神経をぴりぴりさせようという気がまったくないのは、人を刺してしまったのにそれが遠い、遠い昔のことようにしかおもえないからだ。
そうして、何日もたったけれども、私が殺した女性についての殺人事件についてはなにもなかったのだ。そう、なにも――おかしい。いくら隠し方がうまくても、こんなふうに見つからないものなのだろうか。あの死体を彼はどう始末したのだろうか。きっとあの人にだって家族がいて、なにかしら警察に届けをだしているはずだ。なのに、どうして?
私は、気になって、その日からさかのぼって殺人事件についての記事を新聞で捜すことにした。そうすると、一つだけ死体についてのことがかいてあった。ホテルの一室で人が死んでいたというものだ。けれども、それは男性であった、女性ではない。そして、それは自殺だ。腹部を軽く刺したあとによる首吊り自殺。なんでも刺したあとは痛いらしい。そのあとに首をつる方が確実と考えての行動なのではないかと難しい文字でかかれている。
つまるところ、私とは無関係だ。どういうことだろう。彼は、死体を山とか川とかにすててしまったのだろうか。ああいうのは、それほどに見つかりずらいのだろうか。いや、あそこらあたりに山なんてないし、川だって、見つかってしまう。それに私がかえってから、彼がメールをくれるまで、おおよその時間は一時間。そうなると、絶対に山や川は不可能。そうして残る可能性を導き出して私は自分がしくまれてしまった罠に見事に落ちてしまったのだと気がついた。
「ばかみたい」
私は彼に利用されさんだ。
なんてことだろう。
彼は自分の手を汚さずにまんまと邪魔な人間を殺してしまった。けれども、それを裏づける手立ては私にはない。まさか、警察になんていけない。いったら怪しまれるし、第一、なんていえばいい。私がこの人を殺しました? ――ああ、なんてことだろう。
私は、彼に対しての激しい憎しみがわきだった。
全てが仕組まれたのはいつなのか。そんなことすらだんだんと頭の中で考えていって、私は怒りに部屋の中にあるものをとにかく手当たりしだいに壊してしまいたいとおもった。そう、彼を殺したいと思ったように、私の中には激しい憎悪という衝動があるのだ。それすら彼が私を利用するために仕組んでつくりあげもののように思う。
「たしかめなくちゃ」
私は、メールで彼に明日会いたいといった。彼は喜んで明日の夕方にといって場所を指定してきた。私は人を刺したカッターを手にして握り締めた。
「ころしてやる」
彼を殺す。
《》
翌日、私は女の子らしい服装を選んで彼との待ち合わせの場所にいた。彼はやはり落ち着いたシックな服がよく似合う。そうして車で私を迎えてくれたのは、憧れの年上の彼氏というところか。私は車の助手席に乗り込んだ。
「怖い顔をしているね」
「あなた、私をはめたわね」
「……何故、そう思う?」
「あの死体、女じゃなかったのね!」
「……」
「あれは、女装していた男性よ! いいえ、女装じゃなくて、女性になろうとしていたのかもしれない。胸はあったみいだけど、新聞には男性と出ていた。あのホテルの一室で自殺をとけたという男性の死体が、私が手にかけた相手ね?」
彼は無言なのに私は勝手にしゃべることにした。
これは、私の妄想で真実ではないかもしれない。もしかしたら人を殺したということが私を正常な道からずれにずらした思考の持ち主にしたのか、はたまた元がこういう思考の持ち主だったのか。自分で自分がわからない。
「あなたは、私にあの男を殺させた。あなたは、男性とわかっていたのね?だって、ストーカーですものね? あなたが知っていることはわからないけど、あなたは男性とは知っていたはずよ。だから、ホテルの一室で自殺にしたのね? それも、あなたはあろうことか、私が殺したということにした……あなたが殺したのよ! 私は刺したけど、首はしめてない」
「いつ首をしめる機会があった?」
「あなたが車に死体を運ぶ時よ。私は外を見張っていた。そのときにトランクにいれるとき、まだいきているのにあなたは、手早く首を絞めてころした。そして、私をそのまま車に乗せて駅でおろして、身元がばれないような服装でホテルにチェックをいれて、あの死体をつるしておいたのね」
「……妄想だ」
「ぬけぬけと」
そういわれてしまっては、どうしようもない。確かめる方法は彼しかないのだ。私の心は動揺していた。彼は私の同様を見透かしたように私をじっとみた。
「それで、僕を殺すのか?」
私はカッターを握る手に力をこめた。あのとき、人を刺したカッター。
「殺してもいい。けれど、君は逃げられないぞ。バカなことはやめるんだ。どうせ、あの死体を殺したのは我々だとはわからない」
「わかるわ」
「どうして?」
「だって、それは」
言葉に私は詰まった。警察がきっと私たちを突き止めてしまう。そんなふうに私は思う。
「あれは、いつも僕のところに女装をしてきていた。だからこそ、不審な女性――もとい、恋人たる女性は出入りしていたが、男性は一度としていない。わかるかい?この意味が、もし彼の部屋を調べてストーカーとしての行為や女装癖が発覚したとしても、僕は知らぬふりをするし、その恋人の女性は、僕の横にいるじゃないか」
「……どこまで私を利用するの」
「君が刺したことにはかわりはない」
彼の言葉に私は奥歯で苦虫をかんだ。
そう、私が人を刺したことにかわりはない。私は刑務所にはいりたくない。