完全犯罪
そうすると、一週間ほどして手紙がかえってきた。前と同じ青い封筒に達筆な文字を見て私はくらくらとした。
そのまま部屋に駆け込んで、手紙を開く。あけるときは、手紙の封筒を汚したくないので、鋏できって中身をそっとだす。そうするとき、今までしっかりと封じらていた中から出される手紙からは密封されていた香りがする。私は、鼻でその香りをかいで紙特有の香りだと口元を緩めた。
そうして達筆でかかれた文字をおって、私はまたしても眩暈に襲われる。なんて気持ちのいいめまいなんだろう。
これは、都合のいい夢なのかもしれない。
そう思うけれど、私の手の中には手紙がちゃんとある。それが現実だということを私に教えてくれる。それだけで私は天にだってのぼれる。
けれど、次に手紙をかくときは、私はますます考えた。人気作家なのだから、私の手紙にいちいちこたえるのは大変なはずだ。それに、これは私だけではないのかもしれない。疑心暗鬼にかかりだすととまらなくなる。もしかしたら手紙がくるのは迷惑かもしれない。もしかしなくても、いやがられるんじゃないのか。
そんなことを思い出すと手紙の返事をかくなどまったく考えられなくなった。
私は、いただいた手紙を大切に、大切に机の引き出しのかぎつきの中にしまうとため息をついた。
とってもいい思い出で、これは私の宝もの。
私は、そうして手紙の返事はかかなかった。そもそも、返事をかく事態がなんて、大胆なことのように思えたからだ。それに返事がかえってこなかったらいやだし、かえってきたら、きたで迷惑なんじゃないかと思ってしまう。そう思って書くの控えながらも私は、風紋先生の新刊がいつでないか、いつでないかと本屋に足しげく通った。そうして、新刊が出たのが、月末であった。そのころはおこづかいなんてものはない。ハードカバーは、高い。目の前にずっと待っていた新刊があるのにかえない。それが私には悔しくて、たまらなかった。仕方ない、少しすればおこづかいがはいるんだ。その頃には、真剣にアルバイトをしようと考えながら私は家に戻ると小包が届いていた。
「これ、なに」
私は、台所で夕食の支度をしている母に声を少し大きくしてききながら小包を見て驚いた。
それは、忘れようもない達筆の文字で私の名前がかかれていた。
「あー、それ、あんたにね」
母の言葉を最後まで聞かずに私は、小包を手にとって自分の部屋まで走った。
心臓が異様に早くなっている。
もしかしたら、心臓が破裂するかもしれない。
私は、頭の中でそんなことを考えながら震える手で机に小包とかばんをおいて、慌てて鋏を手に取った。そして封をうけると、鼻につく、あの香り。コロンかもしれない。
つんと鼻にくる、甘い匂い。
私は、そっと包みの中に手を入れると、ずっしりと重い。なんだろうとそっと出すと本だった。それも先ほど本屋で見た新館だ。
きれいにラッピングされているのに私は息をするのを完全に忘れてしまっていた。
うそ。
心の中で呟いて、けれど手にある重さは本物だった。
どうしよう
本の上に一枚だけ手紙があった。
『よろしければ、お読みください。そして、ご感想をください』
そのあとに
『最近、お手紙なく、元気しているでしょうか? 送りした本は新刊です。まだもっていないと思います』
と書かれていた。
彼は、私の手紙をまっていた。
それだけで頭は立っていることをままならず、その場に腰を抜かしてしまった。こんなの、できすぎだ。
私は、自分でいうのもださい女の子なのに……いや、彼は私のことを知らないのだ。そういえば、私は自分が高校生ということは書いたし、女の子だということもかいた。もしかしたら、それで彼は、その緻密な脳でとっても素敵な女の子を想像しているのかもしれない。そうだとしたら、少し詐欺かもしれない。いや、女子高生で、いつもそういう可愛い子ばかりを想像するそちらがわるい。
などと考えながら、やはり頬が真っ赤に火照ってしまっているのを自分で感じた。
そして、届いた新刊を強く胸に抱きしめた。
彼は私の感想をまっててくれている。
これこそ、まさに夢のような――現実だ。
そして、私は、その日のうちに本を読んでしまった。そうして、その次の日になくなってしまった便箋をかいにいって、家に戻った。そして、本のついての感想をかいて、投函した。そして、彼からの手紙の返事がこないものかとドキドキと胸を高鳴らせて、毎日、家に真っ直ぐにもどった。
今までは私はいつも迷惑かもしれないと怯えていた。けれど、彼からほしがってくれた。それが私に強い力をくれた。
手紙の返事を期待しながらまっていると、すぐに返事がかえってきた。私は手にとって青い封筒の中身の手紙を読んだ。
はじめは本についてのこと。けれど、それが終わると、次は自分のことになる。どんなものが好きかという話から、趣味から。そして、最近あった話というふうに私的なことも話すようになった。
私の毎日は、いつも学校から家という往復だった。今だって、時々、本屋と図書館によるだけで、その往復作業はかわらない。けれど、私の毎日は、ただの道の往復作業ではなくなった。そう、毎日の意味のあるようでなかった日々ではなくなったのだ。いつも期待にどきどきしているのだ。毎日あることでも手紙にかくことになる。だから、私はの毎日はきらきらとなんだか、光っているようだった。
風紋さん。
先生は、やめてほしいと手紙にかいてあったので、私は、さん付けで呼ぶことにした。
彼からの手紙に新刊がいつでることなどがちゃんと書かれていた。だから、新刊などについては困ることがまったくなかった。そうして、手紙だとめんどくさいのではないかということになった。そうだ、学生はお金がないから、メールのやりとりにしようと彼が持ちかけてきたのだ。
私が貧乏学生だということを彼はちゃんと覚えていたのだ。それに感激した。
そうして、手紙のしたにかかれてあったメールとアドレスに、私は自分の家にパソコンがあったことにこれほどに強く感謝したことはなかった。そういえば、手紙で私の家にはパソコンがあるとかいたかもしれない。私は使っていないけれど、風紋さんは、そのところをちゃんと覚えていたようだ。なんてすごい記憶力。
私は、早速、父に頼み込んでパソコンの使い方を教わった。私は、ほとんど父と会話らしい、会話をしたことがないので、父はなんだか娘に頼まれて「頼れるお父さん」ということに嬉々として私に丁重にパソコンの使い方を教えてくれた。