完全犯罪
そうして受け取った五千円を財布の中にいれつつ、申し訳ないような気持ちがぐっと心の中に広がったけれど、それ以上に、これで本がかえるという気持ちのほうが上回っていた。
私は、その翌日には本屋に駆け込んでいた。
そして、昨日買えなかった残る二冊の本を買った。本屋さんの棚には大きな穴があいた。そして、そのまま家に直行した。
これでお金はもうない。ハードカバーは値がはりすぎる。と心の中で文句をいいながら、この本だったら、これぐらいの値段では安いかもしれない。けど、そんなことをいったら私は本がかえないと心の中で妙な葛藤をしつつ、私はその三冊を三日で読み終えてしまった。一週間も持たなかった。そうして私はまるで麻薬中毒者が麻薬を求めて徘徊するように風紋先生の本を求めて本屋をうろちょろして、お金のないことにため息をついた。まさか、また母に嘘をつくわけにはいかない。アルバイトをしようかと、どうしようかと頭の中で考えがぐるぐるとまわるけれど、どうしようもない。
そうして行き着いたのが図書館だった。
図書館で風紋の名前で探してすぐに見つけた。まだ読んでない本が何冊もならんでいたのに私は子供が大好きなおもちゃをみるみたいに目をきらきらさせて、棚にある読んでない本をとにかく手にとって受付のカウンターにむかっていた。
そうして自分のそばにある本という本を読みつくしてしまった。図書館で借りた本は、読んでしまったらかえさなくちゃいけない。これがなんだか切ない。新刊はいつもなくて、カウンターに問い合わせると予約がいっぱいなのだそうだ。
私だけの本ではないようで、妙な気持ちだ。
大好きだからこそ、独占したい。
そんな気持ちが私の中にふつふつと沸いてくる。
そうこうしている間に私は、本の中で作者についても最低限は調べた。とはいっても、本の作者紹介にかいているのを読んだのだ。
風紋。年齢は、かいてある生年月日から計算すると今年で三十代前後。ミステリ世界の期待の新人。一度だけ写真が張ってあるのを見た。三十代だとおじさんをイメージしていたけど、まだまだ二十代という風貌に優しそうな面持ちでありながら整った顔は、本当に作家なのだろうかと思えた。これだとモデルをしていても十分通じるかもしれない。
そうして私は、あるだけの本を読んでしまい、募りに募った気持ちは日に日にましていった。全ての本を読んでしまいながらも毎日、風紋先生の本はないのかと本屋にいく。その往復に私はたまらくなったのだ。
百円ショップで便箋セットを手に取ると、そのまま自分の部屋にはいった。
私は、今までファンレターなんてかいたことがなかった。出そうと思ったこともなかった。そもそも、なにをかけばいいのか、わからないし、なんだか恥ずかしい。けれど、この場合、私は熱におかされていたのだ。
そうとしかいえないほど、私は丸みのある文字をできるだけ丁重に、できるだけきれいにみえますようにとお祈りをしながらかいていった。
そうして連なった文字たちは、紙いっぱいになって、その枚数が五十枚になってしまった。これは自分でも驚きだ。
私は、この五十枚に、とにかくなんでもいいから書いた。もう二度と出さないのだし、これくらいしてもいいはずだ。
そのとき、私は常識というものを忘れていた。そのままずっしりとおもい手紙をポストに投函してしまったのだ。だが、投函したあとでしまったと思い直した。五十枚にも及ぶ手紙がくるなんて、きっと相手は驚くに違いない。もしかしたら、いやがられるかもしれない。けれど、友人がファンレターを送ったときは大抵が返事はかえってこなかったというのもあったし、はたまたあらかじめ用意している手紙があって、それがかえってくるのだということだ。世の中の作家さんたちは、忙しいのだ。
だったら、風紋先生はどうだろうか。もしかしたら、かえってこないもかれしない。それは、それでいい。というよりは、むしろ、かえってこないでほしい
私は、人生最大の汚点を送ってしまった。それだけで顔から火がでそうになる。
読まれませんように。
そればかり真剣に祈ってしまった。
けれど、私の祈りはよい意味で通じなかった。
「手紙きてるわよ」
本屋から家に戻った私に母がいった。私に手紙が来るなんて珍しい。私の場合は、大抵が広告の手紙なので、なんだろうと思いながらきたという青い封筒を見て首をかしげた。きれいな達筆な文字で私の名前と住所がかかれている。その後ろを見て私は仰天して、危なく手紙をおとしかけた。おとさなかったのは、おとしてはいけいなととっさに思ったからだ。
風紋。
その名前が書かれていた。
なんてことだろう。
風紋だ。
あの風紋だ。
私は、自分が送りつけた五十枚にも及ぶファンレターと読んでいいのか、はたまた、そのようによんではいけないのか、そればかりを考えて顔がほてっていたのが一気に血の気が音をたててひいた。
手紙をもって部屋に慌てて戻って、震える手に鋏をもって手紙の封をひらく。
そして中から手紙を取り出した。
こういう場合は、もしかしなくてもあらかじめ用意された文章のコピー……それでも今の私には十分だ。
そう思っていたのに出てきた白い紙は見なくても、それが直接かいたものだとわかる。
うわ。
私は、声がでなかった。息をすることも忘れていた。そして、そのまま震える手で手紙をひらいた。
封筒と同じく、達筆な文字で書かれた内容。拝啓からはじまっている。私は、そんな前書きなんてかかなかった。失敗、一。
『感想をありがとうございます。真に熱烈なファンレターに頭がさがるほどです』
またまた失敗、二。
こんなに私の文字はきれいじゃない。
頭がくらくらする。
手紙にたいして文句をいわれなくてよかった。
真っ先に、胸をなでおろした。けれど、自分の身になるとあんなものを贈られては、あんまりだ。気持ち悪いだろう。なのに、風紋先生は、そんなことにたいして優しく受け流してくれている。それが涙がでるほどに嬉しかった。
そして連なった文字を読みながら最後に
『また、お手紙をいだたけましたら、励みになります』
その優しい言葉に私は、拳を握り締めた。
また手紙をかいていいのだ。
そう思ったけど、もしかしたら、これはうわべだけの言葉かもしれない。けれど、それでもいい。私は言葉に甘えてしまおうと思った。
そして、すぐに机にむかった。
今まで勉強にだって、こんなに真剣に机に向かうことなんてない。
けれど、このまま勢いにまかせてまたすごい枚数になってはいけないと、私ははたと手をとめた。そうだ、迷惑をかんがえなくちゃいけない。
そして、私は、考えに、考えて手紙は数枚にすることにきめた。あと、書く前に書くことをきめておくことにも決めた。じゃないと勢いにまかせてまたすごい枚数をかいてしまいそうだ。そうして私は書く前にいろいろなことを考えた。どういう手紙を書けばいいのか。そうして内容をまとめて、一度下書きとして書いたあとに変なところはないかと一度読み返したあとにわざわざ鉛筆をもと出して、しっかりと研いだ鉛筆で文字をかいた。そうして、封筒に切手を貼って投函した。