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close your eyes-瞳を閉じて-

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「見るな……、頼むから、そんな目で俺を見ないでくれ……。こんなの嫌だ……耐えられない……!頼むから、頼むから……!!こんな姿を見られたくないんだ……やめてくれ……やめろ、やめて、ああァッ……おぷっ……」
嗚咽とともにまた吐き出した。

結局様子を見にきたナースに見つかり、すぐに掃除された。俺の脳裏にはいつまでも瑠璃のひどく戸惑った顔と、織の優しい顔が重なって見えていた。



俺はまた駆け出していた。今度は飛ぶためではなく、行く当てもないわけじゃない。




辿り着いた場所は落ち着いた一件の家。二階建てのよくある軸組構造で、縁側から丈夫そうな梁や柱が見えている。地面一杯に敷き詰めた細かく白っぽい石の中に足場となる大きな平たい石が顔を覗かせている。その上を歩いていくと、周りが1ドア2ロックのドアを導入しているのに対し、ここ一帯では珍しい鍵のない重たい引き戸があった。

ガラッ

扉をあけると、奥の今からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

「な、なんだなんだ?いきなり扉が開いたと思ったら……悠君じゃないか、どうしたんだいきなり……!」

そう、この家は俺に生活費を送ってくれる伯父の家だった。元々は俺と、両親が住んでいた家だ。でも俺にとっちゃ、今は亡き家族を思い出すだけの哀しい場所だった。だから数年前一人暮らしをはじめていた。

俺は伯父を一瞥して階段を上り自室に行く。階段は以前より脆くなっているのか、キシキシと木を踏む度に音が鳴る。襖を開き、部屋に入る。直ぐに押入れを開いた。目当て以外には目もくれず押入れを漁っていると、何とか見つかった。

「あったんだな、アルバム」

俺はまた確認しなければいけない。また向かい合わなければならない。

でも。

「ああ、そうか……。」

アルバムを開くと、そこには友人との写真があった。だが、ところどころ写真を綴じる透明の紙が破かれている。そう、織の写真は残らず燃やしていたんだ。別人だという確証はあるのに、それを信じようとしない俺がいる。だから顔写真でも見れば、と思い、ここまで来てみたが…全て自分で焼き払った後だった。ケータイのメールにもない。彼女の実家を訪ねられれば早いが、現住所はもうわからない。

じゃあ、もう1つしか手はなかった。俺はまた立ち上がって、片付けもせず部屋を飛び出した。


家においてあった自転車に跨り、海沿いの舗装されてない道路を走る。



『柊之墓』

墓。織の墓。ここには彼女が大好きだと語っていた祖母も埋葬されていた。


もう   いない


「わかってるくせに」

そんな声が聞こえた気がした。

「どうして」
ジン、と体の奥が疼く。
「埋まらないんだ……」

痛い。傷が、ずっと痛む。

「この胸の傷はああああああああああッ!!」

殴る、なんて綺麗なものじゃなかった。のしかかる様に墓に体当たりして、ぶつかって、地面に落ちた。もう、涙も出なかった。ただ無気力で、痛いだけ。

俺はその日は墓の前で転がって過ごした。

「おいおい、夏じゃねえのに雰囲気でないだろ」
耳障りな声が聞こえてくる。
「いいじゃねぇか。季節はずれの肝試し」
ケラケラと笑う若者が、近づいてくる。足音が止まる。どうやら倒れている俺に気づいたらしい。
「うわっ!?なんだこいつ!」
一瞬焦ると、俺が息を吐いたのをみて元の調子に戻った。
「なんだよ、僕ちゃんも肝試し?仲間だねぇ」
今時いるんだな、こういう面倒な絡み方する奴。
「ほっといてくれ…・・・」
調子に乗って覗き込んでくる。
「いいじゃない、仲良くしーま……ッ!!」
酒臭い顔面を殴りつける。
「ほっとけっていっているだろッ!!」
そいつは驚いてよろめいて、後ろに倒れこむ。

そして角で頭をぶつけ、血が噴き出した。

「お、おい!なにしやがる!」
もう一人が驚いてオロオロしている。
「い、てぇ、痛ぇよぉ……」
先ほどの絡みを思い出し、滑稽に見えてふと笑みがこぼれた。
「おいてめえ、人に怪我させて何へらへら……」
「人のこと言えた立場か?お前も人の傷を見て笑っていたじゃねぇか」
もう何もかもがどうでもよくなって、笑えてくるんだ。

「お、お前、どうかして……」
ゴキッ
恐怖にゆがみかけたその顔に鈍い音が響く。肉にめり込む嫌な感触だ。

「死ねよ」
殴り続ける。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、……」

何回その言葉を繰り返したかは覚えていない。気づいたら俺は警察に取り押さえられていた。


「君、年はいくつだ」

「……。」

「住所は」

灰色の取調室の中で俺はずっと質問されていた。何も、わからない。もう、どうでもいい。

「親の電話の番号は」

「親なんかいません」
あの忌々しい顔がよぎった。

検察官のようなこいつはため息をついて、かわいそうなものを見るような目で俺を見た。こいつの目には、いったい俺はどう映っているのだろう。

「家族は」

「家族……」

なぜだろう、こんなときに浮かぶ顔は瑠璃だった。ほんの数日、顔を合わせていただけなのに。

「いるのかい」
「どうでしょうね。向こうがどうおもっているのかわからないのでなんとも」

「兄弟かい」

「いえ、血はつながっていません」


男は一度目を閉じ、深く息を吸うと、扉に目を向けた。扉近くの刑事がその視線に気づき、ドアノブに手をかける。灰色で、きっと一生くぐるとは思っていなかったであろうその扉から、顔を出したのは……。


「悠くん」

瑠璃と、あの女だった。

「っ……」

暴れればいいのか、喜べばいいのか、泣けばいいのか、笑えばいいのか。訳が分からなくて、混乱して、黙るしかなかった。








「……この女はともかく、何故瑠璃がここにいる……」
俺は刑事を殺したくて仕方がなくなった。一番、今の俺を見られたくない子を、どうしてその今に…。
「覚えてないのか……?君を止めたのは彼女だっただろ。」
「瑠璃が……?」
無気力になってから、何も見ていなかった。
刑事二人とあの女は気を利かせたつもりなのか部屋から出て行く。

「……っ……」
なにかを切り出そうとする瑠璃。俺はただ黙ってみている。

「あ、あのっ……悠君……。」
「どうした」
気づくと彼女は頭を下げていた。

「ごめんなさい……。私のせいで……。」

俺は呆気にとられて、一瞬言葉に詰まった
「何でお前が謝るのだ。」
瑠璃は目を伏せたまま、ほんの少しだけ顔を上げる。
「悠くんが私を見ながら、織って呼んだの、ずっと気になっていたの。今さっきのお墓、柊乃墓って書いていたよね。あそこのお墓の裏側にプリクラがはってあったの……。」
そんなところまでみてなかった。気の知れた友人とでもとっていたのだろうか。それを友人が織との思い出に、そっと貼り付けたのだろう。
作品名:close your eyes-瞳を閉じて- 作家名:紅蓮