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close your eyes-瞳を閉じて-

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「相談なんてしてねぇ」
そう、せめて少しでも今、俺の中に恐怖があったなら…。

カウント2、

「大人への口の利き方をしらないのか?」
恐怖が故に逃げ出したところで誰も俺を責めなかっただろうに。

カウント1、

「お前らは大人じゃない」
こんなマネをしなくてすんだのに。

カウント0。


「タダのクズだ」

鉄パイプを拾って奴らに向かう。

まずは左の男。身長は比較的四人の中でも小さい。脊髄を狙って叩く。

バキィ!!

効いたかどうかはわからない。でもせめてこいつらに一矢報いたかった。
頬に拳がめり込んでくる。骨が折れたかもしれない。所詮子供と大人数人の戦い。いや、ド素人と殺し合いのプロとの戦いか。単純な力差だけで考えても勝てるはずない、いや生き残ることができるはずがない勝負だった。



俺はただ、瑠璃を。



無心で鉄パイプを振り続ける。






気づいた時には、誰も立っていなかった。勝ったのだろうか?……いや現実的に考えてもプロ四人とガキ一人の勝負。いや勝負と呼ぶことさえ憚られる。ただ俺が生きていて、瑠璃がこの場にいること自体が奇跡だった。
かすむ景色の中に彼女の悲痛な顔が映った。彼女は意識を取り戻し、俺に向かって何か喋っていた。
「…瑠璃…」
「悠くん……ッ!」
あれ……。俺、いつ名前教えたんだっけ。
俺はもうそれから意識なんてものはほとんどなかった。体が勝手に動いているような気さえした。瑠璃を抱きかかえ、俺は倉庫を出た。

サァ…

外からは雨音が聞こえる。
幸い、傷口が縫合してある為、血はもう出てない。瑠璃自身、代謝が良かったお陰でもあるかもしれない。瑠璃はいつの間にかまた気を失っていた。だが顔は白いが、息もしている。


「……病院にいかないと……」

腫れ上がってうまく動かない体で瑠璃を抱えて、外へ出た。何も考えず、ただ走った。いや、考える余裕がなかった。腫れた目に、五月雨が沁みる。意識は、また幕を閉じた。途切れた悲劇のラストを、逆さからループし続けるように。


一瞬のフラッシュバック。


浮かぶ血。

世界は揺れる。




映るのはまたあの笑顔。


守りたい。

断片的な思いが、景色が、意識を塗りつぶしていった。

ピントが合ってない目で周りを見渡す。

ぼやけた声が聞こえる。


「どうした……が……りないぞっ!」
「どう……ですか……んせい…」


血液が……足りない……。そんな風に聞こえた。

「俺の……血を……」

横たわっていた病院の椅子から立ち上がり、ふらふらと医者に近づく。

「君は……?」

「久遠悠……といいます……。瑠璃の血、足りないんですよね……。」
たしか、瑠璃の血液型はAB…俺と同じはずなんだ…。
その時、看護師がよってきた。ズキズキと痛み、閉じそうになる瞼を開く。

「先生!肺が片方ありません!!」

「なんだと!?」

「傷は縫合されていますが、中で激しい出血が……」


「……れの……」


「な、に……?」


「俺の肺、使ってください」

次は完璧に言葉が出た。

「いくらでも俺の体、出すから……。瑠璃を救ってください」




きっとドナーの臓器提供は間に合わない。こんな田舎だ。書類を書いた気もするが、もうほとんど覚えてない。
手術は緊急で行われた。



そしてまたフラッシュバック。

沈む。水底へと。





















Ein Kapitel #3「monochrome?暗転?」


白いページが、風にめくられていく。その音で目覚めた。ゆっくりと体を起こす。左の胸が、空洞のように空いている気がする。そうか、肺が摘出されたんだ。隣には瑠璃が寝ていた。

「久遠さん、手術、成功しましたよ」

やさしく微笑む看護師がそう告げた。そういえばたこやきトークに花を咲かせていた女性だった。

「そりゃ、よかった……。」

起き上がって、また粗雑に詰まれた椅子を一つとって瑠璃の横に。俺にも点滴のチューブはつながれていたが、ナースは咎めることはしなかった。そういえば、瑠璃の目の包帯、取れたんだったな…。

「そういえば、こいつ、視力は……」
「奇跡的に片目だけ回復していたみたいですね。手術後に患者のカルテを整理していたら出てきました。」

看護師の微笑みは絶えない。それに安堵感を覚え、俺は瑠璃のベッドに上半身をうずめる。

「セクハラですよ」
看護師は悪戯っぽく笑う。溜め込んだ疲れがどっとでてくる。
「いいんですよ、肺一個提供したんだからこれくらい許してもらわないと……」
「それもそうですね。どうぞごゆっくり」

看護師は終始うれしそうだった。こんな他人のために、人はどうしてこんなにも一生懸命になれて、その結果に歓喜するのだろう。こんな他人のために。そこまで考えて、笑みがこぼれた。だって自分もその一人じゃないか。

瑠璃、早く目覚めないかな。

こんなにも優しい午後。あんな騒動があったあとなのに、なんだか眠くなる。



少し、眠ろう。







頭から水滴がたれる。
「はぁ、はぁ、はぁ」

気づけば海にいた。俺は海の中に浸かり、肩程まで水の中だ。
目に映るのは、一人の少女。少女は海を歩いていた。淡い水色のワンピースをきているその少女の足は寒気がするほど白い。

「待ってくれ……、待ってくれ……!」

彼女の名前が出てこなかった。最後の最後まで俺の頭は思い出してしまわないように歯止めをかけているようだ。俺は必死に記憶の中に彼女の名前を探した。

頭の中が、赤く燃えた。怒りで、悲しみで、悔しさで、辛さで、



寂しさで。





視界が揺れている。目の前にいるのは、瑠璃……。そのはずなのに、確証がない。それは輪郭から解けていきそうなほどに曖昧で。個人という存在の大義名分が消えていきそうだった。とどのつまり、瑠璃が違う誰かに見えるんだ。目の前のこの女の子は間違いなく瑠璃だというのに。瑠璃以外に在り得ることのないはずなのに。

「織(おり)……」
俺はその名を呼んでいた
「悠……くん?」

違うんだ。織は……。

頭の奥の奥が熱い。思い出したくない。

それでも一度ストッパーが外れた頭は思い出すことをやめられない。抑えていた感情が、忘れかけた顔が、名前が、感情が溢れ出す。目の前にあるのはベッドで。彼女はその上に横たわっていて。もう俺の名前を呼んでくれることはなくて。もう動くこともなくて。


もうどんなに唇が触れるほどに近づいても

彼女の吐息は感じられなくて。

その時の俺はどうしようもなく咽び泣いていた。辛くて辛くて。そんな光景が浮かんだ頭を、止め処ない諸々が圧迫して理性を押しつぶした。

「っ……あ……」

息が詰まった。
「ごふっ……!」
息ができない。苦しい。
「おぷッ……!!」
胃の中のものが口から漏れ出る。
「悠くん!」
瑠璃が傍に来る。見なくてもわかった。
「大丈夫!?悠くんっ!」
「(見るな……。)」
瑠璃の手がナースコールに伸びた。
「あああァ……ッ!」
頭の中がぐちゃぐちゃなままに、瑠璃を突き飛ばした。瑠璃はベッドによろめく。
「は……るかくん……?」
作品名:close your eyes-瞳を閉じて- 作家名:紅蓮