close your eyes-瞳を閉じて-
「お母さん、ね……私、を……生むとき、に、血がいっぱい出てね……死にそうになったんだって。それの、せいでね……お金がね、たくさんいるよう、に……なってね、……。お金を借りたの。そして、そのまま、いなくなった。」
「……なんで、そんなことを俺に……」
答えずに続ける。途切れ途切れの言葉が、だんだん繋がって普通の女の子の喋り方になる。
「私がいなければね?お母さんは死ななかったし、お父さんもお金なんか借りずにすんだ。お金、それだけじゃないの。サラ金にも手をだしていたみたい。そう、私がいなければ、二人が死ぬことはなかった。だから私はいきる権利なんてない。だから、車道に飛び出して頭壊したの。」
悪戯っぽく嗤った。
「神楽 瑠璃は死んだの。私が殺した。」
そう思い込まなければ、すぐ壊れてしまいそうだった。彼女は疲弊しきっていたのだ。
「瑠璃、お前は意識して生まれてきたんじゃない。生まれてほしいという願いの元に生まれてきた。他の誰にも殺すことはできない。勿論お前にもな。」
彼女の口元が歪む。俺の言葉が気に入らなかったらしい。
「その願った人はもういないのに?」
「ああ。それでも何か残っている物がきっとある」
「……何が残っているって言うのよ!」
突然瑠璃は声を荒げた。
「私が生まれることで、何が生まれて、なにがどこに残っているっていうのよ……!貧血気味だったお母さんは私を生んだ時、執刀医のミスで元々少なかった血液がさらに減って、免疫力がおちた。ほぼそのせいで死んだのよ…?父はリストラされて、生活だって苦しくて……。そんなところにその請求がきて、家は借り家でッ!ローンもたまっていてッ!サラ金にまで手を出してッッ!そして自殺……。なに……?私に残ったのはこんな哀れな身の上話だけじゃない……!」
パチンッ
乾いた音が響いた。
「……自己卑下もいい加減にしろよ」
信じられない物を見たような顔で頬を押さえてこちらを見上げる。
「……どんなに辛くたって、逃げていたら何も変わらないだろうがッ!その両親と過ごした日々は楽しくなかったのか?どんなに借金があったって、お前には最初から父母ともにいて、健康で…ッ!!それが幸せじゃなかったとでもいうつもりか?世の中にはなぁ、生まれた時には既に両親が亡くなっている奴や、両親が亡くなったって、借金があったって、健気にがんばっている奴なんて五万といるんだよ……!両親と過ごす日々で得た物も感じた物も……全部お前が捨てているんだろうがッ!」
別にそれが自分だなんていうつもりは毛頭なかった。というより、俺自身がそんなこと言えた身分ではなかった。家族を煙たがり、ただ逃げ続けている俺が頑張っているなどと口が裂けても得るわけがなかった。瑠璃は目に巻いていた包帯をむしりとり、怪我で目を背けたくなる程にグチャグチャになった眼球を露にした。
「貴方なんかに……ッ!何が分かるっていうのよ……ッ!ずっとずっと堪えてきた!私にはお父さんもお母さんもいたから!でもその二人すらいなくなった!じゃあ何が残っているって言うのよ!!」
見えない目で、感覚だけを頼りに俺に殴りかかってくる。それでも潰れた瑠璃の目から、じわりと涙が溢れ出していた。
「う…ぐぅ…う…ああぁ…あぁ」
「だからあるじゃねぇか。ここに。お前の親が望んで生まれてきたお前と、大事な二人との思い出が。」
もう止まらなかった。だが、彼女は泣いている。泣いているということは心に響く何かがあったということだ。だとしたらきっと彼女はまだ生きていたい。笑っていたいはずだ。
「お前の思い出はお前だけの物だろ……。それさえ捨ててしまったら、お前は何を支えにこれからいきていくんだよ……。」
「だって……仕方ないじゃない……っ……。酷過ぎる……っ……、じゃない……、ッこんなのッ」
雫は拭っても拭ってもその端からあふれる。俺は彼女の細い体を抱いた。
「ほら、息を吐けよ。お前の抱えていたこと、全部聞くからさ。」
彼女は、大声で泣いた。俺も強く抱いた。まるで肩身を寄せ合うかのように……。漏れる嗚咽を、口で塞ぐ。ほんの数瞬の間。俺と瑠璃は痛みを分け合った。
Ein Kapitel #2「Twilight?破鏡?」
俺はあれから三週間後、そのまま退院した。瑠璃を残して。退院当日、瑠璃の部屋を訪ねたが、当の本人は眠っていた。起こすのも気が引けたのでそのまま立ち去った。
それから数日後、俺は病院にいき、瑠璃を訪ねた。勿論花を携えて。
「え、引き取られた?」
「ふぁい。先日、木曜日に伯父が引き取っていかれましたぁ。自宅療養に移ったようですよぅ。」
丁度昼食中だったナースが割り箸を加えながら答える。接客マナー的にはもう既に違反だが、今日はどうやら客が多いらしい。病院は大繁盛だった。
「そこの住所はわかりますか?」
「ちょっと待ってくださいね」
彼女はガサゴソと整理されていないカルテを漁りだした。
「今日は大繁盛ですね。」
そばにいたほかのナースが不機嫌そうに俺の言葉に答えた。
「あら不謹慎ね。病院はたこやき屋じゃないのよ」
「えー、岡田さんもうあのたこやき屋いったんですか!?」
ナース達はそれから新しく出来たのであろう、たこやき屋についてのトークに花を咲かせていた。すると、先ほどのナースが受付に置かれている白紙のメモにわかりやすく略地図を書いて住所を詳細に記載してくれた。
「ありがとうございます。」
えらく寂れた家だった。もはや廃墟と呼んだって不足ない。ビニール製の波型屋根の下にバイクが一台止まっている簡素ガレージに、雑草が伸び放題の庭。掃除もされているようには見えない。玄関にゴミ袋が置いてある。中に入っているのはコンビニなどで買った弁当。量も少ない。女の子の食事とは到底思えない。妙な違和感に襲われて家の敷居を跨いだ。
「すみません。久遠と申しますが、どなたかいらっしゃいますか?」
反応はなかった。チャイムは一応鳴っている。
不信感に駆られ俺は引き戸に手をかけた。
カラカラカラ。
鍵は掛かってない。俺は恐る恐る家の中へと入った。
「すいませーん」
返事なんか帰ってきやしなかった。玄関近くにトイレかと思われる扉、そして風呂に通じる廊下。それを横目に俺はリビングに通じていると思われる廊下を歩いた。扉が半開きになっていた。そんなことより気になるのが、変な「臭い」がすることだ…。
「……瑠璃ッ!」
歩くたびにきしむ廊下を抜け、ドアを開いて中へ入ると、点けっぱなしの石油ストーブ、ビニールに入った食べかけのコンビニ弁当、およそ家具なんてソファーとテーブルとテレビくらいしかない。そんな温もりのないリビングの中に広がっていたのは、異臭だった。
「!!」
よく見るとガスの元栓が開きっぱなしだった。急いでガスの元栓を締め、あまり空気を刺激しないように部屋の窓をあけた。急いで石油ストーブをとめたその時、目に入ったのは注射器。なんでこんなところに注射器が?そう思ったが今はそんなことはどうでもよかった。急いで瑠璃を担いで、外へ出た。とにかく外へでて、公衆電話のある公園にいった。
作品名:close your eyes-瞳を閉じて- 作家名:紅蓮