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close your eyes-瞳を閉じて-

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少女がベッドの上で上半身を起こしていた。俺はゆっくりと粗雑に重ねられている椅子を一つ取って、少女の横に座った。目を覆うおように巻かれた包帯。その包帯には濡れたようなしみがついていた。よくみると少女の頬は涙で濡れていた。ポケットからハンカチを取り出して、その頬を拭った。

「君、名前は?」

「る、り」

「……そっか。綺麗な名前だ」

そういうと彼女は音でこちらを探したのか、こちらをむいた。

「目、見えないのか」

ビクリと肩を震わせる。

「……こわい……から……」

「なにがこわいんだ?」

彼女はさらに体をガタガタと震わせて、搾り出すように答える。

「こわいの……みんな、るりのこときらいだから……」

だから、自分で潰したのだろうか。ここにくるまで、他のドアが開いたままの病室をみたが、たいていはスタンド型のカレンダーに簡易鉛筆がついていたり、花瓶が備えてあったりしていた。普通ならある筈の花瓶、備え付けのカレンダーに付属している小さな鉛筆などが、この個室?だけ″、ない…。鋭利な物で突き刺したことを想像させられた。

「もう、両方とも見えないのか?」

「かたっぽ、いたいの……。……でも両方暗いの……」

片方を突き刺すことで、もう片方の目の機能にも障害がでたのか…。

カタッ
俺は立ち上がる。そもそもこの子とかかわりを持つ意味なんてなかったはずだ。このままなにもなかったことにしよう。そして俺はまた…。
明るい光が、風で翻ったカーテンをすり抜けて部屋を照らす。

「どこかいっちゃうの……?」

寂しそうな声で問いかける。

「大丈夫だ、また遊びに来る。」

俺は振り返らずに部屋を出ようとした。
けど、やっぱり振り返って一言だけ。

「またな、瑠璃」

重い右足を引きずって部屋を出た。

ガチャリ

「……失礼します」

受付で看護婦に話しかけた。看護婦は今日の説明をしていた女性だった。ネームプレートには松田と書いてある。空気で察したのか、松田さんは俺を個室へ案内した。
院内は木材をふんだんに使い、落ち着いた雰囲気の病院にみえる。だがそれは受付のあるA棟だけで、患者が入るB棟は病的なほど白い壁や天井に囲われていた。
俺が案内された個室は受付をまっすぐ行って突き当たったところにあった。行き届いてない手入れと建築。一応A棟の一部なのにここは他の閑散とした棟と同じように閉鎖的な空間だった。

「ここでしばらくお待ちください」

「……落ち着きましたか?」

「ええ……多少は。少し確認をさせてもらってもいいですか」

医師は白いカバーで閉じられたルーズリーフを取り出した。いくつかの付箋の中から1つを選び、そのページを開いた。付箋には久遠と書いてあった。患者別にメモを取るために名前で区切っているのだろう。

「俺の今まで飛び降りた回数は二回ですか」

「いえ、三回のようですね。」

「具体的に状況をお願いします」

医師は淡々と資料を読み上げる。

「貴方は6ヶ月程前に地元の学校の屋上から飛び降りました。時間は昼休みだったようです。終わり際、学級に帰る途中のクラスメイトが貴方の身を投げる瞬間を目撃しています。幸い花壇の上だったので打ち身だけで済みましたが、」

話を切らず続ける医師に割ってはいる。

「そのクラスメイトの名前は」

「えーっと……。ちょっとまってくださいね……。三島 聡、という男の子ですね。」

三島、聡。俺の親友だった。思い出は鮮明に、まるで生きた魚に刃を入れたときにあふれ出る血のようにフラッシュバックする。あいつは、俺の両親の葬式の時に、俺が泣かないから代わりに俺が沢山泣いてやる、そういって俺の肩を抱いて大泣きしてくれた。
 ああ、悪いことをした……。

「それから貴方は6ヶ月もの間昏睡し、目を覚ました途端再度身を投げた。ナースが注意をしたそうですが、貴方は聞かなかったそうです。覚えていますか?」

「ええ、なんとはなしにですが」

「最後は……五年前ですね。貴方がお母さんを失した後、雑居ビルに紛れこみ、飛び降りました。これはあなたのお父さんから聞きました。詳しい内容はお父さんも知らなかったそうです。」

ああ……うっすらしか覚えてないけど、確かにそうだった。聡に殴られた。馬鹿なことをするな、と。なんだ…俺があいつを傷つけたのは一度じゃなかったのか…。また謝らないとな…。

「ありがとうございます。」

「あと、骨折はそんな大々的に折れている訳ではないのであと三週間もすれば治るでしょう。」

「はい。それと先生……。305号室の……」

先生はそこまできいて、顔を伏せてすぐに返答した。

「お答えできません。彼女のプライバシーに関わります」

「……そうですか。ありがとうございました。」

触れるなという事なのだろう。俺は個室を後にした。



ロビーに誰かの忘れ物だろうか、本があった。白いハードカバーで、いかにも使い込まれたという感じに茶色く傷んでいる部分がある。目次を開いた。

「神の約束」

神話物だろうか。馬鹿馬鹿しい…。神なんて、いる訳がないだろうに。神とやらがいれば、俺や瑠璃みたいな子がこんな風に壊れるはずは、きっとなかったんだから。




「瑠璃。」

彼女はまた泣いていた。

「また泣いているのか?泣き虫」

彼女は鼻水をすすりながら今度ははっきりと物をいった。

「本、大切……な、本……ない、の」

「神の約束とかいう本なら置いてあったぞ」

まさか違うだろうとあたりをつけていたが、彼女は初めて笑った。

「探して……くれたの……?」

俺は驚き、言葉に詰まって少し間が空いた。

「……いや、偶然見つけただけだ」

彼女の手を取って、その手にしっかりと握らせる。

「あり……がと……。」

その時、微かに彼女の手に触れた。彼女はなにやら右手を固く握り締めている。本受け取るときにその手が軽く開かれた。そして見えた。手に握っていたのは白いカケラだった。最初はそれが何かわからなかった。ふと見ると、傍らにある棚に乗っているのは一通の借用書と、弔事物の手紙。

「(いち、じゅう……。1500万……)」

借金だった。宛先は…神楽 幸雄。神楽の父と思しき人だった。細かな明細が書き込まれている。既に封筒からだされた手紙を手に取り大雑把に眺めると、衝撃的な言葉が目に入る。

「る、り……。その手に持っている物は、なんだ…。」

瑠璃はまるで決まっていると言わんばかりに答えた。

「あの、ね、お母、さんとね……お父、さんの、ね……」




骨なの。



確かに口から声は発されたはずなのに、まるで唇の動きだけ凝視して、声が聞こえない。世界が止まったように。でも唇ははっきり言った。骨と。

「……ッ!」

俺は借用書と手紙をよく見返す。

「……故、神楽夫妻、だと」

言葉を失った。こいつらは一人娘を置いて自分から命を絶ちやがったんだ……。向き直ると瑠璃は変わらない幼さで微笑んでいた。表情は変わらず、不気味なほどに。
作品名:close your eyes-瞳を閉じて- 作家名:紅蓮