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Childlike wonder[Episode1]

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 言い終わってから、アダムは葉巻をぺっと吐き捨てる。それからもう一度マイクを持ち直して続けた。
「二つ目。俺はChildlike wonderとやらも嫌いだが、同じぐらいお前らが嫌いだ」
 アダムの視線が報道陣を舐めるように見渡してゆく。報道陣たちは皆、顔から血の気が引いてゆくのを感じる――。
 アダムが指をパチンと鳴らすと同時に、rue-rue girls!と呼ばれた女性たちの目の色が変わり、懐から各々の得物を取り出す。刀や銃など、西洋東洋を問わない見本市のようだった。
 その中から一人の女性が一歩前に踏み出した。仮面をつけていた四人のうちの一人である。
 彼女は、長い銀髪を腰まで伸ばした白人女性だった。すらりとした鼻筋に、切れ長の瞳。薄いながらも艶のある唇が美しさを醸し出していた。体には僅かに灰色がかったチャイナドレスをベースにした、体のラインをあらわにする長いドレスをまとい、その凹凸の豊かなラインをより強調している。首元にあしらわれたファーは天然の狐毛だろうか、安物には出せない高級感を醸し出し、彼女をより美しく見せるために貢献している。
 左手には五十センチほどのバックラーを着け、わずかにショートソードの剣身と柄が覗いていた。
 彼女は報道陣を見据えながら、そのショートソードをゆっくりと引き抜く。柄はシンプルながら流線系を多用しており、流れるような形はまるで光が流れる様を連想させる。バックラーも同じようなデザインで、統一感を見せていた。
 真剣の刃に、報道陣はこれから繰り広げられるであろう惨劇を思って、恐怖した。
「It's a showtime!」
 にやついた笑顔でアダムが言って、指をパチンと鳴らす。
 それを合図に、先頭の女性が走り出す。他の女性たちもそれに続いて一斉に駆けだした。
 金属のこすれる音と、硝煙の匂いと、悲鳴。それらが場を支配する。無力な報道陣たちは、突然降りかかった予想外の暴力に倒れていく。
 まさしく、地獄絵図が展開されようとしていた。
「うわああぁぁっ!」
 一人の報道陣の前に、先ほどの女性が立ちはだかる。彼女はまるで道に落ちている石を見るかのごとく冷たい眼つきのまま、ショートソードを振りおろした。
「やめろおぉぉぉぉっ!」
 がきぃん、と金属が激しくぶつかる音と火花が飛び散った。
 報道陣が恐る恐る目を開く。そこに見えるのは、剣を地面に振りおろした女性と、曲がった鉄パイプを構えるアッシュの姿だった。アッシュの鉄パイプが剣を弾き、振りおろす場所を逸らしたのだった。
「やめろ! こんなの一方的なイジメだろ! イジメかっこわるい!」
「……子供にしては悪くない。だが、震えているな」
「!」
 言う通りだった。アッシュの足はがくがくと震え、構える両手も震えている。
「うるせえ!」
 実際、アッシュは完全に飲まれていた。普通、スポーツの剣では流血沙汰になることなどなく、殺し合いになることもない。このような真剣勝負の経験など無かった。
 その上、アッシュの剣はあくまで護身用の我流のもの。縮みあがってしまうのも、当然のことだった。
「その勇気は良し。――少年、名前は?」
「俺はアッシュ。アシュレイ・フィールドだ!」
「なかなか良い名前だ」
 少しでもこの状況を覆そうと大声を出すアッシュだが、それに彼女はまったく動じず、ふっ、と僅かに微笑んでみせる。
「我が名はヴィクトワールだ。貴様の剣は、年齢を考えれば充分に立派な剣だ。よって――」
 ヴィクトワールは剣先を天に向け、眼前に構えてそっと瞳を閉じる。
「この剣に誓おう。決して卑怯な行いはしない。正々堂々と戦い、貴様を打ち倒すと!」
「――!」
 アッシュには、彼女の存在が非常に大きく見えた。実際は身長百六十センチ程度のヴィクトワールが、今のアッシュには倍以上に見える。

(アッシュ……困っている人を助けてあげるような、立派な大人に……なってね……)

 耳元で聞こえる、ママの最期の声。
 完全にビビッているアッシュを、振るい立たせる。

(負けるもんか、負けるもんか! せっかく助けてもらったこの命、必ず掴み取ってやる!)

「うおおぉぉっ!」
 アッシュが、地面を蹴って飛び出した。小柄なアッシュらしく上体を屈めて、常人には捉えられないほどのスピードで。
 その勢いを乗せて、右手の鉄パイプを左から右へと大きくなぎ払う。
 がきん、と固い手応えが手に伝わる。ヴィクトワールは胸に当てるように引き上げた右足の外側に、先を下に向けた剣を添え、鉄パイプを正面から受け止めていた。相手が青年男性なら、その深いスリットから覗く柔らかそうな太股と、薄い下着に気を取られていたかもしれない。
 とにかく、ひとつひとつの動きが全てが優雅で、荘厳だった。
(反応された――!?)
 自慢の初撃をあっさり受け止められたが、これで終わりではない。アッシュはすぐに鉄パイプを左手に渡すと、そのままわずかに引いて、顔面目掛けて突き上げた。
 ヴィクトワールは右手で剣をくるりと上へと返して、剣身の腹を鉄パイプに添える。それから軽く力を加えて、顔面を狙った攻撃を外側へとそらした。
「まずは足を狙って俊敏な動きを封じ、下に意識が向いた瞬間に今度は上への攻撃か……末恐ろしい子供だ」
 ヴィクトワールが言いながら微笑んでみせる。だが、それは楽しい笑顔ではなくどこか冷酷で冷めており、まるで研究動物が予想以上の成果をあげてくれたような、そんな笑顔だった。
「スピードも充分だが、まだまだだな。素早い攻撃とは、こういう攻撃のことを言う」
 言うが早いか、ヴィクトワールの右手がふっとぶれて、アッシュの視界から消えた。
 どん、と体の中を衝撃が貫いた。
 頭のてっぺんからつま先まで、まるで電流でも駆け抜けたかのように。
「え……?」
 アッシュは恐る恐る自分の体を見下ろしてみて、自分の胸に何かが突き立てられている事に気づく。

 ヴィクトワールのショートソードが、胸に数センチ、突き刺さっていた。

 彼女の香水だろうか、鼻を撫でる高貴なジャスミンの甘く気高い香りだけが、いやにリアルに感じられる。突いた勢いで彼女の銀色の髪がふわりと広がるのが、スローモーションに見えた。

「良いか、スピードを意識するなら相手の視線を考えろ。今のはそれを応用した技術のひとつで、一瞬上に動かし剣を振り上げると見せかけて、相手の視線が動いた所で逆方向へ動かして視線を外す――そういうことだ」
 ヴィクトワールは冷たく微笑みながら、剣を抜いて足元に向けてぶんと振る。剣先の血が地面に飛び散って、小さな水玉模様を描いた。
「……あ……!」
 がくり、とアッシュは地面に両膝をつく。その衝撃で、胸の傷から血が飛び出し、ぽたぽたと数滴落ちた。
「手加減しておいた、その傷で死ぬことはないだろう。さて、今日はこのぐらいにしておこうか」
 ヴィクトワールはくるりと踵を返して、ショートソードをバックラーにしまった。
「待て、勝負はまだ……」
「何を言っている?」
 振り返りながらヴィクトワールが言うのに、アッシュは気づく。

 ……静かだ。
 先ほどまでの喧騒が嘘のように。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚