Childlike wonder[Episode1]
そう、この場で動いている人間は、rue-rue girls!とアッシュ、それにアダムだけとなっていたのだ。
「うわ……うわああぁあぁぁあぁっ!」
「白蟻の駆除はこれで終わりか。……ん? なんだこのガキ」
両手をポケットに入れたまま、アダムが近づいてくる。不思議そうに顔を近づけて、青白い顔のアッシュを品定めでもするかのように、舐め回す視線で見回した。
「アダム様、その子供は非常に良い太刀筋をしております。どうか、見逃して頂けますでしょうか」
(……"アダム"!)
アッシュはレス・レスの言葉を思い出していた。彼らChildlike wonderは、アダムを倒すために存在しているのだと。いま目の前にいるこいつが、彼らの敵なのだと。
「なるほどな。お前が珍しく楽しそうな顔をしていると思ったら、そういうことか」
そんな事をアッシュが考えていることなど露も知らず、アダムは言葉を続ける。
(楽しそう?)
アッシュは思わずヴィクトワールを見上げる。とてもそうは見えなかったからだ。
「ただそれだけの、戯れです。我がアダム様に逆らうような真似は絶対に致しません」
「当然だ。まあ、こいつは面倒なんでとりあえず牢に入れとけ。……さて、とりあえずこれから忙しくなるな。ウッドシティを支配するために、やることはまだたくさんある」
「!」
アッシュはその言葉に耳を疑った。
この街を支配する……だと?
言ってアダムは欠伸をしながら、アッシュの事など気にもせず、ビルの中へと消えてゆく。ヴィクトワールも他の仮面に声をかけてから、そのままビルの中へと消えた。
「へー、やるもんだね♪」
「……?」
茫然としたままのアッシュの右手がぐんと引っ張り、声をかけてくる者がいた。ふわり、とミモザの春を思わせる暖かな香りが鼻をくすぐる。
それはrue-rue girls!のメンバーで、仮面を着けた者の一人だった。身長はアッシュよりも小さく、プラチナブロンドの長い髪をツインテールにまとめている。淡い黄色のチャイナドレスに身を包んでおり、凹凸は貧弱だがスリムなボディラインをあらわにしていた。細かなひだがぱっと広がったプリーツスカートと、膝上まである黒とピンクのボーダーが入ったソックスが、ロリータな彼女をより可愛らしく見せていた。
「あのヴィクたんを認めさせたのはすごいよ! まあこれからも頑張りたまえっ♪」
アッシュの顔をひょいと覗きこむと、少女は楽しそうな顔で微笑む。この惨劇の後には似つかわしくない、純粋な笑顔だった。
「さぁ、もう行きますよ?」
もう一人の仮面の女性が、反対側からアッシュの左手を掴みながら声をかけた。長い黒髪をまっすぐに伸ばしており、前髪は水平に平たくカットされている。彼女もまたチャイナドレスをベースとした服で、色は薄緑。襟は口を覆うことができるほどの高さがあった。身長は百六十センチ弱ほどあり、ヴィクトワールよりも少し小さいぐらいだろう。その割に全体的に細く、美しいシャープなシルエットを見せていた。長いスカートのスリットから覗く下半身はスパッツに覆われており、その黒色がスタイルをよりシャープに見せている。
彼女を包む香りはユーカリだろうか、くっきりとしたシャープな香りに、ほのかな甘みを漂わせていた。
「何を……?」
「あなたを捕まえるの。ヴィクトワールの言う通り才能があるんだったら、敵にまわられたら面倒だわ」
二人はアッシュの脇に腕を通し、軽く持ち上げて運び始める。抵抗しようにも、アッシュにはその力は残されていなかった。
「くっ……! なんだよお前ら……!」
「それはこちらのセリフよ。アダム様の邪魔をする子は、お仕置きですからね」
黒髪の女性がおどけて言う。明らかに子供扱いをされたのにアッシュは不快感を覚えたが、何もできずに二人に引きずられてゆく。
「まあ、子供で良かったわ。"腕に胸が当たってラッキー!"とかくだらないことも思わないだろうし」
「ねぇ、それ何の話?」
「男はくだらないって話よ」
「ふぅん……?」
(なんだ……なんなんだよ一体……っ)
二人の軽妙なやりとりを聞きながら、アッシュの意識は遠のいてゆく。その中でアッシュは、先ほどの仮面の男たちを思い出していた。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚