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Childlike wonder[Episode1]

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Episode1 Childlike wonder、参上!(2)


「……ねえ、レス・レス。彼の"力"を引き出してあげたら良かったんじゃないの?」
 アッシュの姿が豆粒ほどに小さくなって見えなくなってから、ナターリヤがぼそりと呟く。まるで欲しいおもちゃを親ににせびる時のように、どこか申し訳なく遠慮した口調だった。
「まあ、確かにそうかもしれないけれど……何せ初対面だし、力を得るという事は彼を巻き込んでしまうという事だよ。僕もこんな力、無かった方がいいと思ったことも一度や二度じゃない……」
 レス・レスの言葉はいつも通りの口調ではあったが、どこか哀愁を含む複雑な感情が含まれていた。ナターリヤもそれに気づいて、返す言葉を見つけられないでいる。
「……暗い話になってごめん。早く爆弾魔を探しに行こう」
 その僅かに弱い言葉は、風に溶けて消えていった。


 五人の姿が消えても、アッシュは下を向いたままで動く気配を見せなかった。
(……)
 レス・レスの言葉に、まったく反論できなかったのもまた、事実だった。
 今のアッシュは、何もできない。
 できるはずがないのだ、ただの子供だから。
「確かに、言う通りなんだ……」

 ……相手は人を殺す事をなんとも思わないような相手だ。
 そんな奴を相手にして、無事で済むはずがない。

 レス・レスの言葉通り、アッシュには何もできないかもしれない。最悪、足手まといになるかもしれない。それは本人もよく分かっていた。
 確かにその通りだし返す言葉もなかった。

 ……だが、納得はいかない。

「けれど……」
 アッシュはうつむいたまま、ただ慣性に従ってとぼとぼと歩き出した。何のあても無く。
(……また一人ぼっち、かあ)
 アッシュは、歩きながら自分の胸をどんと叩いた。
 そう、目の前で起こった不可思議な出来事に、この日常が変わる事を少し期待してしまっていた。そして、それを彼らに重ねていた。
 もちろん、そういう依存が良くない事ぐらい、アッシュにだって分かっている。だが、精神的にかなり参ってしまっていることもまた、事実だった。

(『心まで貧しくなってはいけない』、か……)

「アダム社長! 今回の収賄事件について何かコメントを!」
「政治家との癒着も指摘されていますが、それについてはどうですか!?」
 突然に聞こえてきた大声に、アッシュははっと我に返って顔を上げた。
 見ると、入り口に"アダム・コーポレーション"と書かれた、大きくそびえ建つビルがあった。高く大きいのはもちろんだが、外観は微妙にカーブがかかっており、真ん中がへこんでいる。その真ん中は円形にくり貫かれて大きなガラスが張ってあり、それを取り囲むように高さ三メートルほどの輪が、まるで土星の輪のようにビルを囲んでいた。
 階数はちょうど百階で、ウッドシティでも最も高いビルである。その前に多数の報道陣が集まっていた。
 報道陣の前には一人の男性がいる。世辞にも趣味がいいとは言えない紫色のスーツに身を包み、サングラスをかけていた。がっしりとしたいい体格をしており、身長も二メートルほどある。顎を覆う逞しい髭とスキンヘッドが、威圧感を与えていた。
 彼は報道陣を見下す視線で見回してから葉巻を取り出して、ふてぶてしくくわえた。記者たちが沈黙で見守る中、男は金色のジッポライターを取り出して、葉巻に火をつける。
「あー、ご苦労様なことだ」
 煙を吐き出しながら面倒そうに言って、アダムは頭を書く。心底侮蔑した視線でもう一度報道陣を見渡して、それから葉巻をゆっくりと吸った。
 それから手を伸ばしたかと思うと、目の前にいる女性報道陣が持っていたマイクを引っ掴んで、女性を蹴り飛ばしてマイクを奪い取る。
「あーあー、テステス」
 何事も無かったようにマイクを持つアダムに、報道陣は動けなくなる。倒れた女性を助けようとはせず、むしろカメラを向けてこの事実を撮影する事を優先する。
「お前らは死体に群がるウジ虫か? それともハイエナか? いや、ハイエナは子供を大切にするな。これはハイエナに失礼というものだ、あっはっは!」
 どうやら冗談のつもりらしいが、報道陣は完全に静まり返っていた。だがアダムはそれを気にせず続ける。
「そもそもだ、俺が賄賂を送ろうが受け取ろうがどうしようが、お前らに何か関係あんのか? ケンタッキーのフライドチキンの肉が減るわけでも、スターバックスコーヒーのウェイトレスの尻が減るわけでもない。なぁ、何か困るのか?」
 そのふてぶてしい声に、一同がしんと押し黙る。呆れ返って物も言えないとは、まさしくこのような状況を言うのだろう。悪びれる素振りの無いこの男に対して、何を言っても無駄だと報道陣は悟っていた。
 それを気にもせず、アダムは葉巻をくゆらせながら報道陣を見下す。
「そうそう、せっかくの取材だ。俺の最高のボディーガードたち、"rue-rue girls!"を紹介してやろう。カメラ映えするぞ」
 彼が指をパチンと鳴らすと、多数の女性が姿を表した。合計で四十人ほどいるだろうか。一体どこから現れたのか、一瞬にして揃い、アダムの後ろにずらっと並んでいる。
 女性たちは全員、純白のチャイナドレスに身を包んでいた。上質なシルクのこすれる柔らかな音、精巧な刺繍の施されたドレスに、足をより長く見せる白いタイツ。軽くウェーブがかってゴージャスな印象を演出する、綺麗な長い髪。全てが彼女たちの豊満なボディをより肉感的に見せ、その輝く髪、瞳、唇、爪……全てを美しく見せている。全員同じ格好だったが、人種や体格などはばらばらだった。
 このオンステージは、まるで彼女たちのために用意された華々しい舞台なのかとさえ思える。どの女性も充分すぎるほどに美しく、男性報道陣たちは完全に目を奪われてしまっていた。
「さて、彼女たちはとても立派だ。俺の目的を達成するために日々努力してくれている。もちろん、メンバーは随時募集中だ、興味のある方は写真付き履歴書を弊社まで郵送してくれたまえ。一日三時間・週三日からOKだ」
 アダムがおどけて言うが、誰も笑わない。女性に目を奪われるか、アダムが何をしたいのかその真意をはかりかねてあっけにとられているかのどちらかだった。
「……? なんだ、あのえっちぃおねーちゃんたちは……」
 アッシュは興味本位で、人ごみをかき分けて最前列の足元からひょいと顔を出していた。
(……ん?)
 アッシュはふと、不自然な事に気づく。アダムの後ろにいる女性たちのうち、四人だけ姿の違う者がいたのだ。
 その四人は仮面舞踏会で使うような仮面をつけ、服装はチャイナドレスをベースにしているが、どれもデザインが微妙に違い色も白ではない。つまり、より華美になっている、と言った方が正しい。髪形もツインテールだったりロングヘアだったりと様々で、服装もパンツルックだったりプリーツスカートだったりと全然違っていた。
(なんだろう、四天王みたいなもんかなー……)
「さて、では結論を言おう」
 アダムはマイクを持ち直して、続けた。
「一つ目。"Childlike wonder"とかいう奴が、俺にちょっかいをかけたいらしい。用があるなら今夜うちに来い、赤い血のワインでも振舞ってやる」
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚