Childlike wonder[Episode1]
圧倒的な力でバーニィ、それにQJまで倒されてしまうし、ナターリヤも青白い顔でそれを見ているしかできない。レス・レスも両膝をついて睨みつけているだけだし、マイケルもおろおろしながら困り果てている。
「アダム様がこの街を支配するには、お前たちの存在は邪魔だ」
ヴィクトワールが飛び出した。その勢いを乗せて、ショートソードをぐんと突き出そうとする。
……アッシュ……困っている人を助けてあげるような、立派な大人に……なってね……。
(……だめだ、俺が戦わなくちゃだめなんだ……っ!)
「俺は、守るために戦う……っ!」
飛び込んでくるヴィクトワールに、アッシュも飛び込んでゆく。
「!」
突然の出来事に、ヴィクトワールは反応はしたが対応はできない。
アッシュの左手がヴィクトワールの右手を包むように掴む。そのまま飛び込んだ勢いを乗せて、ヴィクトワールの顎に頭突きをかました。衝撃に銀の長い髪が揺れる。
「……っ!」
「さっきはありがとう、これがお返しだっ!」
ヴィクトワールは半歩後ろずさりながら、唇の端からこぼれた血をぐっと拭う。
「助けてもらったのに悪いけど、これ以上はやらせない。俺がみんなを守るんだ!」
「……ほう?」
アッシュの声にヴィクトワールは微笑みながら、チャイナシューズの右のつま先を、とんっと地面に当てる。靴の履き心地を調整して、それから右足をだん、と地面へ踏みしめた。それから続けて、左足も同じようにしてみせる。
その動作にはいくらでも隙があったはずだ。だが、彼女をまとう威圧間に、誰も何も仕掛けることができなかった。
「……面白い。我の見込みは間違っていなかったようだな」
「アッシュ!」
ナターリヤが、ランドセルから何かを取り出す。ずずず、と引き出される、それは。
全長一メートルはある、巨大な十手だった。
「OK、助かる! ……つか、よく入ってたなコレ……」
「ワタシの能力がいかにすごいか、分かった?」
「ああ」
ぞんざいに答えて、アッシュは放り投げられた十手を眼前で構える。
……重くはない。そして軽すぎない。むしろ、自分のために作られたと思えるほど馴染む。
「準備は整ったか?」
ヴィクトワールが不敵に微笑みながら言う。
そう、彼女はナターリヤがアッシュに武器を渡すのを、分かっていながらあえて見ていたのだ。その余裕は、恐ろしさを募らせる以外の何者でも無かった。
「行くぞ!」
アッシュが十手を振りかざしながら飛び出す。まるで手に吸いつくような使い心地がそれを助けてくれた。
「笑止」
十手が上段から振り下されるのに合わせて、ヴィクトワールはバックラーを振り上げる。頭を狙ったそれに裏拳を当てるようにバックラーを振り、優しく触れるように当ててやる。地面に対してほぼ垂直に角度をつけてやり、外に押しのけながら垂直に戻してゆく。
「!」
どぉん、と十手の剣身が地面に叩きつけられた。
(……剣がまったく触れた気がしなかった……!)
アッシュは驚愕する。
あまりにも艶やかで美しい、その動きに。
「その程度でアダム様に歯向かうなど」
ヴィクトワールが、剣を持った右腕を右へと大きく薙ぎ払う。アッシュには、そのあまりの速さに何も見えなかった。
ただ、胸に走る一筋の熱い、熱。
「アッシューーーっ!」
ナターリヤが叫ぶ声を、アッシュは遠くに聞いていた。まるで眠りの真っ最中、起こす者の声が夢の中でも聞こえたかのように。
「……!」
ばしゃっ、と飛沫が散った。
胸についた横一文字の傷から、血が噴き出したのだ。
「遅い……」
ヴィクトワールは剣を床に向けてぶんと振る。剣身についたアッシュの血が勢いで床に飛び散り、赤いマーブル模様を描く。
「うぐ……!」
がくり、とアッシュは両膝を落とす。
……正直、甘く見ていた。
戦いはそんな生優しいもんじゃなかった。
切られれば痛いし、もしかしたら死ぬかもしれない。
守るとか言いながら、俺は何の役にも立ってないじゃないか……!
「ダメっ!」
ナターリヤの叫び声にアッシュはハッと我に返る。目の前に、ナターリヤとマイケルが両手を広げて、立ちはだかっていた。
「これ以上アッシュを傷つけるのはダメっ! ワタシはアッシュのお姉さんだから、守らなきゃいけないのヨっ!」
「……ナターリヤ……!」
アッシュは胸の痛みをそのままに、呆けたような目でナターリヤの背中を見つめていた。
(……俺は一体何をしてるんだ)
アッシュは、自分のふがいなさに押しつぶされそうになっていた。自分より年上とはいえ、女の子に自分が守られているという事実に。
「友情……か」
ヴィクトワールは目を伏せて、答えなかった。懐かしむような、振り返るような、ノスタルジックな微笑みをたたえている。
「……だが、そんなものでは勝利は掴めぬ!」
ヴィクトワールが一歩踏み出した。バックラーを着けた左手を振りかざし、殴りつける。ナターリヤとマイケルはその衝撃に吹き飛んで倒れた。
「! 大丈夫か!」
アッシュは慌てて駆け寄る。ただ殴られただけではあったが、頭部を激しく揺らされており、二人は意識が朦朧としているようだった。
「アッシュ……ごめんネ……」
「ばか! 大丈夫だ、必ず勝てる……!」
ナターリヤの肩を抱きながら、アッシュは力強く言う。キャラメル色のポニーテールが揺れ、ガーベラの甘い香りが広がった。
とはいえ、アッシュにも勝機があるわけではなかった。
……どうする?
どうすれば勝てる?
ヴィクトワールは動きがあまりにも早い。なんとか動きを止めて、攻撃に転じなければ……!
……そうだ、こっちは三人もいるんだ。
きっと、なんとかなる……!
「……ナターリヤ、ワイヤーであいつの動きを止めれるか?」
アッシュは小声で、ナターリヤの耳元で囁く。
「う、ウン……」
「マイケル、お前の怪力でナターリヤと一緒にワイヤをしっかり握っていてくれ。俺が奴を引き付けるから、そのうちに頼む」
アッシュはそれだけ言うと、ゆっくりと堂々と立ち上がった。それから十手をぶんと振ると、剣先をヴィクトワールに突きつけた。
(……? 眼つきが変わったか)
ヴィクトワールは、見抜いていた。先ほどまでのアッシュの瞳は闇雲な勝ち気だけだったが、今は違う。
"確信"を得た目に変わっていた。
「我が目覚めさせてしまったか。――面白い」
ヴィクトワールは独りごちて、唇の血を舐める。それから不敵に笑った。
「どう出るか、楽しみだ」
「うおおおぉぉぉぉっ!」
アッシュの十手が、炎に包まれてゆく。その能力で炎をまとわせたのだ。
「俺は負けるわけにはいかないんだあっ!」
次の瞬間アッシュは飛び出し、ナターリヤとマイケルが左右に散開する。それに気づいてヴィクトワールは中段に構える。
「うりゃあぁぁっ!」
アッシュは十手を振り上げて、正面から斬りかかってゆく。ヴィクトワールはそれをバックラーでいなす。だが、アッシュはすぐに体制を整え、さらに斬りかかってゆく。
「くっ……!」
アッシュの攻撃は、けして優れたものではない。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚