Childlike wonder[Episode1]
Episode1 Childlike wonder、参上!(6)
「ここが最上階か……」
階段を登りきると、左手にはエレベーターの入り口が、右には大きな通路がある。通路の奥には、華美な装飾が施された両開きの大きな扉があった。
「はぁ、はぁ……百階まで階段はきついよ、レス・レス……」
アッシュが肩で息をしながらぼやく。他の子供たちも同じように、疲れ果てていた。
「ごめんね、でもエレベーターは危ないんだ。密室だし、遠隔操作が簡単だからね」
「はぁはぁ……分かったわヨ……。で、この奥が多分アダムの部屋よネ?」
「ああ、おそらく。……だが、不自然すぎる」
レス・レスが首を傾げて言うのに、子供たちは不思議そうな顔をする。
「おかしいと思わないかい? あれだけ挑発していたんだから、僕たちが来るのなんて想定していたと思うんだ。なのに、ここまで誰にも会わなかったし、人がいる気配もしなかった」
登ってくる間にいくらでも準備はできたはずだと、レス・レスは考えていた。監視カメラらしきものは見当たらなかったが、何らかの方法でこちらの動きは感知されていてもおかしくないはずだと。
「ええとレス・レス、もうちょっと分かりやすく……」
アッシュが頭を掻きながら苦笑する。バーニィやQJも同じようで、困った表情で同じように苦笑していた。
「だからね、アダムはワタシたちが来る事を分かってたわけでしょ? なのに、なにも仕掛けてこないからなにかた企んでるんじゃないか、ってレス・レスは言ってるのヨ!」
ナターリヤが腰に左手を当てて右手の人差し指を突き出しながら、まるでペットを躾るかのごとく、説明する。
「さすがは天才少女」
バーニィが、少し茶化すような口調で言うのに、QJがにやにやしながら頷いて見せた。
「そういうこと。奴の真意は何なのか、その扉を開ければ分かると思う。……行こう」
レス・レスが歩き出しながら言うのに、子供たちが頷いた。ゆっくりと扉に近づくと、扉に右手を当てる。すると、ドアの中心に穴が開き、そのまま直径二メートルほどまでに広がった。
「ん? ノックぐらいしろよ、行儀が悪いな」
正面のソファに座っていたアダムが、読んでいた新聞をテーブルに置いて、驚く気配すら見せずに答えた。その姿は先ほどまでのバスローブではなく、いつもの紫のスーツに身を包んでいた。
「アダム……ッ!」
「久しぶりだな、ベイビー」
明らかに見下した声でアダムは言う。サングラスで見えないが、その下には高圧的な目線があるに違いない。
「さて、招待しておいて済まないが、皆急用でね。パーティは解散した」
「なんだと……?」
「まあ、せっかくだから茶でも飲んで帰ってくれ」
「この……ッ!」
アッシュが飛びこんだ。その右手を炎で包みこみ、アダムの顔面に叩きつけるために。
「!」
だが、次の瞬間、アッシュの腹部に強烈な痛みが走る。ヴィクトワールの右膝が、めりこんでいた。
「アッシュ!」
不意のカウンターに小さな体は軽く吹き飛ばされてしまう。地面に叩きつけられて、そのままごろごろと転がっていった。
「アダム様に逆らう者は、剣の錆にすると伝えたはずだ」
「荒っぽいことはやめて、どっしりと重い赤ワインと、よく絡み合う上質のブルーチーズでも楽しみながら、楽しいトークもしようじゃないか?」
「ふざけるな……ッ!」
珍しくレス・レスが声を上げる。その声は明らかに怒りがこめられたものだった。
「"賢者の石"の欠片と、研究書類を返せ!」
「面白い事を言う。分家が保有しているものを、本家に返してもらっただけだ。その何が悪い?」
アダムは別に悪びれる様子もなく、赤ワインを口に含みながら答える。
「ふざけるな、分家は貴様の方だろう! そのためにどれだけの人が犠牲になったと思ってる!」
「おいおい、防音設備は整ってるがこんな時間に騒ぐと近所迷惑だぞ?」
「この……ッ!」
レス・レスが、拳を振り上げて、地面を蹴って飛びかかる。
「アダム様には指一本触れさせん」
ヴィクトワールが飛び出し、レス・レスの顔面を右手で掴む。そのままぐんと振りかぶって、地面に叩きつけた。
「ぐ……っ!」
どん、と激しい音と同時に、レス・レスの体が跳ねる。不様に転がってから両手をつき、四つん這いの姿勢のままで、荒々しく息を吐く。
「あははは、ベイビーの力は無機物とガキにしか効果が無いんだったな。ガキを集めて裸の王様気取りか?」
「くそ……っ!」
レス・レスが上体を起こして立ち上がろうとすると、その仮面に亀裂が走る。ばきっ、と音がして、その仮面が砕けて落ちた。
「……!」
その顔に、アッシュとバーニィ、それにQJが驚愕の表情を見せた。
そう、レス・レスの素顔。青年らしい整った顔立ちで、濃紺の瞳に伸びた鼻筋、りりしい眉毛は充分に美しい顔立ちだった。
だが、たったひとつの要素が違和感を生み出し、全てをぶち壊してしまっていた。
顔の右半分に、額から眉を貫きそのまま頬から顎にかけて走る、一本の傷。焼けただれた跡が残っていたのだった。
「はっは、あの時の傷か? 良かったらいい病院を紹介してやるぞ」
「ふざけるな……今の僕は一人じゃない! いくぞ、みんな!」
その声にバーニィとQJが我に返って飛び出した。視認できないほどの速度で飛び出し、バーニィは右の拳を振りかぶり、QJは左足で蹴りを放つ。
「……同じ事を何度も言わせるな」
がくん、と二人の動きが止まる。ヴィクトワールが、右手でバーニィの腕を、左手でQJの足首を掴んでいたからだ。
「!?」
「今の速度が……見えたのかっ!?」
「……アダム様には、指一本触れさせないと言っているだろう」
先ほどレス・レスをそうしたかのように、両腕をぐんと振りあげてから、二人の体を地面に叩きつけた。二人はわずかにうめいて、そのまま気を失ってしまう。
ヴィクトワールが強い事は分かっていたが、どれほどの力を持っているのか、考えたくないほどの恐怖感。
アッシュたちは今、その負の感情にとらわれていた。
「あはは、あっはっは……」
不意に、アダムが笑い出す。まるでバラエティ番組でも見ているかのように。
「あぁ、弱い者が握り潰されるのを見るのは楽しいな。さて、と」
言ってアダムはゆっくりと腰を上げ、続けた。
「今日は好きなドキュメンタリー番組の最終回でね。俺はもう帰る。後は頼んだぞ、ヴィクトワール」
「了解しました」
アダムが携帯電話を手に取って操作すると、ばばばば……と大きな音が近づいてくる。次の瞬間、ベランダの向こうにヘリコプターが現れた。
「くそっ……逃げるのか!」
「逃げはせんよ。突然の客人にゆっくり眠れそうにないから、ホテルにでも行こうと思ってな。じゃあな」
ベランダに出ながらそう言って、アダムが飛んだ。ヘリコプターに乗り移り、そのまま飛び去って行ってしまう。
「……さて、子供たち」
ヴィクトワールがゆっくりとこちらを向き直る。高いソプラノだが押し殺したような声は、恐怖感を与えるには充分なものだった。
「そろそろ終わりにしよう」
ヴィクトワールは、バックラーからゆっくりとショートソードを引き抜いた。その軌跡が白い輝きを残し、一筋の光を描く。
アッシュは、完全に場に飲まれてしまっていた。
作品名:Childlike wonder[Episode1] 作家名:勇魚