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そこにあいつはいた。

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 いくら全力でぶつかっても、
 真摯に向き合っても、
 ダメなものは、ダメ。
 できないときは、できない。
 無理なものは、無理。
 そんなこと、現実では日常茶飯。
 
 ようやく咳は収まったが、一気に加速した酸素不足がぼんくら頭をガンガン叩きのめしてくる。
 それでもワナワナ震える膝頭を拳で思い切り殴りつけ、足の覚束ない高齢者さながらによろよろと立ち上がる。
 
 大切なのは、
 現実から逃げないこと。
 努力すること。
 頭を使うこと。
 そして、諦めないこと。
 
 さしあたり俺に求められているのは、この状況をどう打開するか頭を使って考えること。諦めずに。
 白煙の向こうに冷然と浮かび上がる灰色の平面を睨みつけながら、残り少ない全身の酸素を脳に集中し、憔悴しきった脳細胞どもを総動員して考える。
 その時、初めて神無に会ったあの時のことが突如として頭に閃き、はっと目を見開いた。
「……そうか!」
 すかさず窓の両端を右手と左手で掴み、持ち上げるように力を込める。
 ガタリと、窓枠から窓が外れる確かな気配が両手に伝わった。
 
――やった!

 爪先から頭頂に向けて怒濤の如く歓喜が突き上げ、知らず頬が緩んだ、その刹那。
 窓枠を掴んでいた右手を、電流に貫かれたかのような鋭い痛みが突き抜けた。
「……!」
 息を呑んで窓枠から手を離し、ジンジン痺れる右手を左手で抱え込んで、ゆるゆると視点を後方に移動する。 
 視界一杯に充ち満ちる、灰色の煙。
 流れ、渦巻き、揺らぎ、広がり。
 一刻もとどまることなく緩やかに部屋を旋回する煙の最下部が、ふと畳との間にほんの僅かな境目を作り、その境目に垣間見える何かが、霞んだ視界にぼんやりと映り込む。
 流れゆく煙の向こうに見え隠れする、ふくふくした爪先。
 渦巻く煙の中、互いの姿が満足に見えない状況で、俺とそいつは一メートル五十センチほど隔てて向かい合っていた。