そこにあいつはいた。
だが、そいつは相変わらず表情を動かさないまま、じっと俺を見つめているだけだ。何となく場が持たないような気がしてきて、俺は目線を泳がせた。
「……えっと、」
何を言ってよいのかも分からないまま無意味な言葉を継いだ、その時だった。
【……寒イ】
「え?」
思わず目を丸くして、そいつの顔をまじまじと見る。
そいつはふっくらした頬を引き上げて微笑むと、僅かに首を右に傾けた。
「寒いって……だからこれ、よかったら……」
中空にぶら下げられたワンピースの包みが、暗闇の中で空しく揺れる。
そいつはしばらくの間黙って俺を見つめているだけだったが、やがて念を押すかのように、同じ台詞をもう一度繰り返した。
【寒イ】
「だから、これ……」
俺の言葉を遮るかのように、そいつの体がふっと透ける。
たちまちのうちにその体はカーテンを浮かび上がらせている街路灯の光に溶け、ぼんやりと霞み、暗闇に馴染んで見えなくなってしまった。
俺は数刻半開きの口を締めるのも忘れて、中空にワンピースの包みを差し出したまま、薄明るく光るカーテンを呆然と見つめて立ち尽くしていた。
作品名:そこにあいつはいた。 作家名:だいたさん