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王立図書館蔵書

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 日記はここで終わっている。この先の残り数ページは何も書かれた形跡がなかった。
 この日記は崩れた城の瓦礫に埋もれていたのを偶然見つけたものだ。持ち主の名前は書かれていなかったが、玉蘭ならこれが誰のものだったのかもうわかっているだろうね。

 さて、時間もないので本題に入ろうと思う。

 魔王の居城は玉蘭が暮らしている城と同じように、入るとすぐ大きな広間となっていた。しかし一切明かりはなく、薄暗く冷たい石に囲まれ静まり返っている。空気は重く、玉蘭の暮らす城とは全く違う。
 その広間の中央に魔王はいた。黒いローブを身にまとい、こちらを静かににら睨み据え悠然と立っていたのだ。

 そしてわたしたちはお互いに名乗りを上げ、正々堂々勝負に臨んだ。そう、まるで魔王らしからぬほど正々堂々と。
 共に全力を出し、容赦のない攻撃を仕掛けた。片方が剣を振るえば片方は魔法でそれを弾く。戦いはとても熾烈なもので、どれだけの時間そうして戦っていたのかはわたしにもわからない。

 長い長い戦いの末、最後に立っていたのは魔王だった。わたしは足に深手を負って立ちあがることができず、その場で死を覚悟した。
 しかし驚くべきことに、魔王はわたしにとどめをさそうとしなかったのだ。

 玉蘭、君は驚いたかもしれないね。少なくともわたしはとても驚いたよ。今までわたしが倒した魔王はみんな冷徹で残酷で、卑怯な生き物だったから。しかし彼は違ったんだ。それとも今までの魔王も本当はそうだったのか・・・・・・それはわたしの残された時間では知ることは叶わないのだけれど。

「なぜとどめを刺さない」

 二人分の血に濡れたローブを翻し歩き去ろうとする魔王の背に、わたしはそう声をかけた。

「とどめ? 下らぬな。それをしたところでわたしに何も得るものはない。友人が戻るわけでもなし、いらぬ恨みを買うだけだ」

 まるで当然のように、振り向きもせず魔王は答えた。言われてみれば確かにそうなのだが、今までそんなことを言う魔王になど一度も会ったことがなかった。

「そんな、なぜ・・・・・・?」
「勇者よ。それではお前は何ゆえ俺を倒すことを望む?」
「力なき者たちを守るために」

 魔王の問いにわたしははっきりと寸分の迷いもなく答えた。
 そのとき肩越しに少しだけ振り向いた魔王の口元には、微かにだが確かに笑みが浮かんでいた。

「俺も同じだ」

 人間のようだ。魔王を見てわたしの心にふとそんな言葉が浮かんだ。まるで魔王は人間のようだった。いや、それともはじめから人間だったのかもしれない。
 玉蘭、君はどう思う? この魔王はいままで君が本で読んだり人に聞いたりした魔王と、ずいぶん違っているようだと思わないか? わたしはそう思ったよ。

 ところで勇者と魔王の戦いは衛兵たちの模擬試合とはわけが違う。どうやら古城は戦いの衝撃に耐え切れなかったらしく、いつの間にか低い地響きが聞こえていた。辺りを見回すとところどころの壁や天井にひびが入っていて、いつ城そのものが崩れ落ちてもおかしくない状態だった。

 わたしはなんとか残った力を振り絞り立ち上がった。もちろん魔王を追うためじゃない。十歩ほど歩いた先にある、出口へと向かうためだ。そのころにはもう魔王は姿を消していた。

 一度は死を覚悟した身でこんなことを思うのは、必ずしも良いことではないのかも知れない。でも、わたしはまだ死にたくなかった。
 もう立ち上がることなどできないと思っていたのに、不思議なものだ。城を訪れるたびにわたしの後をついてまわって話をせがむ君たち二人の顔を思い出したら、不思議と足は出口へと歩いていたよ。もっとも楓が同じ建物の中にいるなどとは夢にも思わなかったけれど。

 外へ足を踏み出す前に、わたしはもう一度広間を振り返った。
 わたしはそのとき初めて気がついたんだ。魔王が消えた通路の先には、たくさんの血の跡ができていたということを。それも、わたしよりずっと深手を負っているのが明らかであるほどに。

 外へと飛び出し崩れ落ちる城を見ながら、わたしはずっと考えていた。
 死を前にした魔王がなぜああまでして倒壊しそうな城の奥へと戻ったのか。そして、魔王の言った「俺も同じだ」という言葉の意味を。

 それからしばらくして、城は完全に崩れ落ちた。まだ城として原形をとどめている箇所もあれば、完璧に瓦礫の山と化してしまったところもある。ただどちらにしろ、もう二度と城としての役割を果たせることはないだろう。もともと古い城だったのだ。直したところで、古いところから綻びていくだけでしかない。

 半分近く瓦礫の山と化した城で、わたしはあるものを見つけた。
 一つは先に書いた日記帳を。一つはそのすぐ傍に倒れていた君の弟を。

 楓はわたしが何度呼びかけても反応しなかった。まるで心をどこかに置いてきてしまったかのようだ。
 玉蘭、わたしは君に精霊の力について語ったことがあっただろうか。勇者の称号を得た者は、例外なくそれと同時に精霊の加護を得る。それは古い城を崩壊に追いやってしまうほどの計り知れない力であり、邪悪な呪いを跳ね返す力でもあった。
 そのような力の一つに残留思念、つまり物が見た記憶を読み取る力がある。わたしはその力を拙い文字でつづられた日記帳に使ってみた。楓に直接使うことは勇者と精霊の間の掟で固く禁じられていて、できなかったから。

 それはいつまでも何も話さず笑いもしない、楓のことを知るためだったかもしれない。それとも、わたしはただ純粋にあの変わり者の魔王のことを知りたかったのだろうか。
 最後までどちらなのかはわからなかった。しかし、ここでわたしが見たものは魔王の言葉の真実を教えてくれた。
 ここから先は楓の視点で話そう。なぜなら日記を通してわたしが見たのは、楓の記憶と心そのものだったのだから。
作品名:王立図書館蔵書 作家名:烏水まほ