VARIANTAS ACT1 初戦
Captur 3
[10月19日0200時、ビヤビセンシオ陸軍基地]
ついにその時が来た。
機体格納庫に各自集合。各々の配属部隊に従い、点呼。
流れるような手順の中で、レイズは昨日のブリーフィングを思い出す。
――自分達は防空司令部の前方100㎞地点に降下。任務は各防空高射大隊の援護、及び残敵の足止め。掃討は航空隊と空軍が行う。
――それじゃあ、僕たちはただの壁……?
気付けば、彼は自分の機体の前に立っていた。
漆黒の重装甲に身を包んだ、陸戦の主力。対ヴァリアント用人型機動装甲、HMA‐h2C/M2A1・レザーウルフ。
高出力・重装甲。装甲素材はメタニウムだ。
メタニウムとは、チタン、タングステン等各種レアメタルを特殊な環境化で合金することによって生まれる、アモルファス金属だ。この特殊合金を用いた複合装甲の開発によって、サンヘドリン各軍全ての機体は世界最高クラスの装甲強度を持つに至り、ヴァリアントとの戦闘を可能にしている。
しかもこの機体は、HMAでは初めて“イクサミコシステム”を搭載した機種だ。
“イクサミコ”とは、バイオコンピューターを搭載した人型AIユニットの総称であり、不確定因子を用いることによっての外見的個体差は在るものの、殆ど十七~八歳にしか見えない容姿は、可憐であり非力だ。だが、その重要性を侮ってはいけない。
ヴァリアントは、人より遥かに早く考え判断し、機動して攻撃する。だから人はヴァリアントと同等の判断と思考により、機動と攻撃を行う必要がある。
それを可能にしているのが“イクサミコ”であり、パイロットの思考を読み取り、操作を最適化。重装備により複雑化した火器管制を高速処理する、対ヴァリアント戦闘の要だ。
そのイクサミコも、機体と共に支給される。
いわば官給品なのだが、レイズはそうは思えなかった。
彼に支給されたイクサミコ。機体の横に立つその彼女は、レイズが訓練所で出会った、あの黒髪の――
「えっと……、じゃあ君が僕のイクサミコかい?」
「はい。本日から貴官の支援AIユニットとして支給された、戦闘支援AIユニットイクサミコヒューマノイドタイプバージョン1・88個体№8894‐27012です。よろしくお願いいたします」
綺麗な黒髪をさらさらと揺り動かしながら、ペコリとお辞儀するイクサミコ。
なかなかかわいい。いざ、自分のイクサミコを持つとなおさら。
かわいいが、あまりにも長い名前。
「君の事はなんて呼べばいいのかな?」
「ご自由にお呼びください」
「そう? じゃあ……」
少し考えるレイズ。
「サラ……、サラがいいな」
「了解しました」
そう言って微笑むイクサミコ――サラ。
レイズは彼女と共に、HMAへ乗り込んだ。
コックピットにはウインチで上がり、リアシートにパイロットが、フロントシートにイクサミコが座る。
密閉ヘルメットを被り、気密・給排気チェック。異常なし。
パイロットスーツをチェック。
スキンスーツ、コネクト異常なし。
マッスルスーツ、異常なし。
防弾・防熱気密スーツ、異常なし。
エマージェンシーキット等、忘れ物なし。
気持ちを落ち着かせるために、大きく息をつく。
自分の身を包む大げさなほどの乗員装備は、己自身を護る物。追加に追加を重ね、まるでフル装備の歩兵並みに肥大したパイロットスーツその他装備は、戦いの危険度を表している。
決意し、セーフティーバーを下ろす。そしてコントロールレバーを握る。
起動確認。アーミングチェック。
両手に火器、両腕部にも一門ずつの火器。腕部だけでも四門もの火器を装備した重火力。
だが裏を返せば、これ程でなければ生き残れないのだ。
「503レイズ機、起動完了」
「504スタイナー機、起動完了。いよいよだな、レイズ…」
「ああ、今日19日の1200時調度に、奴らは落ちてくる。必ず帰ろう」
「そうだ、生きて必ず帰ろう」
そう言葉を交わす二人の機体は、非情なまでにスムーズに、大型輸送機のカーゴへ積み込まれていった。
******************
[10月19日1157時、サンヘドリン本部中央指令室 作戦開始]
「目標現在高度250000m。降下率毎時80000m、ターミナルフェイズ」
「目標大気圏突入……開始しました!」
「目標現在高度2100000、180000、150000! なお降下中!」
「第七、第八艦隊より入電。目標レーダーコンタクト。ネットワークアップロード」
「南部及び中部方面隊SOCより入電。目標レーダーコンタクト。ネットワークアップロード」
ついに大気圏突入を開始した敵戦闘母艦を、各航空方面隊および艦隊防空レーダーが捕らえた。
地球内のすべての空は、統合体中央空軍およびサンヘドリン空軍の管理する“統合防空ネットワーク”の監視下にある。ネットワークは、地上すべてのレーダーサイトのデータを合成、疑似的に合成開口レーダーを構築することによって、地球上すべての空を監視できるシステムだが、目標がネットワーク内に入るとはつまり、猛獣の縄張りに入る事に他ならない。
「第七、第八艦隊より入電。対空射撃開始しました。着弾まで60……」
各艦隊巡洋艦のVLSから発射された長距離防空ミサイルが、白煙を曳きながら空を駆け登る。
刹那、戦闘母艦の表面で閃光が散った。
その瞬間、防空ミサイルは艦に命中することなく爆散。ミサイルは全て、戦闘母艦の対空砲火に撃ち落された。
それでも艦隊はミサイルを撃ち続ける。
ミサイルごときで、ヴァリアントの艦体種は墜ちない。それでも、艦体種の同時戦闘能力を大きく制限することが、艦隊のミサイル攻撃の本懐だ。
その時、 艦体種の周囲に、新しい反応が出現した。
「目標、艦載機を射出。数250」
レーダーが、一瞬で紅い光点に埋め尽くされた。
敵艦載機、ソルジャーの群れだ。
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[1158時、落着予想地域]
高高度で編隊を組んで飛行する大型輸送機。
外ではすさまじい轟音のプラズマジェットの爆音も、コクピットの中では不気味な……まるで葬列を送り出すレクイエムのように聞こえる。
そう、これはまさしくレクイエムだ。
ヴァリアントはHMAよりも遥かに堅く、遥かに高い火力を有している。装甲は鉄壁の高分子複合材。下級兵士でもその火力は重装甲のHMAを容易に撃破し、中級ともなれば集団で掛からなければまず勝ち目は無い。
――神様……
この時レイズは、初めて神に祈った。
縋れるモノには何にだって縋る。それがたとえ実体の無いものでも。
刹那、コクピット内のコンソールが光り、サラが、兵器に似つかわしくない可愛らしい声で情報を伝える。
「目標地点到達」
目の前のハッチが開く。
「射出用意!」
HMAの係留ロックを解除。次の瞬間、機体は輸送機のカーゴから空中に放り出された。
思わず歯を噛み締める。
即座にスラスターを吹かし、滑空飛行に移る。
序々に高度を下げ、地面ギリギリのところでスラスターを一瞬だけ強く吹かす。
作品名:VARIANTAS ACT1 初戦 作家名:機動電介