VARIANTAS ACT1 初戦
今回、その暗礁宙域内に未確認の物体が、火星オリュンポス天文台によって発見されたのだ。
「艦長。目標を光学で確認。距離10万」
コイズミが問う。
「敵勢力は?」
「スケールからしてキャリヤー1、カノーネ2、アサルター2、クルーザー3。一個空母戦闘団です」
投影スクリーンに出された高解像度映像には、幾つもの巨大な緑色の物体が映っていた。
その姿はまるで海獣――かつて地球の海を支配した鯨や、太古の奇怪な生物を彷彿とさせる有機的デザイン。
巨大な物体の正体はヴァリアント。悪魔の兵器。
その中でも“艦体種”と呼称されている超大型種だ。
――あの時はよくもやってくれたな……。
クロサキの脳裏に蘇る、悪夢。圧倒的敗北。百数十の艦を屠り、迫るヴァリアントの艦隊を退けたのは、たった一機の機動兵器。
軍人としての、敵に対する敗北。そして何より、“宇宙(うみ)の男“としてのプライドを傷つけられた闘い。
だが、クロサキ艦長は冷静だ。
クロサキの心に去来する一つの決意。
――一隻でも、あの時の借りは必ず返す。たとえそれが負け戦でも。
「全艦、第1級戦闘配置、長距離対艦戦闘用意。レーザー砲塔撃鉄起こせ。同時、全実体弾砲装填。弾種、3号弾。合図と共に全艦右舷水平噴射、敵射線に対し1ミル」
過去の敗北を噛み締めながら、クロサキは打って出る。
敵艦がもし艦首5000mm陽電子主砲を撃つとすれば――いや必ず撃つだろうが――宇宙空間での有効射程は5万kmだから、その着弾まで約30秒。艦隊は敵射線に対して毎秒0.2ミルの水平回避が可能だ。だから、5秒で1ミル。敵射線より最大500km離れる事になる。
だが、この宇宙で500kmという距離は目と鼻の先に等しい。敵が第ニ弾と三弾を撃ってくれば、避けられる保証は無い。
しかし、クロサキには策がある。奴らは必ず……
突然、観測のオペレーターが叫んだ。
「敵船団、軌道より離脱! 突貫してきます!」
火星軌道を外れた敵船団が加速を開始。
超高速移動による青方偏移で観測映像では青みを帯びた色に見えるヴァリアントを一瞥し、クロサキのは不敵な笑みを浮かべる。
――やはり動いたか……!
彼はこの瞬間を待っていた。
敵船団の目的は地球進攻。艦隊の撃破ではない。だから船団は艦隊を無視して、何が何でも地球に向かおうとするだろう。
つまりチャンスは一瞬。船団と邂逅するその時。
出来る事はある。
まずはγ線レーザーの全力射。このレーザーの出力は、たとえ艦体種でも無視出来ないダメージを与える。このままレーザーを浴びせ続ければ、敵は防御にエネルギーを取られ、主砲のチャージを少しでも遅く出来るし、敵艦体種の装甲外殻内を蒸し焼く事も出来る。
それからレールカノンと偏向荷電粒子砲の直接照準射撃。その後は、お互い横っ腹を曝しながら至近距離で艦砲を撃ち合う事になるが、その時は、砲艦の極限重原子核ビーム砲と、艦隊が保有する50発の指向性熱核弾頭全てを撃ち込んでやる。
たとえヴァリアントでも、9000G電子ボルトの重原子核ビーム砲と500Mt級指向性熱核弾頭50発の破壊力に耐える事は不可能だ。
観測艦のデータによれば、船団の速度は秒速20km。
勝負の瞬間まで、あと4850秒。
その瞬間、船団の中で幾つもの閃光が煌めいた。
それはまるで、天に輝く無数の星々が一斉に瞬いているような綺麗な光景。だが60秒後には、その閃光は雨のようなビームの矢……、破壊の嵐となって艦隊に降り注いだ。
艦隊全艦はグラビティシールドを展開。シールド表面で潰れたビームは、その巨大なエネルギーを解放して光の環を形作る。
刹那、艦隊艦艇から照射された数百条もの6000Gwクラス逆コンプトンγ線レーザーは、真空中で殆ど減衰することなく船団に着弾。
艦体種の装甲外殻表面でプラズマの閃光が散り、赤外線と電磁波が放出された正にその時――
「敵船団より高エネルギー反応!」
船団の中で、陽電子の煌めきが灯った。
距離5万。ついに、その時が来た。
「全艦レーザーを全力射! レーザー砲が蒸発しても構わん! 全開でぶん回せ!」
砲雷管制のオペレーターが、レーザー砲塔への入力電力を最大値にきりかえると、レーザー砲は唸りを上げながらγ線レーザーを搾り出した。
空気の無い宇宙では、その様子を目で見る事は出来ないが、レーザー砲身は自らが発する莫大な熱量を周囲に放っている。
だが、レーザーは確実に敵船団、強いては敵各艦を捉えている。
その間に、全長数百メートルを超える駆逐艦・巡洋艦、そして全長9.5kmのストロバルトは、その巨体を横滑りさせて水平回避運動。砲艦は右へ90度転針し、艦首原子核ビーム砲を敵船団の通過コースへ向ける。
その時、規定以上の大電力を投入されたレーザー砲がついに蒸発。同時、敵船団から発せられた数本の巨大なビームが、五万kmの真空をほとばしった。
艦隊はグラビティシールドを全力展開。
陽電子ビーム着弾。
艦隊後方、オルート級ミサイル巡洋艦・アタエンシク被弾。ビームはシールドを破り、艦首を抉る。
だが、クロサキは動じない。
勝負は一瞬! お互いが横っ腹を曝しあうその瞬間!
――今!
擦過の瞬間、敵船団は1立方メートル当たりに1発もの割合でビームが存在する程の密度で砲撃してきた。
対する艦隊も黙っていない。
対空レールカノンを発砲。
各艦に搭載された127mm60口径長レールカノンから発射されるペネトレーターは120MJのエネルギーで敵に着弾。敵艦装甲外殻にめり込んだペネトレーターは、その運動エネルギーにより高温の金属粒子衝撃波となって爆散。同時に発射された偏向荷電粒子砲の重イオンビームは、敵砲艦を捉え、装甲の一部を高エネルギープラズマに変換してえぐり取る。
攻撃はまだ止まない。
荷電粒子砲の次に来たのは、9000G電子ボルトの出力を誇る極限重原子核ビームだ。ビームは動きの鈍った砲艦の装甲と内部を一瞬で原子レベルまで分解し、ニ隻の砲艦を貫通。
同時、艦隊の発射した大型砲弾50発が、船団内で炸裂した。
だが、その火球は意外な程小さい。その代わりに火球は、細長い光の杭となって、砲弾の進行方向に延びている。
砲弾に装填された弾頭は、中性子爆弾をイグナイターとする200Mt級指向性熱核兵器だ。
指向性熱核弾頭はまず、半球状に配置された、ウラン238の単分子格子結晶ミラーに覆われた4kt中性子爆弾8つを起爆。放射された中性子はミラーに反射し、一点に集中――爆縮レンズの中性子版――する。次に、プルトニウム239が核分裂を開始。その熱量で三重水素が核融合を開始。核融合のエネルギーを受け、三重水素を覆っていたプルトニウム239が核分裂。二段階の核分裂エネルギーと一段階の核融合エネルギーは外側の逆円錐型ウラン238・タングステン格子結晶ミラーの反射と集中した高速中性子の奔流に乗り、全エネルギーの約70%を一方方向に放出。
指向性熱核弾頭とはつまり、熱核兵器版成形炸薬弾なのだ。
その核の洗礼を受け、砲艦二隻はその右舷横っ腹を大きく損失。
作品名:VARIANTAS ACT1 初戦 作家名:機動電介