VARIANTAS ACT1 初戦
Captur 1
[2188年10月14日、0430時、オーストラリア大陸サンヘドリン陸軍訓練基地]
身長12mの鋼鉄の巨人が、瓦礫の山に身を隠している。
周囲は絡み付くような闇。
その中に輪郭だけを浮き立たせる破壊された廃墟は、まるで叢生した乱杭歯のように見える。
無線封止から5分。先行した部隊は今だ戻らず、こちらも孤立無援。ECM濃度が高く、レーダー・センサー類に敵を捕らえる事も出来ない。
息を吐き、物影に隠れる僚機にメインカメラを向ける。レーザー通信でコンタクト。
『こちらレイズ、どうするスタイナー?』
同じく物影に隠れている僚機のスタイナーから返信。
『どうもこうも敵位置が分からん』
機体の腕で“お手上げ”のジェスチャーを取るスタイナー。
レイズはため息をつき――
『いつもの手で行くか……』
待ってました、と言わんばかりにスタイナーは、90㎜軽機関砲を遮蔽物の物影から覗かせる。
レイズは自機の装備するM90・90㎜アサルトライフルの残弾数を確認し、スタイナーに“準備完了”のサインを送信。
ライフルのグリップをしっかりと保持し、カウントダウンを開始する。
『3カウント! 3、2、1……!』
次の瞬間、スタイナー機の90㎜軽機関砲が火球のようなマズルファイヤーを咲かせ、同時にレイズの乗ったHMAが遮蔽物の陰から跳躍。
総重量60tの機体は、たった一回の背面スラスター噴射で軽く数十メートルの高さまで舞い上がり、一陣の砂埃を地面に置き去った。
“HMA”とは、重力制御機関を搭載した汎用人型機動兵器の総称だ。正式には“HumanoidMobilityArmor(人型機動装甲)”と言う名称だが、面倒だから略称の“HMA(ハマー)”と彼らは呼ぶ。
彼等が乗るのは、ジェネシックインダストリー社製人型機動装甲“HMA‐h2B・ドーファン”。教練用の機体だが、基本性能は高い。
『撃ち返し来るぞ!』
レイズの言葉と同時に、相対する正面の小高い丘で火砲の火点が散り、曳光弾が光線を描いた。
『見えた! 正面に火点5!』
レイズは空中で機体を翻し、丘の火点へ応射。自機を着地させスタイナー機の移動を援護すべくスモーク弾を発射。煙幕で視界を遮ると、敵機が火砲を乱射する中、スラスターを噴射して地面スレスレをホバーリング。闇にスラスターの燐光を煌めかせ、丘に向かって真っ直ぐに突進してゆく。
丘まであと500m。
煙幕を抜ける。目標を光学で捕捉。ドーファン4機。シグネチャロック。
敵機ニ機が90㎜ライフルを発砲。サイドスラスターを噴射して射線を回避。弾丸が右肩を掠める。
まだだ……、まだ撃たない。
『スタイナー!』
レイズの声と同時に、煙幕の中からスタイナー機が飛び出した。
軽機関砲を発砲。二機にヒット。蛍光塗料を充填したペイント弾が敵機をピンク色に染めあげる。
『レッド!』
スタイナーの軽機関砲弾が切れる。
『グリーン!』
軽機関砲からドラムマガジンを外しているスタイナー機を追い越し、レイズ機がアサルトライフルを発砲。一機にヒット。ライフル弾切れ。
素早く、残った一機に接近。ライフルの砲身で敵機の火器を弾き、ストックで腹部を打撃。脚を払って引き倒す。
その時だった。
『避けろ、レイズ!』
スタイナーの声。同時に、軽い衝撃。
機体胸部に直撃判定。
――撃たれた! どこから!?
スタイナー機にもヒット。
火線から射角を推定。見つけた。丘から北へ6kmの廃墟の陰。
遠距離狙撃。丘の上に立った彼らは、スナイパーにとって格好の餌食だった。
知っている事はただ一つ。
自分達が生まれるより遥か昔に始まった戦争が、つい最近終わり、崩壊した各国政府の代わりに世界統一政府“統合体”は世界を治めている。
ただそれだけ。
それでも、世界は平和を手に入れた訳じゃない。
この世界が抱える問題。それはうんざりするほどたくさんある。
統合体加盟属州と非加盟集落の軋轢。
集落同士の紛争。
反統合テロ。
そして、ヴァリアンタス。
目的不明のこの敵は、人間を相手にするより遥かに厄介だ。
だから人々は、厄介な敵を一つの組織に押し付けた。
それが、サンヘドリン。
彼らの属する組織だ。
教官にみっちり絞られた後、レイズとスタイナー達は、談笑しながら食堂に向かっていた。
訓練の間に挟まれる、短い食事休憩は訓練兵達の少ない楽しみだ。来る日も来る日も訓練に勤しむ彼らは、その日の献立に一喜一憂。多分に洩れず、レイズとスタイナーも今日の朝食ラインナップの話題で持ち切りだったが、レイズの心は次第にスタイナーへと向かっていた。
「そういえば、式を挙げるのいつだっけ? お前」
スタイナーに、レイズがそう問う。
「来月の半ば」
彼の薬指にはシルバーのリング。
レイズはそれを見て、羨ましそうにぼやいた。
「スタイナー、お前はいいよなぁ……、婚約者がいて。羨ましいよ、まったく」
にやけた表情のスタイナー。
「あいつの料理は最高に美味いんだ。今度お前も家に招待するよ」
「はいはい、わかったわかった! 不味かったら殴るからな」
軽いジャブでスタイナーにシャドウパンチをするレイズ。
そのとき、食堂へ向かう二人の正面から、女性の一団が歩いてきた。一団は二人と目を合わせることなくすれ違い、通り過ぎる。
だが、レイズは一人の少女と目が合い、離せなくなった。
長い黒髪に、大きな瞳。小柄だが均等の取れたプロポーションは、控え目に膨らんだ胸のラインとタイトなスーツに浮き出るくびれの絶妙さが為せる技。
彼女も、レイズのことを見つめながらゆっくりと通り過ぎていく。
「お、“イクサミコ”じゃん。最近増えてるよな。やっぱり“奴ら”のせい……?」
スタイナーはそう言いながら、レイズの肩に腕を乗せる。
「僕達もそろそろ卒業だしな。訓練が終わったら機体と一緒に支給されるんだっけ?」
「ああ。でも貰っても、なんかうれしくはないな。そのときは実戦に出る時なんだから」
そう言うスタイナーは、不安そうな表情を、作った笑顔で隠していた。
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[同10月14日地球時間0500時・火星方面軍第三機動艦隊旗艦アレキサンダー級三番艦ストロバルト・火星暗礁宙域]
火星方面軍第三機動艦隊は、三個空母戦闘団を保有、火星軌道に待機し、火星圏から向こうを常に監視している艦隊だ。
その旗艦、アレキサンダー級三番艦・ストロバルトは退役寸前の老朽艦だか、数多の戦闘を闘いぬいた誇り高い艦だ。
「今日は晴れているな」
ストロバルト艦長クロサキ司令長官の小さな呟きに、副長のコイズミ大佐が、キレよく応える。
「ガスとデブリが珍しく切れています。英霊達の援護に感謝……ですな」
唸るような肯定の返事と共に深く頷くクロサキ。
火星暗礁宙域――それはセカンドムーブが宇宙に残した爪痕だ。
セカンドムーブ戦に参加した地球艦隊艦船は345隻。その消耗率は40%以上。裕に130隻もの艦船が失われ、その残骸は未だに火星軌道を漂っている。
作品名:VARIANTAS ACT1 初戦 作家名:機動電介