ファッション
お茶会は変わり映えがしなかった。頭からつま先まで黒ずくめのゴス、白やピンクやサックスブルーのリボンとフリルで飾りたてたロリータ、ロリータのスタイルをそのままに、白を黒、プードルやお菓子やハートの絵柄をスカルとクロスに取り替えたゴスロリ、ほつれさせ破れたジャケットを着たロックやパンク、さらには時代がかったドレスに大きくつばの広がった帽子など、現実離れしたファッションが一堂に会するさまは迫力があり、モリヤも何度見ても圧倒される。しかし実際やることはお喋りに花を咲かせ、写真を撮り、合間にサンドイッチをつまむ、といったモリヤはそれほど情熱的になれないことばかりなのだった。
人が大勢集まるところは嫌いだし、よく知らない人間と喋るのも億劫なのに、美針に引っ張られて何がなんだかわからないうちに色々な人に写真を撮られているのがお茶会でのモリヤの常だった。美針は運営メンバーでもあるし、周囲に人がいないことがないのでモリヤは積極的には近寄らず、隅の方で黙々と未遠を撮影している。
今回も、未遠を立たせたり椅子に座らせたり、微妙にポーズをとらせたりすることにモリヤはひたすら熱中していた。買ったばかりのアリスアウアアのブラウスとジャケットを主役にコーディネイトを考えぬき、それにあわせて髪をセットし化粧をした未遠は、異世界の少年の風情を漂わせていた。モリヤはその仕上がりにいたく満足し、その姿を一枚でも多くデータに残すことに夢中になっていたのだが、どこからともなく美針が現れてモリヤの隣で未遠の写真を撮りはじめた。
「未遠ちゃんって、少年装もいいけどロリータも似合いそうだよね。たまには女の子っぽい格好もすればいいのに」
美針はあっけらかんとそう言った。モリヤの地雷を踏んだことなど気付きもしないまま、やがて美針はモリヤに自分のデジタルカメラを預けて未遠とのツーショットを撮らせ、「モリヤさんの今日のコルセットはやっぱりアウアア? ほそーい、すてきー、蜜蜂みたい」などとお世辞を言いながら未遠ともどもモリヤを人々の輪の中に放り込んだ。
困惑すること甚だしいのだが、ストロボの閃光を浴び続けるのは正直快い。強く目を開けてレンズを睨んでいると目の前が真っ白になって、何も無くなる。
地に足がつかないふわふわした精神状態のまま、打ち上げに流れる美針や会の常連メンバーのあとについて、予約してあるという店の前まで来たところで、モリヤはあっと叫びそうになった。濃い夕闇の中に、あの男がいた。長身に長い銀髪の夜の影。紅い瞳はサングラスに隠れていたが、見間違えようもない。隣で未遠がひゅっと息をのんだ。モリヤが反射的に未遠の肩を抱くと、未遠はモリヤの腕に縋りついた。
「ディーさん、こっちこっち!」
美針が声をはずませて男に手を振った。男は微笑で美針に応えた。男の装いに視線を走らせて、再びモリヤは声をあげそうになった。未遠とお揃いなのだ。アリスアウアアの店員が、コンセプトは「ヴァンパイアの正装」だ、と言っていた新作だ。しかも憎たらしいほど着こなしている。美針がうっとりと言った。
「格好良い……。本当に、お茶会にもいらっしゃれば良かったのに」
「有り難う……ございます。この時間に起きるのが、精一杯で……」
「……夜の仕事か何かですか」
堪えきれずにモリヤは割って入った。男を睨みつける。男は笑顔でモリヤを見下ろし、あの掠れた低音で途切れ途切れに答えた。
「そう、ですね……。夜の世界にしか、棲めない……のです」
「ああ、仰ることも素敵!」
美針のうわずった嬌声に、モリヤは舌打ちをした。誤魔化す余裕がない。
「……美針、知り合い?」
「うん、金曜の夜にヴァンパイア・カフェでお茶会の最後の打ち合わせしたときに、店の前で会ったの。で、あまりにも格好良いから逆ナンしちゃったの。……モリヤさんこそ、ディーさんのことご存じなの?」
何と答えようかモリヤが迷っているうちに、男が先回りして言った。
「……いいえ、初めて……お会いします。モリヤ、と仰るんですね」
男は微笑している。モリヤは混乱しながら奥歯を噛んだ。未遠はモリヤの背中に隠れるようにくっついている。モリヤが放っている険悪な空気をようやく察したのか、美針が戸惑ったようにモリヤの耳もとで訊いた。
「ごめんね、モリヤさん。初めての人を抜き打ちで呼んじゃって、……不味かった?」
「……ううん」
とにかく中入ろうよー、と誰かが助け船を出した。「そうだよね、とにかくお店入ろっか、お腹すいた!」と明らかにホッとした様子で美針が言ったのを合図に、一行はぞろぞろとビル内へ移動した。
エレベーターで八階へ上がり、目当てのキリストン・カフェへ入ろうとしたとき、美針と話しながら先頭を歩いていた男がふと立ち止まり、逡巡する素振りを見せた。それはほんの一瞬で、男はすぐに美針に並んで歩き出したが、美針はそのかすかな躊躇いを見逃さなかった。
「どうかされました?」
「ああ、いえ、……教会、かと思った……のですが。レストラン、なんですね」
「そう、雰囲気があるでしょう? 祭壇もあったりして、いい感じなんですよお」
美針の言った通り、店内には祭壇が設えられていた。祭壇を見やり、店の内装を眺め回して、男は成る程、と呟いて笑った。その笑いはモリヤには嘲笑に見えた。
長方形のテーブルを挟み、四人ずつ向かいあうかたちで八人が席についた。モリヤと未遠が並んだちょうど真向かいに、男と美針が座った。皆が落ち着いたのを見計らって、美針が立ち上がった。
「改めてご紹介します。ディーさんことディザイアさん」
「……ディザイアです」
男はサングラスを外し、会釈した。ゴスロリ・サークルの集まりには仰々しいハンドルネームを使いたがる者が多い。モリヤの右側に仲良く座っている、シルクハットを被った脂性の青年と太ったロリータ少女のカップルもそれぞれスメラギ「皇」「姫乃」と名乗っており、「貴族様を気取っているくせに肝心の名前が暴走族センスで、全くお里が知れる」とモリヤは常々未遠の前で嘲っていた。「ディザイア」などという気恥ずかしい単語を大真面目に名乗ったのがこの男でなかったら、モリヤは失笑のあまり噴き出していたに違いない。
常連のメンバーも、ディザイアと名乗った男のために、美針から時計回りの順で一人ずつ自己紹介した。皇はご丁寧に「自分は吸血鬼一族の貴族で、この姫乃が成人したら一族に加える予定です」と設定まで披露した。最後に未遠がか細い声で「高村未遠です」と言ったところでドリンクが運ばれてきて、一同は乾杯した。
男は懐から暗紅の液体を満たした小瓶を取り出し、赤ワインのグラスに数滴落としてから、口をつけた。
「いま、何を入れたんですか?」
「血……ですよ」
「いやだあ!」
男の一挙手一投足にいちいち反応する美針の金属質な声が耳に障る。モリヤは未遠に向かって顔を顰めてみせた。
「ディーさんって、本物のヴァンパイアが映画から抜け出してきたみたい」
「……秘密に、しておいて……くださいね? 実は……本物のヴァンパイア、なんです」