Gothic Clover #05
ボクは、このようになってしまった人間に対してどのように対処すればいいのかわからない。しかし、そんなボクでも『これからどうするべきか』ぐらいはわかる。
そうだ、前に、前に進まなくては。
ボクは一気にコーヒーを飲み干す。
「灘澄」
「……何だ?」
「行こウ」
「……何処へ?」
ボク達はまず、動くべきなんだ。
「殺人現場」
ボクのためにも、彼のためにも。
++++++++++
夕日の差し込む教室にボク達は立っていた。警備員のおじさんには「忘れ物を取りに来た」と言ってある。教室の黒板には、まるでそこに血が詰まった水風船がぶつかって弾けたような血痕が塗りたくられていた。教壇の上には飛び散った肉片がある。いや、あれは脳髄の破片か。
「う………うう……」
口元をおさえる灘澄。ふむ、慣れてない奴には少し刺激が強過ぎただろうか。
「大丈夫カ?」
「……ああ」
本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。
「ほらヨ」
ボクは灘澄にゴム状のグローブを渡した。
「なんだこれ?」
「指紋が着かないようにするための犯罪者の7つ道具の一つダ」
「ああ、そういうことな」
灘澄とボクはグローブを手に嵌めた。
足跡もつかないように、上履きの裏にガムテープを張る。
「7つ道具って言ってたけど、残り6つは?」
「人間を殺ス凶器と人間を殺す身体と人間を殺す事を考える頭脳と人間ヲ殺す事を思う心ト、そしてそれらを覆い隠す仮面ダヨ」
「一つ足りねぇよ。残り一つは?」
「逃げ足ダ」
「……なるほどね」
ボク達は現場を探り始めた。
「机動かさないように気をつけろヨ。後々問題にナル」
「……おう」
ボクは教室を隅々まで調べる。何一つも見落としてはならない。灘澄はと言えば、さっきから黒板を見つめるばかりである。まぁ、気持ちはわからなくはない。しばらく放っておいてあげよう。
ボクはいろいろと探るが、めぼしい物は一つもない。うーん、証拠品になるものはだいたい警察が持って行っちゃったかもなぁ…
「おい捩斬」
「ン?」
ボクは灘澄に近付く。
「なんだよ、これ」
そう言って灘澄は机を指差していた。いや、机に書いてある文字を指差していた。
数字で32と書いてある。
「……この席、誰ノ?」
「美那のだ」
「……ロッカー、見てみようカ」
ボク達は教室の後ろのロッカー、32番を開けた。
中にはきれいに整頓された教科書と辞書と、漫画が数冊(BECK)が入っているだけだった。
「何かある?」
「見てノ通りダヨ」
「上は?」
「ン?」
「ロッカーの上」
ボク達はジャンプしてロッカーの上を見るが、そこにはホコリ以外何もなかった。
「……出席番号32番って誰だっけ?」
ボクはロッカーの中の教科書を手にとって答える。
「夕暮だってサ」
夕暮 血染(ゆうぐれ ちそめ)常に珮刀、和風趣味のギタリストだ。
「……そうか」
灘澄は何かを諦めたように、それだけ言ってロッカーを閉めた。
「特にめぼしい物はなかったナ」
「……ああ」
「灘澄、オマエ本当に大丈夫カ?」
「………………」
灘澄の顔は真っ青だ。だいぶ無理をしたのだろう。
「……トイレ行くカ?」
「………悪い」
そういうなり灘澄は走り出した。どうやら限界のようだった。ボクは後から歩いてトイレに行く。トイレの中からは「がふぁっ………うえぇぇ……」などと何かを嘔吐する声が聞こえる。しばらくすると灘澄が出てきた。
「……おまたせ」
「……お疲レ」
灘澄はハンカチで口元を拭う。そしてそのまま廊下に座り込む。
「……情けねぇな」
「アン?」
「情けねぇよ、俺」
「…………」
「美那を守れなかった上に、今度は美那を拒絶してるんだぜ? どんな姿になっても美那は美那なのにさぁ…」
いや、それが人間として普通の反応だ。『死』を直視して平気な人間なんて、狂っている。
「俺さぁ、捩斬」
「……」
「俺、絶対に犯人探し出すよ。俺は、ケリをつけなきゃいけない、そんな気がするんだ」
出来れば灘澄はそういうことに巻き込みたくなかった。しかし灘澄がやろうとしている事は、きっと間違いじゃない。灘澄はそのために行動するべきなのだろうし、ボクがとやかく言っていいようなことじゃない。だから…
「灘澄……」
「……なんだ」
「オマエにコレ、貸すヨ」
ボクは灘澄に一本のアーミーナイフを渡した。
「…………」
「コレは殺すための凶器じゃナイ。生き残るための手段だ。戦おうとするナ。いざとなったら逃げロ」
「でも……」
「オマエのやる事に文句は言わナイ。でも頼ム、生きていてクレ」
「……わかった」
灘澄はボクの手からナイフを受け取った。
「サテ、帰ろウ」
「ああ……」
ボク達は、警備員のおじさんに挨拶して校門から出る。
そして何も言わずに別れた。
別れの挨拶なんてしたくなかった。
++++++++++
ボクは夕飯の支度を終えると、食事を口に運びながら狭史さんから貰った資料に目を通し始めた。自分がまだ知らない情報があるかどうか確認する。
「しっかしナー」
どれも聞いたことある情報だな。でも警察が掴んだ情報なんてのは大抵メディアによって報道されるから当たり前なんだろうけど。
…………ん?
初耳の情報を見つけた。ボクは箸を置いて資料を見つめる。…………へぇ、これは知らなかったな。どうやら見七は、あの罪久のバラバラ死体の第一発見者だそうだ。
第一発見者……まさかこれらの二つの事件にこんな繋がりがあったとは。
しかし、そこが繋ったとはいえ、まだ繋ってない事もたくさんある。
消えた二人の生徒手帳と、机の落書き。
この二つの要素はボクにとってはまだ意味不明理解不能の未確認物体でしかない。そもそもこれらは事件と関係があるかどうかもわからない。
あー、なんだかハッキリしない。思考が曖昧に有耶無耶なまま何度も同じ場所をぐるぐると通過する。なんかムカついてくるなぁ。
そう思いながらまた箸を持とうとした時「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
こんな時間になんだよ、と思いながらも「どちら様デスカー」とドアを開ける。
ドアの前にいたのは2人の男女だった。
2人とも夜に溶け込むような真っ黒な服。男の方は夜だというのにサングラスをかけている。女の方は口元にマスク。そして、何より2人から流れ出ている死臭………死臭!!
「君が『ネジくん』な」
バタン
マッハ、いや、光速じゃないかと思える速度で扉を閉めた。更に鍵を締める。相対性理論も真っ青の超々高速行動だ。
やばい。やばいってあいつら。なんなんだ、ボクを殺しに来たのか!? 罪久の野郎、ボクに迷惑かけないとか言っておきながら、しっかり火種残していきやがった!!
とにかく逃げなくては。ボクは居間に向かう。
「お邪魔してまーす」
「……」
2人は既に中に侵入していた。ボクの夕飯を勝手に食べている。窓が開いている……窓から入られたか。しかし、なんでトラップが作動してないんだ?
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる