Gothic Clover #05
12
目が覚めた
「…………ツッ」
左目の痛みでこの世界が現実であることを知る。掻太がみんなを殺したのも、ボクが掻太を殺したのも、全部思い出す。
「……夢オチだったラ、よかったのにナ」
ボクは愚痴る。
そして気付く。
「……ここハ何処ダ?」
ボクはベッドの上にいた。清潔そうな白いシーツ。白いカーテン。白い壁に囲まれた部屋。そして、
「……くぅ」
白に囲まれた真っ白な世界の中で、人飼はボクの横でベッドにもたれかかりながら寝ていた。
「人飼起キ……」
起こそうとして、やはりやめる。なんせ見事な寝顔だ。このままでもしばらくは楽しめそうだった。
「感謝しろよ。ずっとつきっきりだったんだぜ?」
横を見る。やはり白いドアを開けられた先にいたのは、タバコを咥えた狭史さんだった。
「よぉ」
「……こんにちハ」
よくわからず挨拶を交わす。
「……ココハ?」
「山舵総合病院だ。てめぇは昨日の真夜中…つーか早朝にここに運ばれた」
じゃあここは病室か。
「……病院内は禁煙なんジャないんですカ?」
「カタいこと言うなよ少年A君」
「…………」
どうやら、学校の屋上で何があったのかは把握しているらしい。
「未成年の深夜外出と学校に不法侵入、そして……殺人か。結構やったなぁ」
「…………」
「てめぇ、覚悟はできてるか?」
「……狭史サン」
「ん?」
ボクは狭史さんに質問する。いや、これは確認だ。
「ボクは裁かれるんでしょうカ?」
「……」
「ボクは殺したんデス。人間ヲ。掻太ヲ。友達ヲ。この手で殺したんデス」
「ああ、そうらしいな」
「あいつはいい奴だっタ。たとえボクの友達を殺した奴デモ、ボクの世界を壊した奴だとしてモ、ボクは今まであいつのおかげで楽しかっタ。あいつはボクの世界の登場人物であり、友達だっタ」
「……だろうな」
「その友達だった掻太ヲ、ボクは殺したんダ」
「……そうだな」
「ダカラ……」
人間を殺したから。
友達を殺したから。
だから、
「だかラ、狭史サン。ボクは裁いてもらえるのでしょうカ?」
「……」
他人が辛いだろうから。
自分が辛いから。
「ボクは裁かれたいんデス」
のうのうと生きるよりは、ぐちゃぐちゃになるまでボクを責めたてて欲しかった。
奏葉を殺した時はなんとも思わなかった。でも、友人は別だ。
友人という世界の登場人物を自ら殺した自分が急に許せなくなった。
「……てめぇはどうして掻太を殺したんだ?」
「……ヘ?」
いきなりの質問にボクは驚く。
「何か理由があるんだろ? 何故殺した?」
「……人飼を、殺させたくなかった……カラ?」
「そうか。先に攻撃してきたのは?」
「……掻太デス」
「ん、そうか」
狭史さんはタバコの火を指で揉み消すと、吸い殻を携帯灰皿に捨てた。
「正当防衛って、お前知ってるか?」
狭史さんは唐突に言った。
「……聞いたことはありますケド」
「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するためやむを得ずする加害行為のことだ。刑法上は処罰されず、民法上も不法行為としての賠償責任を負わなくていい。……うまくいけばな」
「うまくいかなかったラ?」
「過剰防衛だな」
「…………」
ボクは黙った。
「ま、状況が状況だし、掻太の殺人罪もあるしな。とりあえずてめぇの面倒は俺が見てやるよ。本当にうまくいったら、正当防衛として刑罰は免れられるかもしれないし」
「『刑罰は免れられる』だっテ?」
ボクはうつむいたまま言う。
「そんなコトはどうでもイイ」
ボクは拳を挙げて、
「ボクは裁かれたいんダッ!」
挙げた拳を振り下ろした。ベッドも拳も激しく軋むが、そんなことは構わない。構わない。
「ボクは裁かれたいんダッ ボクは責められたいんダッ! ボクは傷つけられたいんダッ! ボクは殺されたいんダッ! ボクは消されたいんダッ! ボクは自分の存在を悔いているんダッ!」
何度も何度も叩きつける。
今まで守ってきたボクの世界だが、それが今の状態ではもうボクが守る価値さえもなかった。こんな世界、無い方がマシだった。
「ボクみたいな人間なんテッ! ボクみたいな存在なんテッ! ボクの世界なんテッ! 消失してしまえばいいんダ!」
その途端、ボクは狭史さんに胸ぐらを掴まれて宙に浮く。
「……ボクがムカつきますカ?」
「…………」
「放っておいて下さいヨ、ボクはそういう人間なんデス!」
「ああ、そうらしいな」
狭史さんはボクを掴んだまま言う。
「てめぇはそうやって、また逃げて生きることを選んだ」
「……」
「捨てることを選んだ。進まないことを選んだ。拒否することを選んだ」
「……」
「どうしようがてめぇの勝手かもしれない。他人の生き方に文句はつけられない。生き方を貫いて出るのは結果だけだ」
「……」
「でもよぉ、いくらてめぇの世界が壊れていて、それを捨てるとしてもよぉ…
てめぇがその世界を捨てた時、残った人飼の世界はどうなるんだよ!」
頭を釘つきバッドで殴られたような気分だった。
言われるまで気付かなかった自分が信じられなかった。
どうして、どうしてこんな当たり前のことに気付かなかったのだろうか。
「てめぇがどうしようがてめぇの勝手だ」
狭史さんはボクをベッドに戻す。
「絶望したきゃ絶望しろ。死にたきゃ死にやがれ。でも、ちゃんと人飼のことも考えてやってくれ」
「……」
「てめぇの存在は、てめぇだけのもんじゃねぇんだよ」
「…………」
「ま、あとはそこで聞き耳立ててる人飼に慰めてもらうんだな」
「……人飼?」
ボクが声をかけると、人飼は起き上がった。あれだけ騒いだんだ。当然といえば当然か。
「じゃあな」
そう言って狭史さんは病室を去る。
病室の扉が閉まると同時にボクは人飼に懇願した。
「…………ナァ人飼、ボクに『死んでくれ』って言ってくれないカ?」
「……」
懇願だった。まさに懇願だった。
「ボクはわからないんダ。こんな後書きみたいな世界で何をすればいいのカ、わからないし探す気力もナイ」
「……」
「辛いんだヨ。苦痛なんダヨ。だから死にたいんダヨ」
「…………」
「さっきから聞いていたんダロ? 『ボクの存在はボクだけの物じゃない』って言うのなラ、人飼の方からボクを捨ててくれないカ?」
「……」
「人飼、ボクに『死んでくれ』って言ってくれないカ?」
ボクは泣いていた。
嗚咽をあげて惨めったらしく泣いていた。
人飼はそんなボクを、正面から優しく抱き締めた。
「ごめんなさい、私はそんなに優しくないわ」
「……」
「本当に悪いけど、私はあなたに生きていて欲しいの」
「…………」
「私にはあなたが必要なのよ」
「……キミは残酷ダ」
ボクも人飼を抱き締めた。
「そんなことを言われたラ、言われた方はどう思うカ知っている癖に残酷ダ」
「……」
「キミは残酷ダ」
「……知ってるわ」
ボクは人飼の胸に顔を埋める。
「そんなこと言っテ、後でボクを捨てたら許さないからナ」
「安心しなさい。あなたの世界にはいつも私がいるわ」
「……」
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる