Gothic Clover #05
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「はっきゅシ」
くしゃみが出た。
「風邪か捩斬?」
「んニャ、病み上がりなんダヨ」
「風邪には生姜湯がいいとか…」
「だからもう治っているんだってバ」
帰り道、ボクこと首廻 捩斬(くびまわり ねじきれ)は友人の桐馘 掻太(きりくび そうた)と人飼 音廻(ひとかい ねね)と共に帰路に着いていた。
「そういえば今日は休む奴多かったな」
「風邪流行ってるよね」
今日も今日とて他愛も無い会話が折り重ねられてゆく。
「でも今日は教師も休んでくれたのを考えレバ、ありがたいもんダヨ」
「浜背が休んだのはうれしかったな」
浜背(はませ)先生。地理の教師。生徒人気ランキング万丈一致文句無しでぶっちぎりの最下位。
「宿題出なかったしね」
「あの人授業遅い癖ニ、その遅れた分ヲすぐに宿題にするからナァ」
全くもってウザイことこの上ない。
「あの人が休んだおかげで今日はたくさん寝れたしな」
「掻太はどの教師でも眠るダロ」
「今日はいつにも増してぐっすり眠れたんだよ」
「アー、そういえば今日は1限から4限まで一度も起きなかったナ」
そういうボクも他人の事は言えない。
そうこう話しているうちに交差点に着く。
「そういえば捩斬、マーチ寄ってく?」
March hair、紫鹿詩波(ししし しなみ)さんがそのお兄さんと共同で営業している喫茶店。詩波さんの料理は最悪だが、そのお兄さんの料理の腕はなかなかだ。特にコーヒーが格別においしい。最近はボク達の溜まり場になりつつある。
が、
「イヤ、今日はいいヤ」
ボクは断ることにした。
「なんだよツレねぇな。人飼は?」
「私もいいわ」
「んだよ。じゃあ俺も帰るか」
「悪いナ」
「別にいいさ。じゃあな」
「じゃあね」
ボク達は交差点で別れる。
本当は行きたかったのだが、今は行くわけにはいかない。
ここ何日か、同居人の喰臓罪久(くぞう つみひさ)が帰って来ないのだ。携帯にかけても出ない。何の連絡も無しに罪久がいなくなるのはおかしい。事故にでも遭ったのだろうか? いや、あいつは確かに昔の友人、倒鐘 罰浩(とうがね ばつはる)と「同じ」だが、事故に遭うようなタマじゃない。
ボクは家に着いた。
一階建ての狭い空間は静まりかえっている。やはり罪久はいないようだ。
しょうがない。探しに行くか。
ボクは私服に着替え、ナイフを数本、脚と腕に仕込んだ後、マフラーを巻いて家を出た。
うーん、どこから探そう。
ボクはとりあえず町をぶらつく。
罪久のことだ。多分、あまり人が来ない場所にいる確率が高い。
あまり人が来ない場所、か。
その中で現在位置から一番近い場所がある。すぐそこの角を曲がって直進した後、左の路地を抜けた所にある、廃工場だ。
あまり気が進まない。
あの廃工場は、罰浩が殺された場所なのだ。
うーん、でも一番近い場所だし…行っておくか。
ボクは歩き出す。すぐそこの角を曲がって直進した後、左の路地を抜ける。
見えた。
あの時から変わらない、そこだけ時が止まった場所。
ボクは中に入る。
「オーイ、罪久ー?」
声が響く。返事はない。中には誰もいない。何もいない。何もない。
無機質なコンクリートの壁そこに生命は存在していなかった。
「……いないカ」
ボクは中に入る。ここに来るのも久しぶりだ。たしか、この先の部屋で見つけたのだ。バラバラになった罰浩の死体を。
ボクは壁を背に、廃工場の入口に座り込む。部屋の中には入らない。なんだか、部屋に入った瞬間、また何かが終わってしまうような気がして……
鼻の頭に何かが当たる。……雪だ。雪が降ってきた。雪は何の音もなく、静かに降、ボクの体に積もってゆく。それは冷たくて、重くて、今にも飲み込まれてしまいそうだ。
……そろそろ行かなくては。
ボクは深く呼吸をする。
その時、
ぞわり
と、身体が震えた。
これは…今までボクは何回もこれを体験してきた。
死臭!
死臭死臭死臭死臭死臭死臭死臭死臭!!!
ボクは急いで廃工場に入る。
なんで気付かなかったんだ?
罪久は罰浩と「同じ」なんだぞ!?
走る!
走る走る走る走る走る走る走る走る!!
冷たいコンクリートの空間で、喰臓罪久は死んでいた。
あの時のようにバラバラに、肉肉肉肉肉肉骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨血血血血血血血血血血血血血血血血!!!!
「アア…ア…」
声が出ない。身体は震える。歩くことさえままならない。
ミシリミシリ
何かが軋む。世界が軋む。
「同じ」だ。同じように死んだ。全て全て全て全てバラバラにバラバラにバラバラにバラバラに。肉。血管。髄液。欠陥。内臓。バラバラ。細切れ。千切れ千切れ。破壊。破戒。ミシリミシリ。肉片。バラバラ。冒涜。グチャグチャ。散らばるナイフ。冷たい刃物。蹂躙。ミシリミシリ。血。肉。骨。血。血。血。破片。肉の破片。骨の破片。血だまり。おびただしい血の量。ミシリミシリ。転がる内臓。無残。無惨。散らばるナイフ。散らばる肉塊。肉。骨。血。血。血。ミシリ。群がる虫ケラ。無惨。悲惨。ミシリ。散らばる骨。散らばる肉塊。悲惨。飛散。ミシリミシリ。あの小さな身体にこんなにも血が詰まっていたのか?ミシリミシリミシリ。血。血。血。肉。血。血。骨。血。赤。白。赤。朱。緋。赭。ミシリ。まるで血袋。肉。肉。肉、肉肉肉肉ミシリ肉肉肉肉肉肉骨骨骨ミシリミシリ骨骨骨骨骨骨骨血血血血血血血血血血血血死臭死臭死臭死臭死臭死臭死臭死臭死臭ミシリ死臭死臭死臭死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死!!!!
ミシリミシリミシリミシリミシリ。
世界が軋む。
ミシリミシッギシリッ
軋む軋む
ギシッガラリ
崩れる
ガラリガラガラガラリガラ
崩れる崩れる世界が壊れる
ただ、線の細い顔だけが、一つの芸術品のように置かれていた。
その前には一本の黒いナイフが落ちている。罪久が愛用していたナイフだ。ボクはそれを握り締める。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!」
ガラリガラガラガラリガラ
世界は崩壊を開始した
どこか遠くで、終幕の開演をを告げるベルが、高らかに鳴り響いていた。
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる