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Gothic Clover #05

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 面会の手続きを済ませたボクは人飼がいる病室に向かう。
 病室の前には狭史さんがいた。

「よぉ」
「狭史サン」

 ボクは狭史さんに駆け寄る。

「夕暮が殺されたって本当ですカ?」
「嘘なんか言わねぇよ。本当だ」
「どうやって殺されたんですカ? 殺害現場ハ?」
「落ち着け」
「死亡時刻ハ? 死因ハ?」
「いいから落ち着け!」
「…………」
「取りあえず座れ」

 ボクは廊下のベンチに座る。狭史さんはタバコに火を点けながらボクの隣りに座った。

「現場は被害者の家、台所。窓が割れていて、家の中に侵入した形跡がある。死因は打撃による頭部の破壊」
「また頭デスカ?」
「ああ、後ろから一発デカいのを打ち込みやがった。壁に叩き付けられて脳髄が飛び散ってやがる。検査の奴等が手を焼いてるよ」

 ボクは想像する。しかし、人の頭が潰れた図なんて、まして友人の頭が潰れた図なんて容易に想像できるものではなかった。

「殺られた時刻は12時。被害者は昼食の準備をしていた」

 ボクが夕暮の家を出てから10分後か。

「ちなみに凶器はまだ見つかってない」
「凶器? 凶器なんてあるんですカ?」
「は? お前は素手で頭を砕けるって言うのか?」
「……ア、そうカ」
 ついあの殺人組織と殺人集団を基準に考えてしまった。しかし殺され方に共通点がある限り、犯人はまたあの兵器なのであろう。

「……人飼ハ?」
「この中だ」

 病室を指差す。

「具合はどうなんですカ?」
「うーん、ありゃ身体が悪いっていうより、精神の問題だな」
「精神?」
「友人が3人も殺されて、遂に許容量が限界を超えたらしい。ま、普通は1人でも殺された時点で混乱するものなんだがな」
「…………」

 普段の人飼からは想像すらつかなかった。人の死に異様に興味のある人飼が何故?

「俺が気を利かせて被害者の死亡を伝えたのが悪かった。今まで大丈夫だったし、今回も大丈夫だと思っちまった」
「…………」
「捩斬、無責任で悪いが人飼を慰めてやってくれないか?」
「大丈夫なんですカ?」
「今はな。だいぶ落ち着いてきた。その前は大変だったぜ。もう暴れまくってさ、やむなくベッドに縛りつけた」
「……人飼の親ハ?」
「あー、一応電話したんだが、なぜか面会には来ないんだ」
「…………」
「ま、とにかく行って話してやってくれ。俺は先に帰ってる」
「……わかりましタ」

 ボクは病室の前に立って扉をノックする。
 返事がない。
 もう一回ノックする。
 やはり返事がない。

「……入るゾ」

 ボクは病室の扉を開く。
 そこには、ボクが初めて目にする人飼音廻がいた。

「………………」

 思わず反応に困る。
 どう対応すればいいのか、
 どう話しかければいいのか、
 まるでわからない。
 こんなの、ボクの知っている人飼じゃない。

「人飼……ナノカ?」

 ボクはベッドに近付く。
 ベッドの上には、枕を爪を立てるように掴んで抱き締めてうずくまっている人飼がいる。

「人飼」

 返事がない。

「人飼!」

 返事がない。
 ボクはやむなく人飼が掴んでいる枕を無理矢理とりあげる。
 その途端、人飼はボクの持っている枕に飛び掛かった。ボクは素早く人飼の手を掴む。

「人飼!」
「………………ねじ…斬、クン?」

 その顔は、見れたものではなかった。悲愴すぎる。目の下には黒々とした隈がある。顔は青白い。
 そして彼女の、綺麗なまでに透き通った黒色だったはずの目は、澱み切った汚水のように濁っていた。

「─────ッ」

 ボクは思わず絶句する。

「捩斬、クン?」
「……アア」
「どうして、ここに?」
「お前こソどうしてこんなところにいるんダヨ!」
「……」
「……やっぱり辛いノカ?」
「…………」
「そういえば親ハ? お前の親は来ないノカ?」

 ボクは人飼の身体を揺する。

「親はどうしてるんダ?」
「……両親は、私のことなんかどうでもいいと思っているから」

 人飼は虚ろな目で空を見ながら答えた。

「…………」

 ボクは人飼の身体から手を離す。

「……ホント、どうしたんだヨお前」
「……私ね」

 人飼はゆっくりと話し始めた。

「私ね、人の死なんて怖くなかった。人が死んでもなんとも思わなかった。私の回りで人が死ぬなんて、普通のことだった。今回もそのはずだった。また人が死んだだけ」

 ボクは人飼の手を放して黙って聞く。人飼はベッドに座ってただ話す。

「でもね、今回は違う。また人が死んだだけなのに、何かが違う」
「…………」

 同じだ。
 ボクは思う。
 同じなんだ。
 ボクと同じなんだ。
 これは罰浩を失った頃のボクと同じなんだ。
 初めて、人間の存在の重たさがわかった自分。
 初めて、人間の命の軽さがわかった自分。

「ねぇ、捩斬クン」
「……なんダ?」
「私ね、わかったんだ。自分が悲しんでいるんだって」
「…………」
「今まで人が死んでもなんとも思わなかった私がね、人の死を悲しんでいるの。信じられる? もちろん信じられないよね。私がっ人間をっっ!!」

 そこで人飼は自身を抱き締める。爪が食い込むほど腕を掴んで。気付けば人飼の腕は無数の傷がある。おそらく、全て人飼が自分で傷つけたものだろう。

「私はっ……私はっ……私はっ……」

 震えながらうずくまる人飼。
 今の人飼は混乱している。友の死の悲しみと、自身への嫌悪、そして現実。
 どうすればいい?
 ボクは迷う。
 こんなになってしまった人間に、ボクはどうしたらいいんだ?
 ボクには何ができるんだ?
 わからない。
 わからない。

「うっ……ううっ………」
「…………」

 わからない。

 結局、ボクはわからないまま病室を出た。一応「無理するな」みたいなことは言っておいたけど、やはり心配だ。
 全く、人飼の両親は何をやっているんだ? 親なら我が子が病院に運ばれた時ぐらい来てやれよ。
 とか思ったが、自分も他人のことは言えないような状況だと考え直す。
 親……ねぇ。
 最近めっきり会ってない。
 ま、別に会いたいとは思わないし、仕送りさえしてくれればそれでよかった。

「以上、終了」

 ボクは思考を切り換える。
 次に考えるのは夕暮についてだ。
 あいつはどうやって───いや、どうして殺されたんだ? 他の二人は理解した。でもどうして夕暮が?
 考えろ。考えるんだ。情報を思い出せ。知識を練り合わせろ。
 何か。
 何か何か何か何か何か───

『お前は頭を素手で砕けるって言うのか?』

 狭史さんの言葉が脳裏で響く。
 ボクは立ち止まる。
 今までの記憶と記録が一気に頭を駆け巡る。


 ────
 ───解りかけてきた。

 そう、解りかけてきたんだ。

 しかしボクの脳髄は拒否する。

 何を?

 他でもない。

 解ることを拒否しているんだ。

 解りたい。

 解りたくない。

 あと少しなんだ。

 届くな届くな届くな届くな届くな!!

 見たくない。解りたくない。触れたくない。気付きたくない。

 何故拒否する?
 邪魔するな邪魔するな邪魔するな邪魔するな邪魔するな!!
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる