Gothic Clover #05
「ほら、あの人」
詩波さんは奥のテーブルを指差す。店内にはその人以外には、客は一人もいなかった。
あの人は……
「……エエ、知り合いデスネ」
「んじゃ料理はあの席に運ぶね」
「お願いシマス」
ボクは奥のテーブルに向かう。向こうもこっちに気付く。しかしボクの方には向かない。構わない。ボクはそいつの前に座る。ナイフの位置を確認。よし。
「お久し振りデス……」
ボクはそこでやっと口を開く。
「お久し振りデス。瀬水 傍嶺(せみず はたみね)先生」
ボクの目の前の食眼鬼は、ただ笑った。
++++++++++
「まさかまた会えるトハ思っていませんでしたヨ」
ボクは素直に感想を述べる。
「私はまた会えるような気がしていたよ」
それに対して瀬水傍嶺は恐ろしい事を言った。
ま、別に会いたくないワケでもないか。
「よくココがわかりましたネ」
「なに、団員から目撃情報を貰っただけさ」
「……やっぱリ、入団したんですカ」
灰薔薇さんから聞いていたとはいえ、やはり信じ難かった。
「ああ、まさか私にあんな最適な組合があるとは思わなかったよ」
「……ヘェ、楽しそうデスネ」
「そっちこそ。いろいろと楽しそうじゃないか」
「…………」
「あの自我保有凶器を追ってるんだって?」
「エ? ジガ……」
「自我保有凶器。君達が『秘密兵器』だのなんだのと呼んでいる存在さ。元々名称を決められた存在じゃないから、みんなまちまちに呼んでいるよ」
「ヘェ……」
「で、追ってるんだろ?」
「マァ、そうですネ」
ボクはそこで運ばれてきたコーヒーを飲む。
「で、何がいいたいんですカ?」
「元生徒の君に忠告を言っておきたいんだ」
「忠告?」
「やめておけ」
「…………」
「あれは君の手におえる物じゃない。あれは非常識的だ。例外だ。異端だ。架空生物だ。少なくとも、現実世界にあってはいけない」
「……随分、高く評価してイルんですネ」
「そりゃそうさ。その存在がもし、私達の抗争を暴走して放棄していなかったら、間違いなくこっちは皆殺しだった」
「そんナに……」
「それほどにその存在の戦闘能力は高かった。だって、人間の頭を一撃でいとも簡単に粉々にするんだよ? 君だって、耳にぐらいはしただろう」
「そりャ、マァ」
見七美那。
黒板に飛び散った血痕。
散乱する肉片。
「普通の人間なら、いや、こっち側の人間でも素手で粉砕なんて無理さ。あれはもう、化け物だ」
「……まるで見たように言うんですネ」
「うん、見たよ」
ボクは立ち上がった。体を大きく前にのりだす。
「見たんですカ?」
「ああ、見たよ」
瀬水傍嶺は、その反応を待っていたのかのようにこたえる。多分、予測していたのだろう。構わない。
「目撃した上デ、今あなたはまだ生きているト?」
「その通りだ」
そんな……
見た奴は全員殺されているのではないのか?
「いやぁ、情けない話だが、仲間が全員死んで私一人が残った時だ。私は一人で屋上に先に逃げていてね。ちょうど振り返った時に見えたんだよ。屋上から地上に、その後ろ姿をね。その後はもちろん、一目散に逃げ出したさ」
「……どういう奴デスカ? 外見的特徴ハ?!」
「くっ……くっくっくっ……」
瀬水傍嶺は、笑っていた。おかしそうに。面白そうに。
「……何を笑ってイル?」
「おやおや、敬語を使わなくなったね? ひどいなぁ、私は君の教師なのに。ま、昔の話か」
「答えロ!!」
「そんなに急くなよ。のんびりいこう。これから、やっと面白くなるんだから」
「さっきカラ何なんダ!? 何が言いたイ? 核心を早く言エ!!」
体中がウズウズする。ふるふると震える。苛々する。ムカついてくる。
なんなんだこいつは?
何がしたいんだ?
「いやぁ、人生って面白いよなぁ? 面白い。実に面白い。まさか、まさかなぁ」
ボクは瀬水傍嶺の胸ぐらを掴む。テーブルの上のコップが倒れて、中身がこぼれる。
しかし、瀬水傍嶺はまだ笑っていた。
「まさか、あいつがねぇ……くっくっくっくっ……くっくっくっくっくっ…………
どうりで強いはずだ
まさかあいつが凶器だとはね」
『あいつ』?
『あいつ』って誰だ?
その時だった。
ボクの携帯電話が鳴り出した。
くそっ。タイミングが悪い。
「……くくっ、鳴ってるよ?」
「…………チッ」
ボクは瀬水傍嶺を放して、ポケットから携帯電話を取り出した。
「モシモシ?」
『あー、捩斬か?』
「狭史サン?」
電話をかけてきたのは狭史さんだった。
『人飼が、他人と話せるような状態じゃないんで俺が電話した』
?
「『話せるような状態じゃない』ってどういうコトですカ?」
『……大変言いにくいんだが……単刀直入に言おう』
おい、ちょっと待て。
まさかこのパターンは……
待てよ。
落ち着けボク。
変な未来を予想するな。
下らない妄想をするな。
下らない空想をするな。
考えるんじゃない。
考えるんじゃない。
「アノ……何ガ……」
『夕暮血染が殺害された』
ボクは瀬水傍嶺を見る。瀬水傍嶺はまだ笑っていた。
「……人飼ハ、どうしてますカ?」
『病院だよ。名前なんだっけ? ホラ、この前俺がお前の胸ぐら掴んだ病院だよ』
「……ありがとうございマス」
ボクは電話を切った。
「……知っていたノカ?」
ボクは瀬水傍嶺を睨む。
「知らなかったさ。でも予想はしてた。また誰か殺されるってね」
「テメェ……」
「それより、行かなくていいのかい? また人が死んだんだろ?」
「……なぜ犯人を言ってくれないんダ?」
「今は言うべき時じゃないからさ」
ボクは瀬水傍嶺を殴った。誰もいない店内に、イスが転倒する音が響く。
「……なかなか痛いじゃないか」
「明日、またここに来イ」
「また会って聞き出そうって言うのかい?」
「もし来なかったら、ボクはあなたを殺しまス」
そう言ってボクは店から出て走った。
クソッ。
ここまでくると、つまらないどころじゃなくなってくる。
「クタバレッ!」
ボクは叫ぶ。
それはやっぱり悲鳴であった。
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる