Gothic Clover #05
7
次の日
March hair、いつもの場所
奥から3番目のカウンター、いつもの席
グリーンサラダ、いつものメニュー
人飼は先に来て食事をとっていた。
「……おはよウ」
「……」
人飼は黙ったまま振り向く。ボクは隣りの席に座って詩波さんにブラックコーヒーを注文した。
「掻太ハ?」
「……連絡したけど、電話に出ないの」
「……そうカ」
掻太にとっても、他人の死と友人の死は違うのだろう。
しかも二人目。
そりゃあ、辛いよな。
学校はもちろん休み。しばらくは休校らしい。生徒が学校で死んだんだから当たり前か。
「人飼」
「……」
「どうやって灘澄が殺されたか知ってル?」
「…ごめんなさい、私が来た時にはもう、警察でいっぱいだったから……」
「そうカ」
「でも、死んだ場所ならわかるよ。二階の男子トイレ」
「男子トイレ? 凶器ハ?」
「だから、わからないってば」
「……」
しばしの沈黙。
ボクと人飼の間に気まずい空気が流れる。
カランコロン
ドアのベルが鳴った。ボクはドアの方に振り向く。もしかしたら掻太が来たのかもしれないと思ったからだ。
しかし、そこにいたのは掻太ではなかった。
「よ、トラブルメーカー」
「……狭史サン?」
ドアの前に立っていたのは狭史さんだった。その他にも同業者らしき人が何人か、店の外で待機している。
「あ、はーくん。何か頼む?」
「じゃあコーヒー一つ」
「ラジャ」
「狭史サン、何の用デスカ?」
「ん〜まぁ、ぶっちゃけて言えば事情徴収、かな」
「……あの殺人事件ッすカ?」
「お前らが被害者の友人なのは知ってんだ。2〜3質問させてもらうぜ」
「…………」
「そう身構えるな。すぐに終わる」
狭史さんはそう言いながら胸ポケットから手帳とペンを取り出した。うーん、奏葉酒造がいなくなってから、なんと言うか貫禄が出始めているなぁ。社会人として独立した息子の姿を見る親の心情ってこんな感じだろうか?
「被害者が殺害される前、その被害者と話したことはあるか?」
「昨日の朝頃に少し話をしましたが……そもそも灘澄が殺されたのハ、いつなんですカ?」
狭史さんは出されたコーヒーをゆっくり飲むと、小声で答えた。
「正確にはわからないが、昨日の昼ぐらい……午前11時から午後の1時にかけてだな」
「死因ハ?」
「首の気道と頸動脈を刃物で切られていた」
「…………」
11時からか………それってボクが下駄箱で夕暮と一緒に掻太を待っていた頃だ。たしかその時にボクは灘澄とメールをしていた。言うべきだろうか? ……言わなきゃ駄目だよなぁ。
「11時ぐらいにメールを灘澄としましたガ」
「うん、知ってる。現場にあった被害者の携帯電話見たし」
「………知ってるナラ聞かないで下さイ」
「確認したかったんだよ。隠したい内容なのかどうかをな」
「どういう意味デスカ?」
「ナイフってなんだ?」
「カッターナイフですヨ」
……なんとか即答できた。
「……カッターナイフの貸し借りでわざわざメールしてくる奴なのか?」
「そういう奴ですカラ」
「……ふ〜ん、そうかそうか。」
狭史さんはそう言いながらメモをとる。
危ない危ない。長さがある一定上以上の長さの刃物は銃刀法違反に引っ掛かるんだっけ? ボクも結構、銃刀法違反を犯しているかもしれない。夕暮のことも悪く言えないな。
「お前らに聞きたかったのはこれくらいだな」
「そうですカ」
……ちょっと待てよ?
なんで「『カッターナイフだ』って言っても、狭史さんを誤魔化せた」んだ?
「狭史サン」
「あん?」
「そのナイフ……カッターナイフは、現場にありましたカ?」
「…………いや、それが無いんだ」
「!?」
「ま、いま検察の奴らが必死に辺りを調べてる。そのうち見つかるんじゃねぇか? それじゃあな」
狭史さんはコーヒー代を詩波さんに払ってドアを開けた。
ボクの渡したナイフを灘澄が持って無い?
どういうことだ?
「あー、あともう一つ」
「ハイ?」
「掻太に伝えておいてくれ。『生徒手帳見つかった』ってな」
「エ!?」
「被害者が所持していた。今は検察に回してるから、掻太の元に帰るのはまだ無理だけどな」
「あのッ狭史サ…」
ボクが言葉を発した時には、既に狭史さんは店を出て行っていた。車のエンジン音が遠ざかる。
「……だってサ」
「……そう」
ボクは座ってゆっくりコーヒーを飲んだ。
考えることがまた増えた。
何故、美那が持っているはずの生徒手帳を美那が持っていなくて、灘澄が生徒手帳を持っているんだ? それに灘澄に渡したボクのナイフ。
「ねぇ、捩斬クン」
「……ン、何?」
人飼が唐突に話しかけてきた。手にはフォークを握ったままだ。
「聞きたいことがあるんだけど、答えてくれる?」
「ああ、ボクの知識の範囲ならどんな質問でも答えてあげるヨ」
「電話に出た女の人誰?」
「…………」
し、しまったぁァァぁァッッ!!
石砕さんの存在忘れてた!
そうだ、家にはあの人がいたんだ。
「御主人様とか言ってたよね?」
ど、どうする? なんて言い訳しよう。
「え、えーっト……」
「きっちりはっきりしっかり答えて。あの電話に出た女の人は誰?」
人飼がフォークを握り締める。怖いです。すごく怖いです。
「ア、姉」
「本当に? それに自分の姉を自分に対して『御主人様』って呼ばせていたら犯罪よ」
「別に犯罪じゃないヨ」
「猥褻妄想罪で逮捕よ」
「そこまでカヨ」
「犯罪者じゃないって言うなら答えなさいよ。あの女の人は誰?」
「……親戚の従姉妹ダヨ」
「…………」
あ、疑ってる。
「なんか一人暮らしのボクを気遣って親が派遣してきたんダヨ。なんでも『従姉妹が家政婦の職に就きたがっているからちょうどいい』とかナントカ。でもその従姉妹が茶目っ気のある面白い人でネ、わざと人前でボクを『御主人様』とか呼んでボクを困らせて楽しむとイう大変迷惑な嗜好を持っている人なんダ」
「…………」
「……しかモ──」
「もういい」
……なんか諦められた。しょうがないような、どうでもいいような……
「それで、どうするの?」
「……何ガ?」
「灘澄クンよ」
「……ああ、そうだナ」
ボクはコーヒーを啜る。
さすがに、やるべきことが多過ぎる。
罪久。
罰浩。
見七。
灘澄。
ああ、あとついでに灰薔薇さん。
ボクがやるのか?
できれば一人ぐらいサボりたいものだ。
「つまらなさ過ぎル」
「え?」
「……イヤ、独り言だヨ」
それも、独り言だった。
++++++++++
「ただいマー」
「あ、おかえりなさいませ御主人様。ご飯出来てますよー」
「ありがとうございますデス」
ボクは自室に鞄を置いて居間に向かう。
なんかすっかり慣れてしまった。いいんだか悪いんだか。
今日のご飯はシチューだった。石砕さん、案外料理上手。
「好きなだけ盛って好きなだけ食べて下さい」
「どうもお疲れ様デス」
「いえいえ、家政婦として当然ですよ」
どうやら石砕さんはこのポジションを気に入ってるらしかった。
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる