Gothic Clover #05
「いざとなったら噛みますし」
「…………」
「いざとなったら噛みますし」
……脅してる?
ひょっとしてボク脅されてる!?
マスクを外したままボクに近付く石砕さん。唇からは八重歯が覗く。その口をゆっくり開ければ、赤い舌と白い歯が見えて、口を開けたまま唇をその舌でゆっくりと舐めて濡らして、でも口は閉じるどころか更に開いて、その鋭い歯が、牙が、今まさにボクの喉に……
「どうぞお泊まり下さいマセ」
ボクは諦めた。というか、そもそもこんな殺人狂の人間の要求を断ること自体、無理だったのだ。
「やったぁー! ありがとーネジ君」
「イエイエ、当然のコトですカラ」
そう言ってボクはカップを片付ける。うーん、片方は捨てるしかないな。ボクはカップをゴミ箱に放り投げる。
しかし、ややこしくなってきやがった。秘密兵器……ね。またつまらなさそうな奴が出てきたものだ。
現在暴走中、ということはこれからも殺人は行われるということだろう。危険だな。
「石砕サン」
石砕さんはマスクをつけながらこちらを向く。
「その『秘密兵器』とやらの現在位置を予測することは不可能デスカ?」
「……ごめんなさい、わかりません」
「ン、そうですヨネ」
「……もしかしてネジくん、犯人を捕まえようとしてる?」
「捕まえるまではいかなくとモ、接触はしようとしてマス」
「……やめておいた方がいいよ」
「エエ、確かにその方が良いのでショウ」
ボクは言う。
「デモ、ボクの世界をもう壊させるわけにもいかないのデスヨ」
「…………」
石砕さんはため息をついた後、マスクをまた外した。
「……私の世界はもう壊れました。歌劇団も壊滅して、灰薔薇さんも殺されて……だから私の世界はもう、これ以上は壊れません」
「石砕サン?」
「ですからネジくん、私も、『秘密兵器捜し』に協力させて下さい」
「……石砕サン」
「私にはもう、それしか無いんです!」
「…………」
世界の壊滅
世界の潰滅
考えただけでも恐ろしい。
考えただけでも恐ろしい事が現実になってしまった石砕さん。
でも、ボクは『兵器探し』に石砕さんを混ぜる事で、石砕さんが救われるワケではないことを知っている。
しかし、もう石砕さんにはそれしか無いのだ。ボクに頼ってでもその『兵器』に関わるしか無いのだ。
それが、ボクには、わかるから……
「……いいでショウ」
「やった!!」
「ただシ!」
ボクはビシッと人差し指を石砕さんに向ける。
「約束して欲しいことが幾つかありマス」
「何ですか?」
「ボクの友人を殺さないコト──」
「あ、それはもちろんだよ……」
「──それともう一ツ!」
ボクは再度石砕さんにビシッと人差し指を向ける。
「……何ですか?」
「家にいる間はボクを『御主人様』と呼びなサイ」
「わかりました」
「……エエッ!?」
逆に驚いた。軽い冗談のつもりだったのだ。
え……マジっすか?
混乱するボクをよそに、自分の荷物の整理を始める石砕さん。
「御主人様、この荷物をここに置いちゃってもいいですか?」
「イヤ、石砕サ…」
「あ、食器洗っちゃいますよ御主人様」
「ほんの軽イ冗…」
「夕食は何になさいますか御主人様?」
「…………」
「どうされましたか御主人様?」
ボクの顔を覗きこむ石砕さん。
……もういいや。
ボクは「何でもないデス。それデハ」と言って自室に入った。そして鍵を閉める。石砕さんを邪険にしているわけではないが、集中したかったからだ。
灰薔薇棘実
見七美那
喰臓罪久
そして、倒鐘罰浩
以上の人間を殺したのはその『兵器』とやらでいいということだろうか?
でも、それじゃあ罪久と罰浩の殺害方法の一致の理由がわからなくなる。やっぱり罰浩も歌劇団と倶楽部に関わっていたのかな?
ちょうどその時、ドアがノックされた。多分、石砕さんだ。夕食が出来たのだろうか。
ボクはドアを開ける。
「ハイ、何でしょうカ」
「御主人様、人飼というお方からお電話です」
人飼から?
ボクは受話器を受け取る。
「はいモシモシ」
『あ、捩斬クン?』
「どうシた人飼」
『あのね、落ち着いて聞いてね』
「……なんだヨ」
受話器の向こうの空気がこっちに伝わってくる。
重い。
ずしりと重い。
「どうしたんダヨ人か……」
『灘澄クンが、殺されちゃった』
「…………」
ブチッ
ツーッ
ツーッ
ツーッ
ツーッ
作品名:Gothic Clover #05 作家名:きせる