Gothic Clover #04
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自分にとって苦痛である時間は長く感じるものである。誰でも知っているマーフィーの法則だ。そして、ボクにとって苦痛である時間とは、今まさに体験している時間だった。
首廻捩斬、16歳、高校生活初の文化祭を女装で練り歩く。
我が人生16年間中、過去最大の汚点だった。
「次どこ行く捩斬?」
「……どこにも行きたくナイ」
「よし、屋台でメシ食いに行こうぜ!」
で、現在掻太とデート中。さっきからまわりの生徒や父兄の方々にジロジロと見られている。それは衣装のせいなのか、男がウェイトレス服にニーソックスという犯罪レベルの服装を着ている状態のせいなのか……もう考えたくなかった。
ああ、もう恥ずかしいことこの上ない。
ちなみに掻太は既にウェイター姿に着替えてある。クソォ、本来はボクが……
「ほい捩斬、フランクフルト」
「ありがト」
ボクは串刺しのソーセージをかじる。まぁ、おいしい。
「そういえば夕暮のバンドいつ出るんだっケ?」
「えーっと12:30だった気がする」
夕暮血染(ゆうぐれ ちそめ)常に帯刀和風好きギタリスト。
「12:30ってもう随分前に始まってるじゃン」
「行くの?」
「行かないワケないダロ」
「その格好で?」
「……客に混ざれば気付かれないヨ」
「そうか? 随分目立つと思うけどな、俺達」
ウェイターとウェイトレス(しかも両方男)の組み合わせ。確かに目立ちそうだ。
「なんとかなるサ」
「ま、捩斬がそう言うなら俺は構わないけど」
ボク達は人込みをかき分けながら特設野外会場に向かう。途中にクラスの連中に遭遇してからかわれながら行ったので、着くのにだいぶ時間がかかってしまった。なのでボク達が会場に着いた頃には、曲は最後の一曲を弾いている途中だった。
夕暮がギターを激しく爪弾いている。ちなみに弾いている曲のジャンルはかなりのエレゴス。でも人気は結構高いのだ。
最後の曲が終わったみたいなのでボクは移動をしようとした。
「おーい夕暮ー」
掻太に裏切られた。
「おう掻太──と誰?」
ギターを持ったまま駆け寄ってくる夕暮。
「捩斬だよ捩斬」
「………ぷっ」
笑われた。
おー堪えてる堪えてる。
「……マジ?」
「…………文句ありますカ?」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは違和感バリバリー!!」
ついに爆発した。そんなにおかしいか?
「ははは……でも似合ってんじゃん」
「だろー?」
「あとで携帯で写真撮らせて」
「断ル」
「大丈夫、あとでこっちから送ってあげるから」
この野郎。
「じゃあ行くわ」
「おう、あと後夜祭にも出るからよろしくー!」
「ハイハイ」
バンドのメンバーと一緒に片付けをしている夕暮を残してボク達は会場を出た。
「次どこ行く?」
「ンーどうすル?」
そんな会話をしていた時『ピンポンパンポン───えー学祭実行委員のみなさん、学祭実行委員のみなさん、至急本部へ来て下さい───学祭実行委員の……』とスピーカーが大音量で校内に流れる。
「あーごめん、俺行かなきゃ」
「アレ、学祭実行委員だっケ?」
「ああ、悪いな、それじゃ行ってくる」
「アア」
走り去る掻太。
…………。
で、一人になった。
首廻捩斬、16歳、高校生活初の文化祭中、女装姿で一人たたずむ。
うわ、これ一人だとだいぶつらいぞ。さて、これからどうしようか。
「うわーネジくん近付きにくい格好してんな」
振り向いた。
罪久がいた。
………見られた。
「ネジくん、そういう趣味?」
「断じて違ウ!!」
「でも結構似合ってんじゃん」
「なんでここにイル?」
「いやぁ〜、午前中に近所徘徊してたら学園祭の張り紙あってさ、山舵高校って確かネジくんの学校だなーって思って来ちゃいました☆」
ちっ、罪久に知られないために自宅のまわりの張り紙は回収しておいたはずなのだが……罪久の行動範囲はどれくらいなんだ?
「で、なんノ用?」
「んにゃ、ただの暇潰し」
「あーそーですカ」
確かに罪久、普段は暇そうだもんな。毎日大抵ボクの家でゲームやってるし。
「とりあえず今から理科部行ってカエル解剖見た後にオバケ屋敷めぐりをやらなきゃいけないから」
「楽しそうダナ」
「……あまりこういうの、俺様体験したことないから、さ………」
悲しそうに笑う罪久。
だからそういう表情は本当にやめて欲しい。
「……マ、楽しんでこいヤ」
「おう!」
走り去る罪久。
……しまった、大切な付き添い人を失ってしまった。この格好で一人で歩くのは結構つらいのだ。しかしこのままここにたたずんでいるワケにはいかない。とりあえず進むとしよう。
そう思った時、
「まさに変質者ね」
声をかけられてボクは振り向く。最近、後ろから声をかけられるのが多いなボク。
後ろにいたのは人飼だった。チョコバナナをくわえている。
「そんな格好してて恥ずかしくないの?」
「……ボクにこんな格好をさせた張本人に言われたくないナ」
「あらそう」
人飼はチョコバナナを食べ終えると棒をゴミ箱に投げた。棒はゴミ箱に入る前に地面に落ちる。
「……捩斬クンはこれからどこか行く?」
落ちた棒を無視して話を続ける人飼。校内の美化とかは気にしないタチらしい。ボクも気にしないケド。
「いや、特にはないケド」
「じゃあ、一緒に行きましょ」
「……ナンデ?」
「私、オバケ屋敷苦手なの」
「…………」
「それに、風邪気味の私を労わらないつもり?」
「……風邪気味……だったな、そういえば」
じゃあ行くなよ!
いや、突っ込み所はそこじゃなくて!
なんだこれは。ボク誘われてる!?いや、人飼に限ってそんな幸せなイベントが起こるワケがないだろ。でもオバケ屋敷といえば、暗い空間に2人きりなワケで、オバケ役の人が出て来て「キャーー」とか言って抱き付いちゃったり………ナイナイ、人飼にそんな人並みの能力は絶対にナイ。逆にオバケ役の人を一蹴しそうだ。いや、むしろオバケ役か。
「なんか変なこと考えてない?」
「全然? 人飼は包帯似合いそうダナーとか夕暮、お岩さん似合い過ぎだとか全然考えてないヨ?」
「あ、そう」
そう言って歩き出す人飼。ついて来いってことだろうか?まるで背中がそう言っているかのようだ。なんか漢っぽい。漢字の漢と書いて「おとこ」と読む。いや、意味わからん。
「マ、たまにはこういうのも悪くないカ」
物事を素直に楽しむのもいいかもしれない。それが出来るかどうかは別だが。
そういえば忘れていた。
幼少の頃からボクは、オバケ屋敷は苦手だったのだ。
なんていうか、霊的なモノの類は一切信じていないのだが、物陰から急におぞましい姿をした生物(?)が出てくるという事態に非常に弱いのだ。
………
え、もしかしてボク、今ピンチ?
暗転
++++++++++
オバケ屋敷はなかなかのクオリティーだった。
すごいな、うん、最近のオバケ屋敷は。学園祭の出し物とはいえ莫迦には出来ない。
作品名:Gothic Clover #04 作家名:きせる