Gothic Clover #04
ボクの後方から人杭の手首に蹴りが入っていた。人杭の手首がありえない方向に曲がっている。さっきの音はその音か。
「な……がぁっ……!!」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい」
体育館に聞き慣れた声が響く。
「俺の知らないトコで面白いことやってんじゃねぇよ」
ボクは振り向く。
常に笑顔
唇から覗く八重歯
しなやかな四肢
金髪
金眼
「俺も混ぜろや」
掻太だった。
「なぁ……あ……」
人杭が折れ曲がった自分の手首を見つめている。そのうちに爆弾は手の中からするりと落ちた。
「よう、トラブルメーカー。まーた面白そうなイベントに巻き込まれているじゃねぇか」
「五月蠅いエピクレアン。ったく、一体どんな選択肢を選んだらこんなイベントに巻き込まれたのか自分でもわかんねぇヨ。いい加減に別のフラグも立って欲しいものダ」
「別のフラグってどんなフラグだよ?」
「数人の十代の美少女に囲まれてラブコメするようなフラグ」
「そんなフラグてめぇの人生において絶対的にねぇよ」
「あ……あぁ……」
人杭はまだ自分の手首を見つめている。その顔は苦痛というか、驚きというか、そんな感情を浮き出している。
一般人に手首をやられたということがそんなにショックなのだろうか? まぁ、掻太は明らかに規定外だと思うが。
「こいつは殺人狂の人杭だ。体育館を爆破しようとしていル」
とりあえず掻太に状況を説明してあげた。
「それが今回のトラブルか?」
「ン、まぁネ」
「爆弾って……天井のあれか?」
「ウン。起爆装置はあいつが持っているっポイ」
「あ、そう」
その途端、掻太は人杭に踏み出していた。
腕を振り上げる。
「消えな」
腕を振り下ろす。
「ああ……あああぁぁぁあぁあぁああぁあぁぁあぁあああぁあああぁぁあぁあああぁあぁぁぁあぁあぁああぁ!!」
人杭はそれを、四つん這いで這いずって、哀れに無様に憐れに不様に、やっとよけた。掻太は更に連続して腕を振り下ろす。人杭はそれを命からがら転がるようによける。
顔面に恐怖を貼り付けて。
ここまで……自分の手首が負傷しただけで、ここまで精神が崩壊するとは……やはり殺人狂というのはもともと精神的に逝ってしまっている分、逆に脆いというコトだろうか?
「来るなぁ……来るんじゃあない……来ないでくれぇっ……!!!」
人杭はコートの中から起爆装置を取り出す。
「来れば……さもなくばボタンを押すぞっ……今度は本物だ……!!」
起爆装置を持つ手が震えている。へぇ、あれが本物か。
「掻太、その起爆装置、奪っちゃっテ」
「おっけー」
掻太が返事をする頃には、掻太は既に人杭の前にいる。
早い。
スペックが違う。
あまりにも違い過ぎる。
「よっと」
軽い用事を済ませるように掻太は起爆装置を人杭の手からひったくる。
「なぁっ……!!」
やはり掻太は強い
殺人技術を持つ殺人狂よりも遥かに。
やはり持つべき物は友達か。
「そんな……こんな解答はあってはならない……」
遂に涙まで流し始めた人杭。
よっぽど掻太に怯えているようだ。
「頼むから……部そ──」
「お前、少し黙ってろ」
ごっ
掻太は物凄い疾さで人杭を殴り付けた。
人杭はその一撃で白眼を剥き意識をなくす。
「掻太!?」
「大丈夫だ。死んでねぇ」
掻太はボクに起爆装置を投げてよこす。
「アア、あと解毒薬!!」
ボクは気絶した人杭のコートをゴソゴソと漁る。
「……解毒薬って、なんだ、毒でも盛られたか?」
「人飼がネ!」
「へぇ……人飼それ知ってんの?」
「知らナイ」
「……そうか」
ボクはコートの内ポケットから紙袋を取り出した。
「これカ!」
袋を破くように開ける。
中には赤色の薬が入っていた。
「ヨシ!」
ボクは薬を掴んだ。
「えーっト、じゃあこいつどうしヨウ」
人杭はぐったりと横たわっている。
「俺に任せろよ。早く行ってこい」
「……悪イ」
ボクは体育館の裏口から一旦出て、また体育館の正面口に向かう。
良かった、また壊れずには済んだ。
ボクはやっと安心する。
もう、頭を悩ます問題はほとんど解けた。
さてさて、残る問題は……人飼は何も言わずに、この謎の薬物を飲んでくれるだろうか?
それだけが心配だ。
作品名:Gothic Clover #04 作家名:きせる