Gothic Clover #04
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激しく歪んだエレキギターの音。どうやら夕暮のバンドはもう演奏を始めているらしい。ボクは体育館に裏口の方から入る。
「正解です……」
ボクはナイフを投げた。人杭はそれを首を曲げるだけでよける。
「そうカッカしないで下さいよ……」
「爆弾はどこに仕掛けタ!?」
「ああ……あの『自信作』ならあそこに……」
人杭が指差した先には舞台裏からも見える、広い体育館の天井。そこの真ん中に黒い物体が視認できる。
「あれはですね……爆発による爆風で殺すのではなく……爆風にのせて更に大量の爆弾を飛ばし……それで多人数を吹き飛ばすという……手作りにしては素晴らしい作品なんですよ……いやぁ……前日完成しまして……一応持っていたのですが……まさかすぐに使うことになるとは……」
面白そうに笑う人杭。
「てめェ……」
「あ……ちなみに……起爆装置はこれで───」
ボクはナイフを今度は2本同時に投げる。やはりかわす人杭。そこをボクは人杭の方に踏み出し、人杭を攻撃せずに持っている起爆装置を奪った。素早く数歩離れる。
「ヨシ!」
ボクは起爆装置を握り締める。
「あらあら……奪われてしまいましたか……」
「サァ、解毒薬を渡セ!」
「でも……不正解です……実はこっちが本物だったり……」
ポケットからもう一つ起爆装置を出す人杭。
「……ッこノ!!」
ボクは人杭にナイフを両手に持って斬り掛かる。
「あらあらあらあら……いいのですか……? 私は今起爆装置を持っているのですよ……?」
「ならその起爆装置を渡セ!!」
「ふむ……そのような解答者には……罰ゲームです」
人杭は、なんのためらいもナシに起爆装置を押した!!
ボクは振り返る。天井の爆弾は…静かなままだった。
「……なんちゃって」
「この野郎ォォ!!」
ボクは地面を蹴って跳躍し、ナイフを空中で構えて振り下ろす。しかしその前に人杭は既に後方に移動。ナイフの射程距離外に出ていた。
「いいですね……その必死の表情……感情をむき出しにした……まさに人間の本来の姿……」
「テメェの御託聞いてる暇なんかネェ!」
「あら……そうですか……」
「本物の起爆装置さっさとよこしヤガレ!」
「あ……別にいいですよ……」
コートから別の起爆装置を出してボクに起爆装置を渡す人杭。こんなにあっさり…
「まぁ……こっちが本物ですが」
案の定
「ふざけてんのかテメェ! 本物さっさと出セ!!」
「ああ……本物ならこれですよ……」
両手いっぱいに起爆装置をコートの裏から出す人杭。
「これかな……これでしたっけ……? まぁ……全部押せばわかりますがね……」
カチャカチャと起爆装置のボタンを押してゆく人杭。もちろん爆弾は爆発しない。
ふつふつと怒りが溜まってゆく。
落ち着け、相手のペースに乗るな、冷静になれ。
どうした?
こんなのボクらしくない。
こんなのボクじゃない。
落ち着くんだ。
熱くなるな、自分を保て、全てを軽く流していなせ、いつものように冷えていろ。
怒るな
焦るな
慌てるな
クソッ……、
「どうすれば解毒薬を渡してくれるんダ?」
「その問題の正解はもちろん……私を殺せばいいのです……まぁ……その前に……私が殺させていただきますが……ね……」
コロコロとまるで子供のように笑う人杭。
「アンタ、ボクを殺すためだけに他の奴等を巻き込むのかヨ?」
「ええ……目的のために手段は選ばないので……私はあなたが殺せればそれでいいのですよ……」
そう言っていきなり、人杭は爆弾を投げてきた。爆弾はかなりの小型だ。
バックステップで離れて木材の影に隠れようとした瞬間
炸裂
無数の針が飛び出す。
しまった、散弾型か!!
「!!!」
とっさに近くの材木を体の前に移動させるが、材木を持っていた左手をやられた。
「……ッッ!!」
激痛が走る。
音楽にかき消されているのか、もともと小型の爆弾なので音が小さいのか、とにかく爆音は向こうには聞こえなかったらしい。
「ッこノ!!」
ボクは針を引き抜いてナイフを持つ腕を振り上げる。
「おっと…」
人杭は起爆装置をボクに示す。
「爆発させてもよろしいのですか……?」
「……どうせ偽物ダロ?」
「そうとは限りませんよ……?」
「……」
「……フフ…」
またしても人杭はコートの裏から小型のグレネードを出して投げる。ボクはそれをよけようと身構えた途端、空中でグレネードは爆発した。
衝撃波でボクは吹っ飛ぶ。
「グァッ……」
上に上る階段の手すりに当たり、下に落ちる。
「ク、ウウッ」
「ハハ……ハハハハハハッ……」
クソッ、このままじゃやられ放題だ。でも爆弾を爆発させるわけにはいかない。
一瞬、脳裏に言葉が浮かぶ
あんな奴等どうでもいい
他人が死のうが関係ない
自分のことだけを考えろ
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ
雑念は捨てろ
余念はするな
あいつを殺すことだけを考えろ
どうやって?
人質をとられてるっていうのに?
「あなたは本当に面白いですね……」
「ア?」
「あなたの言う『世界』とやらを守るためとはいえ……そこまで一つの物事に……自分の身を削れる人なんて……なかなかいませんよ……」
「ガタガタ五月蠅イ。テメェに何がわかル」
「あなたにとって……あなたにとってその『世界』って一体何なんですか…?」
「…………」
答えない。答えられない。
「……フフ……まぁいいでしょう……そろそろトドメを刺させていただきましょうか…」
人杭はそう言うと、コートの中に手を入れる。
「馬鹿につける薬はない……不正解者には罰あるのみです……」
殺し文句だ。
来る!!
ボクはナイフを構えた。
人杭は必要最低限の動きでボクに近付いて来る。
早い。
スペックの差か。
ボクがナイフを投げる何乗倍以上もの速さで人杭は手をボクの胸に添える。
「──爆ぜろ」
ぶっ飛ばされる
柔? 合気?
───と考えている間にボクは、
空を舞い、
床をすべり、
階段を転げ落ち、
体育館の舞台裏の出入り口扉に体を強く打ち付けた。
「ガハァッ」
肺の空気が衝撃によって全て出される。
急いで空気を吸う。
体の節々が痛い。
頭がぐらぐらと揺れる。
大丈夫か? 頭はちゃんと体にくっついているのか?
人杭の野郎、爆弾なんか使うより肉弾戦の方が強いんじゃないか?
立とうとするが、腰が立たない。フラフラする。よっぽど強く打ったらしい。
「さ……て……終わりにしましょうか……」
人杭はコートの中から一つの……いや、一本の爆弾を取り出した。
一見しただけでは矢のようだが、矢尻が爆弾になっている。
それでボクの臓器、脳や心臓に直接刺して、爆破する気だろう。
「それではさよなら……ねじきれ君……」
そう言って人杭は、
その爆弾をボクの頭めがけて…
ごきゃっ
……
…………いや、まだ生きてる。
爆弾はボクの目の前で止まっていた。
作品名:Gothic Clover #04 作家名:きせる