Gothic Clover #03
「一ヶ月前から予約しましたから」
旅行に誘われたのはつい昨日だった件。
「御用がございましたらこちらの電話から連絡下さりますようお願いします」
女将(らしき人)はそう言って部屋を出て行った。
「じゃあ私達、部屋に行って着替えてるね」
「また後でな」
「じゃ」
女子軍はそう言うと隣りの部屋に入っていった。
「よっしゃ、俺らも着替えっぞー!」
ボク達も部屋に入る。そしてそれぞれ自分のバッグを開けると海パンを取り出した。
「お前の意外と謙虚だなー」
「バカ、こいつは本番がすごいんだ。言わばプロトタイプ、実戦型なんだよ」
「やめんか貴様ラ」
こういう会話とかしていると、まさに高校生! って感じだよなぁ。いや、ボクら高校生なんだけどさ。
ボクも服を脱ぐ。まずシャツを脱いだ後にシャツに付いているナイフホルダーを2本外し、両腕に直に巻いていたホルダーも外す。次にズボンのベルトや太腿部分に付いているナイフホルダー4本を外して──
「ちょっと待った捩斬」
「ン?」
「お前一体何本のナイフを携帯してるんだよ」
「大丈夫。コレで最後だかラ」
「十分多いわ」
「知らないのか灘澄、こいつ学校行く時もナイフを体中のいたるところに隠し持ってるぜ」
「マジ!? 気付かなかった」
「気付かないように仕込んでんダヨ」
ちなみに、初めてナイフを携帯するようになったのは中学生の頃。護身用というのもあるが、人を殺傷できる道具ということに惹かれたのもある。
「じゃあよ捩斬、海にはナイフ持って行かないのか?」
「いや、こちらの水中用ステンレス製ナイフを2本ぐらい持って行こうと思ウ」
「うわぁ……」
海パンをはいた上にシャツを羽織ってボク達は外に出た。女子軍はまだ来てない。どうやら着替えに時間がかかる模様。
「なぁ、お前ら。」
「ン?」
「女子達さぁ、どういう水着着ると思う?」
うわぁ、まさに青少年の会話って感じだ。
「やっぱビキニ?」
「そーこなくっちゃダメだろ。なぁ、捩斬。」
「ボクに振るナ。」
「紐?」
「いや、そこまでは行かないだろ。」
「まぁ、そうだな。」
トゥルルルルルル
携帯が鳴る。
「誰の?」
「俺違う」
「ボクだ」
「着メロじゃないのかよ。」
「五月蠅イ、ボクの勝手ダ」
ボクは電話に出る。
「ハイ、捩斬デス」
「あー、捩斬ぇ?」
夕暮だった。
「何だヨ。」
「私達の方時間かかりそうだから先に行ってて。」
「……何デ?」
「そんなに聞きたい?」
「聞きタイ」
「……斬るよ?」
ボクは電話を切った。
多分、あのままだったら夕暮が斬ったのは電話じゃなくてボクの方だろう。理由はよく分からんが、口出しは無用らしい。
「なんだって?」
「先に行けってサ」
「場所取りしてろって事か?」
「多分ソウ」
「まぁ、しょうがねぇよな」
灘澄が面倒臭そうに頭をかく。
「なんだお前、原因知ってるのか?」
「ああ。だって見七のヤツ、水着をどれにするか迷った挙句、家にあるの全部持ってきたんだぜ? 今ごろはどれにするかでみんなに選んでもらっているだろうよ」
「な、なんでお前、そんなこと知ってんの?」
「だって俺、見七のこと好きだもん。多分あいつは俺のこと好きでもなんでもないだろうけど」
「あ、そうなんだ。でも好きだからってどうして知って……あ、いや、なんでもないわ」
「…………」
…………人はこういうヤツのことをストーカーと呼ぶのだろう。
ボクと掻太は無言のアイコンタクトにより黙秘を選択。彼の犯行とは無関係という方向で話を進めることに決めた。
彼の前で無効化するのはどうやらファイヤーウォールだけではないらしい。
ともあれ、ボク達は旅館に部屋の鍵を預けて外に出た。
「アチッ……」
外はかなりすごい天気だった。とりあえず浜に出て適当に場所を探す。
「ここら辺でいいかな?」
「いいんじゃね?」
パラソルを刺してビニールシートを敷く。
「あー、いたいた」
振り返ると女子軍が歩いて来た。
「うわァ……」
なんと言いますか、予想通りだ。
夕暮は赤系、見七はフリルの付いた白系、人飼はもちろん黒、純黒。
「おい、もうちょっと屋台に近い場所にしようぜ」
「手伝ってない奴は文句言うな」
「じゃあ移動するのを手伝うよ」
夕暮はパラソルを引き抜くと肩に担いで人込みの中を歩いてゆく。
「おい待てよ!」
掻太もビニールシートを抱えて走る。
場所を屋台の近くに移した後にそのまま昼食。夕暮はさっそく屋台や海の家で買い物をしている。どうやら彼女は昼食を買っていなかったようだ。つーか場所を移動したのは自分の都合かよ。
「ほーひ、はぁーおほひあおーか」
「飯を頬張りながら発音するナ」
掻太はボクに注意されて、急ピッチで口内の鮭おにぎりを咀嚼したあと飲み込んだ。
「じゃあ……そろそろ泳ごうぜ」
「ちょっと待テ。喰い終わったのはお前だけだ」
みんなまだ昼食をとっている。夕暮にいたっては屋台のおじさんに向かって、出てきたイカ焼きに文句をつけて、口論の真っ只中だ。
「じゃあ俺先に行ってる!!」
掻太は我慢できないらしい。まるで衝動に駆られるように海に向かって走っていった。
「元気な奴だなー」
「だねー」
見七と灘澄は呆れたように呟きながらサンドイッチを頬張る。
「掻太って楽しむことに関しては天才的だよな」
「アア、お前もそう思うカ?」
実際、掻太は「楽しむ」ということには余念が無い。
アイツの成績がいいのは、アイツは勉強すら楽しむからだ。
いや、学ぶということを楽しむのはとても良いことだとは思うのだが……。
「ほんと、どういう育て方をされれば、ああいう人間ができるんだ?」
「あいつの両親は……凄いゾ」
「知っているのか捩斬」
ボクは頷く。
「昔、小学生の頃に一度だケ行ったことがあるんだガ……まず父親がヤバイ」
「ヤバいって?」
「超・デカイ。遠目に見れば筋肉の塊ダネ」
「え、ええ?」
「範馬勇次郎をイメージしてくれればいいかもしれン。まさに地上最強の生物かと思っタ」
「…………」
絶句する見七と灘澄。人飼も表情は変わらないが、驚いているようだ。
「は、母親は?」
「母親は見れなかったな。なんか奥の座敷にいるみたいデ、人前には決して出ない人みたいダ。でも、声は聞いタ」
「へー。なんか面白い家族だな。兄弟とかは?」
んー、とボクは唸りながらなんとか記憶を掘り返す。
「兄弟はいなかったような……ボクが行った日はお客さんが来てたみたいでさ、家の中も玄関と掻太の部屋を出入りしたぐらいだ」
本当はボクの他にも罰浩が来ていたのだが、罰浩の説明が面倒なのでここは省略だ。すでに死んだ友人の紹介はしたくない。
と、そこまで話した時に砂浜を走る音が近づいてくる。
「おーい、まだかよ」
掻太だった。
「やっぱ海は楽しいけどさ、一人よりみんなの方がいいわ。早く来いって」
しかし、みんなはまだ食事が終わってない。
けど、ボクは終わっている。さっき弁当を食べ終わったところだ。
作品名:Gothic Clover #03 作家名:きせる