Gothic Clover #02
6
酒刃駅から西口を出て徒歩3分、そこに酒刃警察署がある。
ボクは酒刃警察署の駐車場にバイクを停めるとすぐに窓口に駆け込んだ。
「奏葉巡査は今ドコにいますカ?!」
ボクは早口に叫んだ。窓口の女性は驚いた顔をすると、「たった今、外出しましたが……」と言った。
「クッ」
ボクは外を振り向いた。その時、一台の深緑色の車が逃げるように駐車場から出た。
間違いない。あの車だ。
ボクはまた駐車場に出るとバイクに飛び乗り、急いで鍵を刺し込んで回した。エンジンがかかる。
ボクは駐車場を飛び出てクラクションを鳴らすトラックを尻目に車を追いかけた。
逃がすものか。
車はボクが追っているのを知ったのか、スピードを上げた。ボクもさらにハンドグリップを引き絞る。
明らかに道路交通法違反だ。「そこのバイク、止まりなさい」ってか?
深緑色の車は他の車を縫うように追い越して走る。ボクもそれに続く。
タイミングを合わせたように鳴り響くクラクション。気にする余裕は無い。
深緑色の車は十字路の黄色い信号を赤になる直前に追い越した。ボクが十字路を渡る前に信号は赤に変わる。ボクはもちろん──
突破
後ろの方で鉄の塊がぶつかり合う音がする。ぶつかった人には悪いが、ボクだって掻太の親父さんに殺されたくはない。
ボクは前の車を再び睨む。
風がビリビリと音をたてる。
人飼は、殺させない。
「アイツのおかげなんだヨ」
口に出して呟いた。
「人生を、今までのこの人生を、面白いと思ったのはアイツのおかげなんだヨ」
彼女は面白い。
堪らなく、面白い。
こんなに面白いのは、やめられない。
「やめるワケにはいかナイ」
ボクのためにも。
ボクの世界のためにも。
どうしようもなく狂ってしまった世界のためにも。
「覚悟しやがれ……」
ボクはアクセルをより強く拭かした
──が、
車は急に減速した。
すっかり拍子抜けしてしまった。結構意気込んでいたのに。
車はウィンカーを右に照らす。誘っているのか? 車が右に曲がる。ボクも右に曲がった。
曲がった先は、粗大ゴミ捨て場だった。
車が止まる。ボクもバイクを止める。
奏葉坂造は、車から降りた。
「……小僧、いつから気付いていた?」
ボクはバイクから降りてヘルメットを外しながら「昨日ダヨ」となるべく冷たく聞こえるように答えた。
「そうか……」と奏葉坂造は呟いた。
そのままボク達はお互いに睨み合う。
奏葉坂造は警棒をベルトから引き抜いた。さすがに銃は音が大きいので使わないようだ。
「一つ聞きたいコトがアル」
「なんだ?」
「人飼は無事カ?」
「車の中で寝せてある」
そうか、ならば安心だ。
ボクはズボンの隠しホルダーからナイフを出して両手に構える。
殺人について考えるようになってから、ナイフを持ち始めた。きっとやっぱりボクは、人を殺したかったのだろう。目の前の人間と同じように。
ボク達2人はお互いに歩み寄る。
「じゃあ、後は思う存分殺るのみかな」
「ああ、後は思う存分殺るのみダ」
「殺れるのか?」
「殺ってやル」
「背負うのか? 殺人者としての自分を」
「もう背負ってるヨ。殺人者の自分ヲ」
「ならば──」
先に動いたのは奏葉坂造だった。
「文句はあるまい」
彼は、ボクの頭目掛けて警棒を振り下ろした。もちろんボクはそれを軽く避ける。避けられるのは予想していたのか、奏葉坂造はすぐに姿勢を整えてボクを追う。近付かれたら厄介だ。ボクは片方のナイフをホルダーにしまい、代わりにスローイングナイフをベルトから抜いて投げた。
「甘い!」
奏葉坂造はナイフを警棒ではじく。しかし、ボクはそれを狙っていた。奏葉坂造が警棒を振った途端、ボクは一気に彼の懐まで潜り込む。
「──!」
そして腹に掌打を叩き込んだ。
「ぐっ!」
奏葉坂造は思ったより簡単に吹っ飛ばされた。いや、僕の掌打はかすっただけか、実際は奏葉坂造がバックステップしただけに過ぎない。ナイフでの第2撃を狙っていたが、距離が離れすぎてしまった。
「……さすが、市民を守るために日夜闘っているだけあるカ」
「小僧……何かかじっているのか? 動きが悪くは無い」
「ちょっと闘い慣れているだけサ」
「ほう、じゃあ死線はもう経験したのか?」
「もう越えてルヨそんなモン」
「─そうかい」
そこで奏葉坂造は
警棒をボクに向かって投げた。
ボクにはその行為の意味が理解できなかった。
警棒は一本しかないはずだ。銃は使えない状況だし、警棒は彼にとって今持っている唯一の武器のはずだ。 なのに何故──
とにかくボクは警棒をはじくためにナイフを前に突き出す。しかし、警棒はナイフに当たっても尚、ボクに向かって跳んできた。
「ミシィッッ」
そんな音が聞こえた気がする。ボクの脇腹に警棒が当たったのだ。ナイフではじいて威力は落ちたとはいえ、アバラにヒビが入ったかもしれない。やばい。
「ぐフッ」
血は吐かなかったとはいえ、ダメージは大きい。
かなり強い力で投げたようだ。
ちっ 油断したか。
「クソッ」
ボクは前を見る。
目の前に奏葉坂造がいた。手にはバタフライナイフが握ってある。
気付くべきだった。彼は今まで5人の人間を解体してきたのだ。ナイフぐらい持っていてもおかしくない。そして、もう片方の手には……手錠。
カシャン
彼の片手が、ボクの両手に素早く手錠をかけた。
そして、バタフライナイフがボクの左腕に突き刺さる。
ボクの手からナイフが落ちる。電撃のような痛みが体の中を駆け抜ける。
あー、しくった。
ボクはこんな状況の中、冷静に考え事をしていた。
やっぱりボクじゃ無理か。
戦闘は元々掻太の役目だもんな。
ボクなんかが出てきたってなんにもならないか。
ボクはこれから奏葉坂造にバラバラにされて喰われて、人飼も喰われる、か。
ま、それも悪くないかもしれない。
もう疲れたんだ。終わりにしよう。
バットエンドでも、終らないよりマシだ。
どうせ元々死んでいるような身だし。
煮るなり焼くなり好きにすればいい。
ボクがそんな事を考えていた時──
人飼が車の中から飛び出してきた。
奏葉坂造は驚いて顔を上げるがもう遅い。人飼は奏葉坂造に体当たりをする、が、女性の体当たりなどガタイの良い男性にかなうはずもなく、逆に人飼は奏葉坂造に力任せに腕ではじかれた。
でも、隙は出来た。
ボクは腰を支点に奏葉坂造のみぞおちを蹴り上げた。
「かはっ」
奏葉坂造は呻き声を上げて吹き飛んだ。
ボクは叫ぶ。
「人飼!」
人飼は地面から起き上がると、真っ直ぐこちらに歩いて来た。
「よかった、メール届いたんだ」
「莫迦! 呑気な事言ってないで早く逃げロ!」
「やだ」
「……ハァ?!」
「捩斬クンだけ置いて逃げるなんて絶対にやだ」
全くこいつは。
いつもいつも余計な事ばかりしやがって。
全く、
本当に、全く、ボクの回りは莫迦ばっかりだ。
「ぐっ……小僧……っ」
奏葉坂造が立ち上がった。
作品名:Gothic Clover #02 作家名:きせる