変奏曲-First Impression-
「お前が、『人恋しい』のか?」
まさか、と思った。
吸血鬼という部分を差し引いてもこいつの容姿は十分に魅力的だ。
自分から誘うまでもなく人は寄ってくるはずなのに。
「不特定多数の『誰か』を求めているわけじゃないから」
見すかしたようなセリフとともに諦めたような笑顔が浮かんだ。
「ただ一人、この人だと思える人が欲しい。
運命を信じてはいないけれど、そんな風に思えるような人がいいんだ。
そして今は、キミにそれを感じている」
「バカなこと言うんじゃねぇ」
お前は、俺のことを何も知らずにそう言いきるのか?
俺が何故寂しさを抱え、人恋しいと思っているのか分からないままそれを言うのなら、お門違いだ。
お前が俺を求めても、俺の求めるものは今俺の手元にはなく、決して取り返せない。
一度失ったら二度と取り返せない…。
「キミの寂しさが何に機縁しているか、俺は知っているよ」
え?と目を丸くした俺を彼は悲しげに見つめていた。
「親友を失ったせいで、キミが悲しんでいることを知っていると言ったんだ」
どうして、なんて間抜けなセリフを言うことすらためらわれた。
要するに見られていたのだろう。あの現場を。
人目に付かない場所を選んでいたとはいえ町中だ。
皆無、というわけにはいかないのだから、見ていた人間がいても不思議ではない。
きっとこいつは俺の知らない、俺が逃げた後のアイツの顔まで知っているに違いない。
「あんた、最低だ」
かといって見られて嬉しい状況じゃない。
あの時は一番見てほしくない瞬間だった。
「偶然通りかかって、片割れに見覚えがあったから、一部始終聞いて、憶測しただけだけど。
君が最低だと思うなら、もしかすると俺は最低なのかもね」
自嘲するように、笑った。
その笑い方に違和感を覚えるのは気のせいか?
引きつっているような、無理をしているような笑い方。
最低だと言われて笑うのは、傷ついていると悟らせないためかと勘ぐりたくなってしまう。
「最低だというのならそれでもいいさ。
キミは親友を失って寂しいと思っている。
そして、俺はこの数日間でその寂しさを埋めるに足ると思ったんだけど、違う?」
素直に肯定することははばかられた。
だが、俺はこの数日間寂しいとは思わなかった。
それだけは事実。
「俺はキミが答えを出すまでいくらでも待つよ?
その答えが色好くなくとも、その答えが出るまでは君の側にいる。
その間、キミに寂しいと思わせないと約束するから…」
俺を、キミの側にいさせてほしい。
近く聞こえた声音。
甘美なる誘惑の言葉。
それだけ言い残してアガットは去っていった。
まるで俺が考える時間を欲していたことを悟ったように。
見上げれば、月はあの日、初めてあいつと会話したときより幾分下弦になっている。
日を追うごとに新月へと近づいていくのが、傾いていく俺の心を表しているようで切なくなる。
あいつは俺にどうしろっていうのか…。
側にいてほしい、愛されたい…、俺がずっと願っていたことだ。
もちろん側にいたかったし、愛したかったけれど、いつだって報われなかった。
望むような愛され方をされなかったから。
男をそういう対象として見ることが俺にとって嫌悪すべきだったから、というのもある。
一人息子で酒場を継ぐなら、女と結婚するべきだと考えていたから。
だが、姉の婚約者は婿養子になっても構わないと言い、それを父も了承している。
むしろ俺はこの家から早く出た方がいいような状況になってしまったのだ。
子を成すことは両親の「望み」だろうが、「義務」ではなくなった。
だから、あいつを受け入れることは構わないのだろう。
けれど、俺は親友の告白を拒んだ。
これ以上何を拘束すれば気が済むのか、といきどおって。
親友を切り捨てたのに、という思いが残るから、安易にあいつの告白を受け入れるのに抵抗があるのかもしれない。
今まで迫ってきたやつらのことだって、『キミは美しい。他の誰にも見せたくない』なんてバカみたいに言うから、冷たいセリフで切り捨ててきたし。
守られ、大切にされるだけで俺が満足するはずがない。
寂しさを埋めるのは、独占じゃない。
ただともに生きられればそれでいい。
支えられ、支えていきたい。
…俺はもう、あいつを受け入れて、楽になりたいのかもしれない。
ギブアンドテイクの関係が成り立つならあいつでいいじゃないか、と。
だが、あいつは吸血鬼で、俺が人として一生を終えるなら確実に残して逝くことになる。
また、寂しさを背負わせなければならない。
失う悲しみも付加して。
一方で俺があいつと同族になる手段があったとして、同族になったとしても、それが必ずしも幸せだと思えない。
「アガット」
確信を持ってその名を口にする。
きっと近くにいると、俺は何となく思っていた。
だから、最初の日のように屋根から身軽く飛び降りてきたあいつをみても俺は驚かなかった。
「俺が死にたいと思ったら、俺を殺してくれるか?」
空色の瞳が一瞬かげり、続いていぶかしげに眉がひそめられた。
つらい質問だと分かっているけれど、聞かずにはいられない大切なことだ。
俺は永い命が与えられて、生きることに疲れないという確証がもてないから。
いずれ生きることに飽き、死を望むようになると思う。
そのときになってから言われるよりは酷じゃないはずだ。
「キミを殺した後、俺が命を絶つのを禁じないなら」
白い手が差し出された。
細いようでしっかりとしたそれに俺は自分の手を重ねる。
「おまえについていくよ。家族と二度と会えなくても、構わない」
寂しさを埋めてくれる穏やかで柔らかな微笑み。
春のぬくもりを思い出しながら、ふらりと頭を傾けていた。
頬に触れた温もりが心地よく、そっと瞳を閉じる。
心の奥によどんでいた黒いもやが消えたような気がした。
作品名:変奏曲-First Impression- 作家名:狭霧セイ