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変奏曲-First Impression-

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美しく聡明な姉。
婚約者を愛し、愛され、幸福に満たされたあの人は輝かんばかりだ。
そして、あの人に容姿だけそっくりな俺。
心の中は全く違うのに、見た目が一緒だからと弱く見られ、庇護を求めているように思われる。
両親に姉と同じ扱いを受けるたび、俺はあの人とは違う、と怒鳴りつけてやりたかった。
それが出来なかったのは、嫌われるのが怖かったからだ。
好かれるために打算的に動くしかなかった。
自分で言うのもなんだが可愛げのない子供だったはずだ。
あの人のように素直じゃないから、純粋な好意にただ脅え、戸惑い、突っぱねてしまう。
本来あるはずの透明さをそっくりそのまま奪われたかのように昔から俺の心は暗く、よどんでいる。
自分から望んだはずなのに、心の暗さはいつの間にか寂しさを招いていた。

寂しさに侵された俺の心。

そのすき間から滑りこんできたのはあの声。
軽快で心地よい、まろやかな声だ。
言ってることは決して気分のいいものではない。
しかし、あの声を聞くだけで安らげるような気がしてしまうのは、俺の醜い部分を全て肯定しているような響きを感じ取ったからかもしれない。



「お前はなぜ毎夜毎夜くるんだ?」

寝ぼけ眼をこすりつつ、俺は窓の縁に手をかけているやつを見た。
にやり、と機嫌よさそうに微笑んでいる彼。
闇に溶け込んだ黒い髪。
鮮やかな快晴の空の色をした瞳。
印象的なこいつの名はアガットというらしい。
少し前の夜にそう言っていた。

「キミが綺麗だからさ。
美人は3日で飽きるなんていうけど、あれ、絶対嘘だよ?」

俺に問いかけるんじゃねぇ…。
思っても口に出せないセリフが頭の中に浮かんで消えていった。

初めてまともに言葉を交わした翌日の夜にそのセリフを投げかけたら、
「君が綺麗なのは事実で、俺がそれを気に入ってるんだから、いいじゃないか。
それともキミはその事実や俺の考えまで否定するの?」
と、返されたあげく、重ねて言葉を返したら、同じ意味合いのセリフをくり返し、頷かなければいけないと思いこまされたのだ。
もう一度くらいそれをやって、もうそのセリフにツッコミを入れるのはやめようと思った。

「俺は眠いんだよ。
気持ちよく寝入ってるところを叩き起こされてみろ。
どんなに穏和な奴だって怒り出すぞ?」
「でもキミは、毎夜毎夜叩き起こされても俺に付き合ってくれてるよね?」

それもてめぇの行いが悪いからだろーが。
狸寝入りを決め込んだ俺の頬にキスなんかしてくれば、驚いて飛び起きる。
ある時は額に、首に、あげく唇にまでしてこようとするのだ。
さすがに最後のは顔を押しのけて止めたけれども…。
とにかく、それで寝ていられるほど俺の肝は太くない。

どんなに邪険に扱おうと毎夜通ってくるこいつの神経はイカれてると思う。
そして、渋々といった態度を装って馬鹿話をするこいつを迎え入れる俺の方も相当イカれてるんだろう…。
けど、こいつの話術は巧みですぐに引き込まれるからだ。
聞き役が多い俺が気が付くと喋らされているときだってあった。

「どうしてお前は夜に現れる?」

昼間ならここまで邪険には扱わないのに、と続けようとしてやめた。
こいつをつけあがらせるだから。
いつもは逸らす視線を何となく向けたら、精悍な美貌が苦しげに歪むのを見てしまった。

「夜しか外に出られないからだよ…」

茶化すようにしか喋っていなかったから、こんな表情をするなんて思っていなかった。
明らかに低い声音と逸らされた視線。
聞いてはいけないことを聞いたと気づき、慌てて視線を逸らした。

「もういい。それ以上、言わなくていい」

耳をふさぎ、背を向け、続けようとしている言葉を拒絶する。
だが、アガットはそれを許さなかった。

「俺は昼間、外に出られない。これが、何を意味するか分かるかい?」

背後から肩に乗せられた2本の手がずしりと重く、耳元に囁く声は真剣そのものだ。
俺はただただ、勝手の違いに戸惑うだけで…。
だが、次の言葉が俺の思考を完全に凍らせた。

「俺は人間じゃない。吸血鬼だ」

吸血鬼…。
父が散々気をつけろと言っていたあの『吸血鬼』だろうか…?
この冗談ばかり言う見た目にそぐわず性格が三枚目なこいつが? 

右腕が首に回され、指先がつ、と首筋を撫でた。
たしかそこは、頸動脈だったはず…。

「ずっとキミの血が欲しかった。
キミからはおいしそうな匂いがしたから」

あの時、初めてこいつを見たとき、美味そうな『エサ』を見つけた喜びで笑っていたということか?
そして次に会ったあの時は、眠っている俺を襲おうとしていた…?

「キミの親が吸血鬼を嫌っていたようだったから、気づかれちゃまずいと思って屋根から来たんだけど、キミが起きてて驚いたよ。
ちょっとだけ血をもらって帰ろうと思ってただけだったから。
でも、悲しげに月を見上げていた顔がすごく綺麗で、俺好みだった。
一度きりにするには惜しいと思ったから、声をかけたんだ」

漂う雰囲気が一気に柔らかくなり、俗に言う一目惚れだよ、とアガットは耳元で囁いた。

「それでも始めはおもしろ半分だったんだけど、幾度か会ううちに気づいたよ。
キミが、そして、俺も寂しかったんだと」

腕の拘束がゆるめられて、空色の眼差しとぶつかる。
俺の寂しさを見すかした曇りのない瞳が同様に寂しさに満ちているのをはっきりと感じた。

「俺と君の寂しさの原因は違う。
だが、人恋しいという点では同じなんじゃないか?」
作品名:変奏曲-First Impression- 作家名:狭霧セイ