変奏曲-First Impression-
男の得体の知れなさにまず言葉をかけるべきなのだろうが、俺は今そこまで頭が回らなかった。
ただ、現れ方の奇抜さに驚いているだけ。
我が家の屋根の上にいた理由を知りたいだけだった。
じっと彼を見据え、返事を待つ。
彼の方もまじまじと俺を見つめていた。
そして、不意に俺のあごを捕らえ、上向かせた。
不自然な体勢に息が詰まる。
「キミ、ここの店員の親類?」
目の前の彼にタオルを差し出した姉とただ傍観していた俺が繋がっていることに気づいたらしい。
いぶかしげに、だが、確信を秘めた口調で彼は言った。
確かに俺と姉はそっくりだと言われてきた。
幼いころは姉妹と勘違いされたこともある。
だから、慣れていたはずだった。
この女顔を指摘されても、「バカ野郎」と言ってかわしてきたし、かわすことが当然だった。
それなのに、その確信が今はこんなにも重い。
アイツを惑わせてしまったこの容姿に、嫌悪感しか抱けないから。
姉が美人と称されることを否定するわけじゃないけれど、遠回しに俺が女顔だと言われると何とも言えず腹が立つ。
「そうだったら、何だって言うんだよ」
俺は苛立ちを隠さず、男を睨み付けてやる。
だが、彼は何も言わず目を背けただけだった。
俺と姉がそっくりで驚いた?
それとも、姉の部屋へ忍び込もうとしていたのに、親類に見つかって失敗ってとこ?
…おそらく、両方だろうな。
悪戯が見つかったような、そんな顔をしてるし。
「姉さんに手を出そうとしてもムダだぜ?
あの人には将来を誓い合った、見てると砂吐きそうなほど愛し合っちゃってる恋人がいるから」
相手のいる姉に目を付けてしまったこいつが哀れな気がしてしまって。
くすくすと音を立てて、口から笑いがこぼれてくる。
無駄だと分かっただけ、幸せだろうか?
それとも、障害があった方が燃えるなんてこと言ったりするんだろうか?
どちらにしろ、姉さんに危害を加えるなら、さっさと追いやるのだが。
「キミは?」
不意に投げかけられた涼やかな声。
あまりに突然で意図が読めない。
何が、聞きたいんだ?
「キミには、いるの?そんな相手…」
…。…。…?
俺?
こいつ、俺に対して聞いているんだろうか。
「冗談。俺は男に口説かれて喜ぶ趣味は持ってない」
「いるのかいないのか、と聞いてるんだけど?」
こんな目をした奴に言えるわけない。
今までいたことない、なんて…。
アイツと同じような目で見つめてくるような奴には。
「…いないの?」
「…」
「黙ってると肯定と取るけど?」
俺は返答につまった。
だが、すぐにやけになる。
「いる!すっげー美人の彼女が!」
「視線、泳いでるのに?」
今度は男の方がくすくすと笑いをこぼした。
…結局、俺は謀られたわけか?
別にばれたからって、何かがあるわけじゃあるまいし…。
…?
いや、何かあるんだろうか?
わざわざ尋ねてくるのだから。
「それ知って、あんたは何か得するわけ?」
今度は明らかに顔を近づけながら、俺のあごを捕らえ、上向かせた。
スカイブルーの目が驚くほど近くなる。
「俺が男専門だって言ったら?」
絶句。まさしく、俺は絶句した。
一言も言葉が出ない。
この男がここにいる目的は、姉さんじゃなくて、俺?
じゃあ、ワインぶっかけてった美女は一体何だったんだ?
「あいつはただ俺につきまとってただけ。
俺には全くそんな気なかったのに勝手に勘違いしてたの。
ああいうやつ、すげーウザイね」
俺の思考回路を読んだかのようなセリフ。
だが、あの時の態度の理由が見えて少しすっきりしたような気がする。
明らかに神経を逆なでする、人をくったような物言い。
赤い雫が頬を伝った時のあの冷静さ。
女性が去り際に見せた悲愴な表情。
全部がこの男の意図に添ったモノだと、今のセリフが告げていた。
「で、俺は手の内を明かしたけれど、そこの美少年は何と答える?」
はっきり言って同性との恋愛には興味がない。
他人の嗜好にとやかく言いはしないが、俺を巻き込もうとするのなら、はり倒してでも拒否する。
…だが、この男の言葉に嫌悪感を抱けないのは何故だ?
この男が男性として魅力的なのだろう事はよく分かる。
女性をすっぽりと包み込めそうなほどの体格をしているし、顔の造作は精悍で美しい。
声は涼やかで耳に心地よく、口調も親しみが持てる。
わざわざ口説かなくても、引く手あまたに違いない。
だからといって、俺が自分の主義主張を曲げてこいつの手を取るかと言われたら、答えはNo、だ。
これだけは、断言できる。
だが、これっきりで別れるのを惜しむ気持ちがある。
あの時の笑顔のわけを知りたいから?
いや、違う。
…ただ、寂しいからだ。
作品名:変奏曲-First Impression- 作家名:狭霧セイ