オレと彼女と心霊写真
「この子はオシャレが大好きでしたからね。いつもデパートに出かけては新しい洋服をねだられて、帰ってきては、この部屋でファッションショーをしていたんですよ」
お母さんは、写真から目を逸らさずに語り始めた。
「中でも、一番気に入っていたのは、この花柄のワンピース。遺影のお写真でも着ているでしょう?」
遺影のなかの真由美ちゃんも、たしかに花柄のワンピースを着ている。
「亡くなる一年前からずっと病院のベッドで生活していましたからね。亡くなる間際まで“早く退院してあのワンピースが着たい”とうわ言を言っていました。その姿が本当に不憫で不憫でもう ……」
お母さんは特に表情を変えることもなく、そんな話を続けた。
オレたちは黙ってその話を聴くしかなかった。
お母さんのなかではきっと、こんな話でさえただの昔話なのかもしれない。どんな絶望的な悲しみさえ癒せる“時の流れ”というものについて、少しだけ考えてみた。
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あれから一ヶ月経った。
オレと彼女(あと真由美ちゃん)は相変わらずデートを欠かさないでいた。
そして、オレは今日、ある決心をしていた。
彼女に“大事な用があるから、実家のほうに行ってもいいだろうか”と告げた。
彼女は少し困惑した様子を見せながらも、OKしてくれた。
彼女の実家は今日、家族旅行で誰もいないらしい。
「どういうことですか?」
彼女はあからさまに怪訝そうな顔でオレに言った。
オレたち二人は今、彼女宅の裏庭に来ている。
オレの手には、花柄のワンピースがあった。
そう、真由美ちゃんの形見である花柄のワンピース。
さらに目の前には、水の入ったバケツ。向かい合うオレと彼女に挟まれた形で置かれていた。
「どうしてあんな嘘を吐いてまで、そのワンピースをもらってきたんですか?」
今日オレたちはここに来る前に、真由美ちゃんの家に寄ってきた。
今回も快く迎え入れてくれた真由美ちゃんのお母さんに対して、オレは形見のワンピースを譲ってもらえないかと頼んだのだ。
“実はぼくの妹も真由美ちゃんと同じ病気なんです。それで、もうすぐ十歳の誕生日なんですけど、同じ境遇だった真由美ちゃんのそのワンピースをプレゼントしてあげれば、すごく勇気が湧くと思うんです”
オレに妹などいないことは彼女も知っていた。一瞬だけ強烈な視線を感じたが、彼女はオレが何かしらの考えを持っていると瞬時に悟ったようで、その場では何も口を挟んでこなかった。
「先にひとつだけ言っておくけど」
オレは彼女の質問には答えずに、ポケットから百円ライターを取り出す。
「オレを信じてほしい。オレはべつに頭がおかしい訳じゃない」
不満げな彼女には構わず、オレはライターの火を点けた。
「ちょっと! 何してるの!」
彼女は叫んだ。
「危ないから動かないで!」
そう言ってオレは、身を乗り出してきた彼女に手のひらを向けて制した。
オレは、花柄のワンピースに火を着けたのだ。
白い煙を上げてメラメラ燃えていくワンピースを、熱くて手で持っていられなくなったところで地面に落とした。焦げた臭いがオレたちを包む。オレたちはお互い一言も発せず、それが燃え尽きるのを見守っていた。
「ごめんね。ビックリさせて」
先に沈黙を破ったのはオレだった。
「でも、なんの問題もないだろ? だってこの真由美ちゃんの形見だったワンピースは、もうオレのものになっていたんだから。 …… “オレの服”だったんだからね」
彼女はその一言だけで気付いたようだ。近くに置いておいたバッグからケータイを取り出し、オレの隣に並んだ。そしてカメラを起動する。
…… ウマクイケバイイナ
彼女の手元でシャッターが切られた。撮影が終わり、彼女はすぐに液晶画面をこちらに向けた。
そこには、オレと彼女、そして、並んだ二人の手前に、二人の愛娘のような構図で真由美ちゃんが写っている。真由美ちゃんの顔は、今まで見たこともないような笑顔だった。
真由美ちゃんはお気に入りの花柄のワンピースを着ていて、今まで見たこともない笑顔だった。
「オレの“衣服霊”は、オレが捨てた洋服の霊だからね。それでこの前、試してみたんだよ。10足1000円で買ってきたソックス、そのうちの何足かをそのまま焼いて捨ててみたんだ。そしたら、その直後に自分撮りした写真にちゃんと写りこんできたからね …… つまり、オレが捨てた“自分の”洋服は、すべて“衣服霊”になるということなんだ」
…… アリガトウ
オレたちはたしかに、その声を聞いた。どこから聞こえてきているかも定かでない、今にも消え入りそうな女の子の声。不気味さなど微塵もないその声の主が誰かなどすぐに分かった。お互い顔を見合わせていた彼女だって当然分かっているだろう。
コレデヤットぱーてぃーニデカケラレルワ
…… 真由美ちゃんの気配が完全に消え去ったように感じたオレたちは、お互いのケータイで自分撮りをしてみた。思った通り、彼女の撮った写真には彼女だけが写っていた。そして、オレの撮った写真にはオレだけが写っていた。
「よかったですね。わたしの写真にはきっと真由美ちゃんはもういないんだろうなと思ってましたけど、正直、チョーさんの写真からも“衣服霊”が消えてるとは思ってませんでした」
「真由美ちゃん、オレの服を気に入ってくれたのかもしれないね。それで、オレの“衣服霊”もついでに持って行ってくれたのかも」
オレたちは笑いあった。
笑い終わって、そして、オレは“理由”がなくなったという事実と向き合った。
実は、最初に真由美ちゃんの家でワンピースの話を聞かされたときから、その予感はあった。もし真由美ちゃんが成仏してしまえば、もしくはオレの“衣服霊”が成仏してしまえば、オレたちを結ぶ付ける理由は何も無くなってしまうのだ。
だから、今回のこの方法を思いついた後も、しばらく彼女には言わなかった。もう彼女と会えなくなってしまうかもしれないからだ。
それでも、やはりこうすることが最良の選択だったのだ、と事を終えた後も心の底から思えた。本当にやってよかった。
オレたちはたまたま出会った男女以前に、心霊に取り憑かれた者同士なのだから。
「これで万事解決だね。本当にどうもありがとう」
オレは年上の男らしく、余裕を含んだ笑みを浮かべて彼女に言った。
「それじゃ、また。もし何かあったら、いつでも連絡してくれていいからね」
そのまま踵を返して歩きだす。…… 悲しくはない。とりあえず、お互い連絡先は知っているのだから。
「ちょっと待ってください。告白したいことがあります」
告白、という言葉にドキリとして振り返った。
「実はわたし、真由美ちゃんのこと、喫茶店でチョーさんと初めて写真撮ったときから、とっくに気付いていたんです」
愛の告白、という訳ではなさそうだが、彼女はかつてのマユミちゃんのように俯いたまま淡々と話し始めた。
作品名:オレと彼女と心霊写真 作家名:しもん