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オレと彼女と心霊写真

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「いや、ごめんなさい」

…… 笑っても仕方ないだろ? オレたちに今さら“信じられない”ことなんて、そうそう無いことなのだから。



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喫茶店での一件から一ヶ月、オレと彼女は親しくなっていた。



あの喫茶店での別れ際、念のため連絡先は交換していたのだが、オレは正直、もう会うこともないだろうなと予感していた。

今までの人生でもこういうことは何度かあった。女性と連絡先を交換したはいいが、その後こちらから連絡したことはただの一度もなかった。とくに“理由”がないからだ。元親友のショウジからは“逢いたいと思ったらそれがもう理由だろ”と説教されたことがあるが、それもよくよく考えてみると解せない。もし逢うことができなかったとしたら ━━ オレは潔く諦めきれてしまう。オレは深追いしないタイプなのだ。だからいつも、“理由”と呼べるほど逢いたい訳じゃないのだな、と自己完結する。
また、ショウジから“それなら映画とかに誘えばいいだろ。『この映画観たいんだけど、一人で行くのもアレだから』とかテキトーな理由付けて”というようなアドバイスももらったのだが、それもやはり解せない。オレは映画など観ないからだ。映画館など子供の頃、親に連れて行かれたアニメ映画以来、一度も行ったことがない。レンタルビデオでもふつうの映画など借りたことはない。動物園などもってのほかだ。そもそもオレは動物が苦手だし、あんな場所に好んで行く男というのは、大抵どこかしら病んでいる。 ━━ ようするに、女性が好むような場所は、オレはあまり好まないのだ。よって、これも“理由”というほどのことにはならないと思う。

そういうこともあってか、オレは今までの人生で女性とデートしたことは数回しかない。相手からお誘いの連絡をもらえたときだけだ。大抵の場合、こちらから連絡しなければ、それっきり途絶える。そして今回も、きっとそのパターンだろうと半ば諦めていた。

彼女から電話があったのは、喫茶店で会った日から三日後だった。

「マユミちゃん、この三日間、ずっと暗いままなんです」

「…… マユミちゃん?」

マユミちゃん、というのは、心霊写真の少女のことらしい。いつもいっしょに写り込んでくるおかっぱ頭の少女に、徐々に愛着が湧いてきた彼女が勝手に命名したらしい。

「やっぱりオレといっしょじゃないと、ずっと俯いたままなんですね、マユミちゃん」

「そうみたいですね。だからわたし、一度あんなに可愛い笑顔を見てしまったから、それがすごく不憫に思えてしまうんです」

つまり、マユミちゃんの笑顔を取り戻すには、オレの“衣服霊”が必要ということだ。オレに断る理由などなかった。

彼女との初めてのデート(?)は駅前の国立公園だった。目的もなく散歩しながら、ときどきベンチで休み、缶ジュースなどを飲みながら、いろいろな世間話やお互いの話をした。彼女は旅行が趣味で、特技はPCで写真を加工すること。兄と弟がいるが姉か妹がずっと欲しかったということ。オレより一つ年下だったということ。
事あるごとに彼女はケータイのカメラでオレといっしょに写真を撮った。そして、マユミちゃんがオレの“衣服霊”を見事に着こなして楽しそうに振舞っている写真を二人で確認した。Yシャツにネクタイを締めたボーイッシュなマユミちゃん、季節はずれのダウンジャケットを着てダブルピースしているマユミちゃん、彼女はそういう画像を見ているときが一番楽しそうに見えた。オレとのデートなど二の次なのだろうなと思った。

そういったデートを大体一日置きぐらいにするようになった。電車に乗って遠出(といっても片道三十分程度の距離だが)したり、いろいろな場所に行くようになった。彼女は相変わらず、マユミちゃんの楽しそうな笑顔を見ているときが一番楽しそうだった。だが、少なくとも、彼女がオレとのデートに苦痛は感じていないことは確信できた。



今日もデートの約束をしていた。今日は地元でのんびりということで、オレは初めて会った喫茶店で彼女を待っていた。

アイスコーヒーを注文したところで、ケータイが鳴った。

彼女からの電話だった。

「チョーさん、ごめんなさい。今日は予定変更させてください。駅まで来てもらえませんか? マユミちゃんのことでお話があるんです」





なぜか、彼女の実家のほうへ行くことになった。

彼女の実家は、三つ先の駅にあった。

電車の中で聞いた話は、少なからず驚くべき内容だった。

「実は、マユミちゃんの身元が判ったんです。判ったというか、やっと思い出したというか ……」

「もしかして、あのマユミちゃんは …… 妹さんだったとか?」

彼女は露骨に顔をしかめた。
「そんな訳ないでしょう。いくら写真で顔が判別しづらいとはいえ、自分の肉親だったらすぐに分かりますよ」

「…… ごめん」

「マユミちゃんは …… 真由美ちゃんは、わたしの実家の近所に住んでた女の子です。難しい病気に罹っていて、一昨年、十歳で亡くなったんですけど」





真由美ちゃんの実家では、だいぶ年配に見えるお母さんが迎えてくれた。とても十歳前後の子供の母親には見えず、玄関先で対面したときは、おばあちゃんと間違えてしまった。真由美ちゃんのお母さんは久しぶりの彼女との対面に、たいそう興奮していた。オレのことを友達だと紹介した後、真由美ちゃんにお線香を上げたいと申し出ると、快くオレたちを仏壇のある部屋へ招きいれてくれた。

「すみません。どうぞお構いなく。お線香上げさせてもらったら、すぐにおいとましますので」

お茶菓子を持ってきてくれたお母さんに、彼女は恐縮しながら言った。

「まあ、そんな大人びた言葉も似合うようになったのね」

お母さんは本当に楽しそうに、皺の多い顔をさらにしわくちゃにして笑っていた。オレもつられて笑う振りをしながら、本当におばあさんみたいだと思っていた。そして、こんな楽しそうに笑っていても隠し切れないほどの、幼い子供を亡くしてしまった悲しみというものを少しだけ想像してみた。

真由美ちゃんの仏壇は、この六畳の和室の隅のほうにこじんまりとあった。よく手入れが行き届いており、周りには綺麗な花が飾ってあった。
仏壇の中の遺影写真は、まさにいつもオレたちの写真のなかにいるマユミちゃんだった。心霊写真そのままの笑顔。

オレより先にお線香を上げていた彼女に目をやる。オレたちが出会って一ヶ月もの間、どうして今まで真由美ちゃんだと気付けなかったのか不思議でならなかった。その代わり、勝手に命名していた“マユミちゃん”という名前は、奇しくも実際の“真由美ちゃん”という名前と一致していた。人の記憶力の不可思議さについて、少しだけ考えてみた。

お母さんは仏壇の脇の小棚から、古いアルバムを取り出した。そこにはいろいろな真由美ちゃんの写真があった。そのほとんどがこの和室で撮られたものではあるが、写真のなかの真由美ちゃんはいろいろな洋服を着て、いろいろな表情、いろいろなポーズをとっている。
作品名:オレと彼女と心霊写真 作家名:しもん