オレと彼女と心霊写真
オレ自身が霊(衣服だけど)に取り憑かれているから、ということもあるだろう。だが、ここに写っている霊自体に、怨念や悪意といった不気味なものを一切感じなかったことが最も大きな要因だと思う。
どの写真にも、同じ霊が写っているのだ。おそらく十歳にも満たないような幼い女の子。おかっぱ頭で、ヘインズの白いトレーナーに、マドラスチェックのミニスカート。
「…… この女の子、知ってる子ですか?」
「分かりません。どの写真も顔がよく見えませんし」
彼女の言う通り、この少女はどの写真でも俯いていて、顔がよく見えなかった。なんとなく、落ち込んでいるようにも見える。
「見ての通り、わたしが写った写真には、どれもこの女の子の幽霊が写り込んでしまうんです。この女の子が写るようになったのは、高三のときに撮ったこの、教室で撮った写真が最初です。 …… これを見た友達は、すごく怖がって泣いてましたけど」
「そりゃ、最初はそうかもしれませんね」
「わたしは何故か、怖いとはまったく思わなかったんですけどね。不思議なんですけど、なんというか、むしろ懐かしい感じがしたというか」
そういえば ━━ よく見ると、彼女に悩んでいる様子はまったくないことに気付いた。その淡々とオレに事情説明している様子から、オレという“同士”を見つけたことで安堵や開放感を得たのかもしれないなと思った。
「この子が必ずわたしの写真に写り込むことに気付いたのは、それからすぐ後のことでした。部屋で一人のとき、ブログに載せる写真をケータイのカメラで自分撮りしてたんですけど、そこにもちゃんと写ってましたからね、この子。何回撮り直しても、必ずいっしょです。もう二年ぐらい、ずっといっしょ」
ということはオレたち同い年ぐらいですね、とは言わなかった。オレはあのハルオとかいう奴とは違うから。
「大学生になってからは、あまり写真は撮らなくなりました。旅行とか、どうしても撮らざるをえないような場合は必ず自分のデジカメを使うようにして、撮った画像はパソコンで修正してから友達に見せるようにしてます。もともと、友達もそんなに多くはないんですけどね」
ようするに、彼女もオレと同じ境遇なのだ。もはや悩むようなことではないけれど、誰かに信用してもらいたいのだ。こんな馬鹿げた話を口にしても、それでも頭がおかしい訳じゃないということを分かって欲しいのだ。
「オレのほうは ━━ まあ、ハルオくん?からも聴いてるんでしょうけど、心霊といっても、洋服ばかりなんですけどね」
彼女は少し身を乗り出すような素振りで、真剣に耳を傾けてくれていた。
「…… その写り込む洋服の霊というものには、何か心当たりがあるんですか?」
「心当たりも何も、全部オレが買ったものばかりですよ。それで、もう捨てちゃったものばかり」
そう、オレの写真に写り込む“衣服霊”は、全部オレが引越しする前に捨ててしまった洋服ばかりだったのだ。
オレは大学進学を機に、この街でひとり暮らしを始めた。
実家を出る一週間ほど前から、要らない衣服の仕分けを始めた。いくら衣服にそれほど頓着の無いオレといえど、10年物のトレーナーやダウンジャケットを“オレだけの城”にまで持ち込む気にはなれなかった。
これを機に、全部捨ててしまおうと決心したオレは、一週間かけてたき火で燃やし尽くしたのだ。
オレの写真に“衣服霊”が写るようになったのは、ちょうどその直後からだった。
最初の何枚かの写真では、まったく気付きもしなかった。
衣服と人間は違う。それがどこに転がっていたとしてもどこに浮かんでいようとも、誰も疑問に思わない。仮になんらかの違和感を覚えたとしても、そんなものはすぐに記憶の果てへと消えていってしまう。
真剣に悩んだ時期もあったが、その期間は一ヶ月にも満たない。悩んでいても仕方ないと思ったからだ。この状況を受け容れるスタンスにシフトしてからは、誰かにこのことを聴かせて、理解してもらいたいと思うようになった。いわゆる承認欲求というやつだ。
最初にこの件を告白した相手は、もちろん親友のショウジだった。親友だった彼はオレの告白を真剣に聴いてくれた。心霊写真を手に怪しげな説明をするオレを、彼は全面的に信用してくれた。だが、彼が次にしたことといえば、オレを指差して大笑いすることだった。“おじゃまユ〜レイくん”などと酷いニックネームまで付けられた。以来、彼とは疎遠になっている。
衣服と人間は違う。人間が写り込む心霊写真は人々を恐怖に陥れる。衣服が写り込む心霊写真は人々を恐怖に陥れることもなくむしろ爆笑を誘うことがある。
たしかにオレは、おばあちゃんから“お前は異常に物持ちが良い”としょっちゅう褒められていた。だが、それを処分しただけでこんな幽霊みたいなものに取り憑かれてしまうなんて、理不尽にも程があるだろ ……
オレはいったん深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、彼女に言った。
「とりあえず、今から証拠を見せますよ」
オレはケータイを取り出し、彼女の隣に並んで撮影ボタンを押した。
オレと彼女は今撮った画像を確認するため、そのままオレのケータイの液晶画面に顔を寄せ合った。 …… 顔が近いな。なんだか落ち着かない。彼女のほうはなんとも思っていないのか?
…… 何だ、この写真?
オレだけではなく、彼女も困惑の表情を浮かべていた。
そこに写っていたのは、右手をカッコつけた感じに前方へ伸ばす自分撮りスタイルのオレと、その隣でオレを拒否するかのように唇をきゅっと結んだ彼女。そして、さっきの少女の霊と、オレの“衣服霊”も写っている。今回はステューシーのパーカーだったようだ。
オレたち二人がなぜ困惑していたのかというと、さっきまでうつむいて顔もよく見えなかった心霊の少女が、この写真では満面の笑みを浮かべているということだった。さらに、ヘインズの白トレーナーだった服装が、ステューシーのパーカーに変わっていたのだ。
「これって ━━ 確認するまでもないでしょうけど、チョーさんの洋服ですよね?」
オレは黙って頷いた。
「もう一枚撮ってみますか?」
次に撮れた写真では、少女はパーカーに加え、オレンジ色のベースボールキャップまで被っていた。両手をフレミングの法則のような形にして、おどけた表情だった。
念のため、今度は二人の間に距離を置いてから、一人ずつ撮影してみた。
オレ単独の写真では、いつも通り“衣服霊”が写っていた。今回は宙に浮いたバンダナ。そう、これだ。そもそも彼女に見せようと考えていたのは、こういう写真だったのだ。
彼女単独の写真でもやはり、少女の霊は元の服装のまま、顔は俯いた状態でおかっぱ頭をこちらに向けている。
…… なるほど
つまり、こういうことだ。少女の霊に取り憑かれた彼女と、“衣服霊”に取り憑かれたオレ。その二人がいっしょに写真に写ると、そこには“衣服霊”を上手に着こなす少女の心霊写真が出来上がるという訳だ。
「…… こんなことが起こるなんて …… 信じられない」
半ば放心状態のまま言い放たれた彼女の言葉に、オレは吹き出しそうになった。
「…… 面白いですか?」
作品名:オレと彼女と心霊写真 作家名:しもん