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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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月夜

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吉蔵の後を付いて、廊下を歩く。
先まで居たのは離れだったのか、渡り廊下を歩き、母屋へ。
板張りで作られた廊下を数回曲がり、襖の前で男が膝を付いて座ったのでそれに倣った。
「お館様、連れてまいりました」
襖の向こうへと、男が声をかける。
「入れ」
低い、冷たい声。人に命令することに慣れきった声だ。
「失礼します」
吉蔵が襖を開けた先に居たのは、まだ若い男。
色素の薄い髪は、切れ長の吊りあがった目にかかるほどに長い。
吉蔵に促されて、中へと入りその男の正面へ座る。
男の視線が、まず目へ、それから口元、首筋へと流れる。
ゆっくりと時間を掛けて少年の全身を目でなぞると、吉蔵へと目をやる。
「やはりなかなか見れるようになったな」
「はい」
「おい、何か言ったらどうだ?」
切れ長の吊り目がこちらへとよこされる。
「・・・お助けいただき、ありがとうございます」
「ちゃんと物も言えるようだ。名前は何と言う」
「清雅(セイガ)と申します」
「清雅か。・・何処かで聞いた事がある気がするな。まぁ良い。行く当てはあるのか」
「いえ」
「では、お前はここで働け。吉蔵」
「はい」
「お前に清雅の世話役を申し渡す。良いな」
「はい。ですが、お館様、どこで働かせましょう?」
「給仕が一人いなくなったばかりだっただろう、それで良い」
「承知しました」
「では、下がれ」
「はい、失礼いたします」
短い会話を終え、部屋を退出する。
来たときと同じようにして、離れへ戻った。
「俺のいったことがわかったかい?」
「はい・・・感謝をいたします」
目的を達する機会がいくらでもできたことに。
復讐さえとげられれば、後はどうなっても構わない。
「いいか、お前さんの本当の目的を知ってるのは俺だけだ。もちろん、俺がお前さんの目的を知ってることも、ここの者に知られちゃならない。俺はこれからお前さんを給仕係の詰め所へ案内する。お前さんはそこで仕事を割り振られるし、そこで寝泊りをすることになる。その小太刀は絶対に見つからない場所へ隠しておけ。その時が来るまでな。お館様は人が武器を隠し持っているのを見抜けないほど鈍いお方じゃない」
「はい、心得ました」
「よし、いくぞ」
「はい」


清雅を詰め所へと案内した後、吉蔵は静かに一人、廊下を歩いていた。
お館様の夕餉までにはまだ時間がある。
それまでに、一度話をしなければ。
「お館様」
「吉蔵か、入れ」
「失礼します。清雅のことですが・・・」
「・・ああ、清雅・・・清雅か。どこかで聞いた事があると思ったら、先日の騒ぎの時ではないか?お前も傍にいただろう?」
「はい。反乱の残党を討伐してる時でございます。あの時に近くをうろうろしてた農民がそのような名前を叫んでおりました」
「そうか、その者どもを殺した時に叫んでいた名前か。吉蔵、お前はあの農民たちが罪なき者だと思ったのか?」
「・・なぜ、そのようなことを?」
「まるで無罪と言いたげな言い方だったからな。あんな時にあのあたりにいた者は皆、殺した。無罪であろうとなかろうと、あの時あんな場所をうろうろしていた方が悪いのだ」
「・・はい、おそらく、清雅はその農民の子でしょう」
「フフ、それはそれで面白いかもしれんな。さぞや私に恨みを持っていることだろう」
妖艶な笑みがその顔に浮かぶ。色素が薄く軽く癖のある髪が揺れて、切れ長の目を引き立てる。
「どうぞ、ご自愛なさいませ。・・・失礼します」
そういって、主人の許しも得ぬままに部屋を退出した。
彼の主人は引き止めるわけでもなく、まだ可笑しさがぬけきらないと言った目でちらりと彼を見ただけだった。


作品名:月夜 作家名:律姫 -ritsuki-