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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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月夜

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「・・・ん・・?」
重い瞼を押し上げて、虚ろに目を開く。視界に入った部屋は知らない場所だった。
「目が覚めたか?」
声のした方を向くと、そこにいるのは見知らぬ男。
歳は三十といったところか。無精ひげが生え、髪を後ろで束ねている。
「どうして・・・」
「どうしてここに居るのかって?お前さん、道端で死にそうになってたからな。ここのお館様が拾ってくださったんだよ」
「お館様・・・?」
「領主様だよ、ここ一帯の」
その名を聴いた瞬間に少年の体にビクっと力が入る。
男はそのことには気がつかずに話し続ける。
「何か食べるか?しばらく何も食べてないんだろう?ちょっと待ってろ、今何か持ってくるから」
襖を開けて、男が出て行く。
・・まさか、こんな事になるとは・・・。
皮肉な運命を感じて、目を閉じた。

一月ほど前だろうか。自分は復讐を誓い、村を出た。
しかし、食い扶持の当てもない一人旅。持っていた食料は付き、道にも迷い、どうしようもなくなった・・。体力がつきるまで歩き続けたが、限界を感じ、もう死ぬのかと思って道に崩れ落ちたことを覚えている。
そこで意識を失って、誰かに拾われたのだろう・・。だが自分の命を助けたのは、よりによって復讐を誓った相手の家臣。
けれど、その者に助けられたということは、ここはあいつの屋敷。復讐をとげるのに好都合だ。
近くに誰もいなくことを確かめて、重い体を持ち上げる。
自分の腰元を確かめると、確かな固い感触。一振りの小太刀がある。
いつも父親が持ち歩いていたものだ。今となってはもう、形見の品でしかない。
手をついて立ち上がり、襖を開ける。
「・・くっ・・。」
歩くのも精一杯だ。何歩かあるくごとに、柱に掴まらなければ立っているのも困難。
しかし、あの男を探さなければ。こんなチャンスは二度とはない。・・殺すなら、今しか・・ない。
すぐに後ろから、誰かの走ってくる音がする。
・・もう見つかったか。
「おい、お前さん、一人で何やってるんだ、こっちへ来い。」
腕をつかまれ、歩かされる。
「いや、それにしても細い腕だ。何日なんも喰わんとこんな細くなるんだ?」
「・・・わかりません」
最後に食事をしたのがいつなのかすら、わからない。
「そうか。ま、たんと食え。腹下さん程度にな」
先程の部屋へ連れ戻され、握り飯を渡された。
「・・施しを受ける訳には・・・」
「何意地を張ってるんだ、食わんと今にも死にそうだ。ま、何するにしても、腹が減っては戦はできんと言うだろう?たんと食え」
「しかし・・」
「お前さんも頑固だな。・・・仇の施しは受けないってわけか?」
「!?・・・どうしてそれを!?」
「腰の小太刀、行き倒れていた場所。しかも『領主様』と俺が言ったときだけ体がこわばっただろう?気付かないほど俺も鈍くねえってことよ」
「・・あなたは?」
「俺は吉蔵だ。ま、しがない使用人ってとこだ」
「・・・私を、殺さないのですか?」
「お前さんをかい?俺がお前さんを殺して何になるってんだ?別にお前さんがお館様の命を狙ってたとしても俺には何も関係ないな」
「・・・そのお館様の命を狙っている私を拾ったということで・・あなたは何も?」
そういうと、吉蔵はちょっとため息をつく。
「お前さん、なんか勘違いしてるみたいだがな・・・。お前さんを拾ったのは俺じゃない。お館様ご本人だ。俺はお前さんの世話を仰せつかっただけだ。だからお前さんが何も食わないとなると、それこそ俺の責任問題になっちまう。頼むから食ってくれないか?」
魅力的な握り飯を前にそこまで言われてしまえば、手を伸ばすより他になかった。
「・・・頂戴します」
一口、口に入れると、今まで感覚を失っていた空腹が押し寄せてくる。
あっという間に、そこにあった握り飯を平らげてしまうと、男が新しい着物をもってきた。
「さて、これに着替えてお館様に会いに行くぞ。見れるようになったらつれて来いと仰せでな。・・・ちなみに、腰の小太刀は置いていけよ」
隠し持っていこうとした小太刀を指摘された。鋭い男だ。
「・・・しかし、この機会を逃すわけには・・」
「まあ、大丈夫だ。これから機会など腐るほどあるだろうよ」
「・・・?」
「まぁお館様に会いに行けばわかるこった」
小太刀の存在が知られている以上、それを持っていては仇に会うことはかなわない。
男の言葉を信じ、それを置いて部屋を出た。

作品名:月夜 作家名:律姫 -ritsuki-