かみひこうき。
次の日。
今日も蒼井と放課後に作業をしていたが、用事があると彼は席を外していた。理由は知っているので、なんだか不愉快になりながらも黙々と雑務をこなす。こんな気分になっているのも、蒼井がいない理由も朝の事に遡る。
いつもは寝坊しがちな鈴蘭を隣の家まで迎えに行くのが常なのに、何故目の前にこの子がいるのか不思議でたまらなかった。昨日のツインテールとは違い綿菓子のような髪の毛をポニーテールにあげていて、今日は体育があっただろうかと考える。
「……今、何時?」
鈴蘭は笑いながらピンク色をした腕時計を突きだしてきた。時間は七時過ぎ、家を出るのが七時二十分なので遅刻はしないとはいえ完全なる寝坊であった。
というか出掛けるまで十分ないのならとっとと起こしてくれればいいのに、と毒づきたいがそれよりもなによりも時間が惜しかった。
「珍しくユカがお寝坊さーん」
鼻歌でも歌い出しそうなまでに上機嫌な彼女を払いのけるようにしてベッドから起きあがり、制服に手を掛けて着替え始めれば鈴蘭はもそもそと鞄から菓子パンを取り出して「ご飯は分けてあげるから安心して」とかなんら心配していない事を保証してくれていた。
机に広がった文房具や参考書を不必要か必要か考えずに片っ端から鞄に仕舞う。少々重たくなるかもしれないけれど、遅れるよりはマシだ。
「昨日か今日にいい事でもあったの?」
「別にないよ」
その言い方だと遠足前夜に興奮し過ぎて起きられない子供だ。こんな子供っぽい幼なじみにそんな風に思われるだなんて、自分も末期なのだろうかと考えさせられた。
「ちぇ、つまんないの」
あんまり残念がっているようには聞こえない声音で呟いた彼女の首根っこを掴んで玄関へ脱出し、そのまま走りながら駅に到着していた電車に飛び乗った。
「今日ねー、蒼井くんに告白するの」
その一言で、通勤快速の女性車両という人が少ない場所ではあるが、え、と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「アンタにしては行動が早すぎやしない?」
「ふふ、善は急げだからねー。昨日、蒼井くんの机に手紙突っ込んできた」
もう、見てる頃かも。と笑いながら相も変わらず、甘ったるい紅茶(どうやら季節限定品らしく変わった色のパッケージをしていた)を電車の中だというのに気にしたそぶりなどなく飲み下していた。
「……あんな奴が見て、来てくれるとは思えないけどね」
「人は見かけによらずって云うじゃん。駄目だったら諦めるよ」
と、いつもの幼い笑みを浮かべながら言っていたのを思い出すと、なぜだか胸が小さく痛んだ。
所変わって、放課後の教室。
朝っぱらに机に入っていた手紙に誘われて、言われた自分が所属するクラスで待っていれば、昨日放課後に綾部と一緒にいた女だった。
明るい黄色みがかった茶色に染めたふわふわとした髪の毛をポニーテールにして、綾部の机の上に腰掛けている。
あまり、よい噂を聞かない奴だ。男好きとか脅しのプロだとか、小悪魔だとか。
「……なんの用だ?」
早く帰りたい、という一単語が頭の中をぐるぐると巡りに巡る。手紙の文字だと誰かわからなく、一応来てみたが意味が無かったとしかいえない。これなら綾部と残業した方がマシかと思う。(寧ろ幸せだ)
「こんにちは蒼井くん。今日はね釘、さしにきたの」
「……は?」
そこに居る金森は、綾部の隣にいる奴と同一人物とは思えなかった。女って怖いな、と漠然と思うレベルじゃない。にこにこ屈託のない笑みを浮かべている筈なのに目は氷のように冷たいのだ、被っていた猫を剥いだその姿には上辺だけにはあった可愛らしささえも処分してしまったようだ。
「だって、夕夏も蒼井くんも、煮え切らないんだもの。あぁ見えても夕夏、すっごい人見知りなんだから。蒼井くんがリードしてあげないと。しないなら、夕夏はあげない」
びし、と俺を指さしてから、口を挟む暇も与えないまま金森は喋り続ける。
「ほんとは、蒼井くんカッコイいなとか思ってたけど、夕夏と両思いっぽいから一歩引いたんだからね。夕夏、自己犠牲が激しいから。鈴は夕夏に幸せになって欲しいんだもん」
金森は恩着せがましい物言いをすれば、すっきりしたのだろう机に置きっぱなしのお茶を啜っていた。
「は? 俺は別にそんな気はねぇよ」
「嘘だよ。じゃ、どうして仕事するのに夕夏を呼んだの?」
携帯の小さな画面に視線を落として此方を一切見ないまま、素通りできない質問をされる。ばちばち凄まじいスピードでボタンが連打されていた、あんな調子で携帯が壊れないのか不思議である。
「同じクラスの奴が生徒会で忙しそうだから」
「それはない筈だよ、溝橋くんは昨日も今日も生徒会に参加してないもん」
同じクラスで委員をしている奴の話をされて、どきっとする。溝橋は金森と明らかに違う腐敗した、腐男子とかいう属性の奴なのだがどうして知っているのだろう。
「溝橋とは、担当の場所が」
「夕夏とも違う筈だよ」
むぅ、と頬を膨らまして金森は不服そうに怒っていた。この姿を溝橋に見せたら萌えとか言うのだろうか、美少女アニメとか好きな奴だし。
「……なんだよ」
「ほら、夕夏が好き、だって認めたらいいじゃん」
彼女はにんまりとした笑みを浮かべる。
「……いや、その」
「これで鈴の話は、しゅうりょー。じゃあ、夕夏によろしくね?」
金森はひらひら手を振って出て行って、俺は教室の中で打ちひしがれることになった。