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かみひこうき。

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髪にワックスをつけてはならないだとか、染めてはならないだとか数多にも校則はあった筈なのにどれにも準じないし、ワイシャツは第二まで無造作に開けられ中にはキラキラとシルバーアクセサリーが目立ち、極め付けにはネクタイの存在を忘却しているという優等生とは程遠い隣のクラスに所属している彼はいつも辺りを見下すように眺めていた。
 いつも悩ましげに細められたつり気味の瞳は一緒にいる幼なじみいわく「たまらない」と言ってならないのだが私にはわからなかった。
 別段、絵に描いたような優等生が好きだとか、太っている方が好みだとか常人には理解し難い性癖がある訳ではてんでない筈なので、自分では普通と自負していたのにどうやら違うらしい。
「蒼井くんって、なんか不思議な雰囲気じゃない?」
 とパック飲料を飲みながら話す鈴蘭は、夢見る少女さながらに頬をうっすらと赤らめて熱弁を振るっていた。
 黒髪って陰湿に見えてやだ、と小さい時から言い続けていていたからか、高校に進学が決まった途端にアプリコットブラウンだったか、黄色味がかった茶髪に染めてしまった幼なじみは私の意見なんざ聞いていないといった勢いで話し続ける。
「なんか話しにくいって言うか、近寄りがたいって言うか」
 茶葉より砂糖の含有量が多くて有名な紅茶の入ったビニール袋を机の横に引っさげ、代わりに吊り下げてあった麻で出来た袋から菓子パンを取り出してもそもそと食べ始めていた。
「ふぅん。……私にはわからないけど」
「わかって貰えると思ったんだけどなぁ。やっぱり駄目?」
 これまたジャムやらクリームやらカロリーと糖分を気にしてくれと長年のよしみ故に言いたくなるのをすんでの所で抑えれば、頬を膨らまして不満だというように机を叩く鈴蘭が見えた。
 背は一メートルと半分ちょっと、綿菓子のようにふわふわな髪の毛は高い位置で二つ括って、なおかつ天真爛漫な態度。可愛らしい、と男も女さえも評価する彼女はクラスでも注目の的だ。そんな彼女が騒いではたまらないと言葉を濁しつつも、賛同してやれば嬉しそうに笑っていた。単純な奴、とも思うのだがそれこそ愛嬌があるから許せるとあっても過言ではないだろう。
「私、そういうのあんまし興味ないからさ」
「あー、あれか。仕事に生きる女ってやつ? そうだよね真面目だもん」
 風紀委員で募集あったら一発で入りそう、と彼女は笑いながらのたまえば空っぽのパンが入っていた袋を縛って紅茶が入ったビニールに放り込み、私がクラス委員の仕事に追われて手を付け損ねた弁当を食べている様を黙々と凝視し始めた。肘をついて首を傾げている姿は、可愛い事この上ないといったら過言ではなく、しかし気分がいいかと言えば微妙である。
「相変わらず、支離滅裂だね。蒼井だって風紀委員じゃない」
「あ、そうだった。だから髪の毛染めちゃったけど怒られないんだ」
 くるくる、髪の毛を指に巻き付けつつ独り言のように小さく呟いてから彼女はまたもや身を乗り出してきた。
「でも、やっぱり風紀委員に入るべきだって!」
「私には関係ないよ。内申点稼ぎなら生徒会やら部活の部長の方が沢山貰えるし」
「あぁ、もう! だって蒼井くんの事知りたいんだもん」
「じゃあ鈴、アンタが入りなさい。というか彼氏が可哀想でしょうが」
 そういいつつ、数ヶ月前に街中で鈴蘭を見つけた時の事を思い出す。恋人つなぎと言われるものの、実際あまり見かけないキリスト教徒の方々が祈りの時するような手の繋ぎ方をして、歩いていた幾ばくか長身の男だったか。優男風で鈴蘭の趣味を極めたような奴だったのだが、彼女はなんでもないように「別れた」と言ってのけた。
「だって、浮気されたんだもん。あんな奴大嫌い」
 いやいや、アナタ最近まで見てるこっちが幸せになる位いちゃいちゃしてただろうに、と言いたくなるのを喉元で止めてため息をつけば、その動作を不思議がるように首を傾げられた。
「はいはい。じゃあ、今度毒牙をかける相手を見定め終わったって事なの?」
「そう! でもさぁ、蒼井くんには好かれてなさそうだし。ユカが入ってくれたら好みが分かるだろうから彼好みに変わろうと思って」
 ちゅうちゅうとパック飲料を飲む事に専念し始めたのを眺めつつ、抱えたくなる頭を頬杖で誤魔化した。鈴蘭は昔から一方的に好きな相手を見つけると取り入って貰えるように、好みである女性の真似をして気を引く癖があるのを、今の今まで忘れて話に付き合ったのがバカバカしく思ってならなくなったからだ。
「へぇ……そう。なら私を巻き込まないで欲しいね、面倒に決まっているじゃない」
「やだなぁ…。そんな事言わずに付き合ってよ」
 そんなこんな相変わらずの茶番を続けていれば、放課後に何人も残っていない教室の扉が勢いよく開く音がして、何事かと思い振り返れば先程からずっと鈴蘭との話のネタにしていた隣のクラスの筈の蒼井が私のクラスに来ていて、私と鈴蘭のどちらかを見つけたという風に近付いてきた。
「どっちが綾部?」
「私がそうだけれど」
 二択での名指しが自分である事に驚きつつ、問いを返せば見下すような冷たい瞳を向けられた。カラコンなのか生まれつきなのか判断に困る薄い茶色をした虹彩までもが私を見ているような錯覚に陥る。
 とても近付きがたいのは元々感じていたが、今やそれ以上の美しさに目を見張る。女の私でも羨ましい位に整った肌理にスッと通る鼻筋、と人間離れした造形美を兼ね備えていた。
「クラス委員だろ? 仕事だ」
 言うや否や腕を捕まれる。蒼井がクラス委員をしていたのは知っていたけども呼び出しを食らうなんて初めてで躊躇ってしまった。
 ほぼ完食したものの食べかけの弁当と広げっぱなしにした鞄について思案を巡らしていたら「やっといてあげる」と鈴蘭が嬉々とした声で言いのけた。この辺りは以心伝心というか阿吽の呼吸という言葉が妥当なんだろうかと漠然と考えている間にも捕まれた腕を引かれて立ち上がらされていた。
「え。ちょっと、落ち着いてよ」
「だって仕事は待たないだろ」
 とにべもなく返されてしまえば反論も思い付かずに引きずられるのだけは防ごうと駆け足で追いかける。長身な体躯にこれまた長い脚なものだから一歩の差が大きすぎて戸惑いを隠せない。
「……待ちなさい、って!」
「普通、手を離せって言わない?」
 振り返って告げられた言葉に怒りがこみ上げたものの次の瞬間には浮かべられた笑みに釘付けになっていた。正確には若干口角があがっただけなのだろうけど、脳裏に焼き付くような表情である。
「なにを言ってるの」
「いや、なんでもねぇよ。ただ面白いって思っただけさ」
 授業を行う教室の二倍は軽くあるであろう会議室に雪崩込むように入れば誰もいなくて首を傾げる。
「会議じゃないの?」
「いーや、ただの残業だ」
 机に山積みにされた紙束をこちらへと投げ飛ばしてきたので雑務をこなそうと四苦八苦する事になる。
 仕事がはかどらずペンは落とすは紙はめくり損ねるは、休息などしていられないと言うのに視線は目の前にいる男へと向かう。
 何故だかわからない内に強制下校時間を迎えていて、予想以上に終わらなかった作業は明日の放課後へと先送りにされた。

作品名:かみひこうき。 作家名:榛☻荊