魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
第1章 不気味な足音(5)
クーロンを包囲していた新興国軍の2万を超えていた兵は、機械兵の脅威を前にして為す術もなく撤退を余儀なくされた。だが、すでに退路は炎の壁によって阻まれ、本国との連絡は完全に途絶えたのだった。
そして、クーロンもまた滅亡の危機を迎えていた。
火鬼率いるロボット兵団。
「鬼械兵団[きかいへいだん]は気に入ってくれたでありんす?」
自らの躰の一部をもサイボーグ化した火鬼は、なぜ鬼械兵団を率いてクーロンに攻め込んできたのか?
「この件の首謀者は隠形鬼かしら?」
と、ライザは笑みを絶やさす尋ねた。眼は極寒のように冷たい。
「そうでありんす」
「やはり……。シュラ帝國を滅ぼし、次は世界でも狙っているのかしら? 人知れずこんなロストテクノロジーを保有しているなんて、隠形鬼とは何者なの? その真の目的は?」
「わちきには興味のないことでありんす。わちきの望みはこの世を炎で焼き尽くすこと。てめぇらも死にさらせや!」
急に口調を変えて夜叉の表情で火鬼を襲い掛かってきた。
扇から業火を操り渦巻く炎の鞭を放つ。
ライザはセレンを抱き寄せて、防御フィールドを張った。楕円状の透明なカプセルのような形だ。
フィールドに当たった炎は一瞬にして消えたかのように見えた。
「炎を無意味よ。この防御壁に少しでも触れてみなさい、たちまち分解するわ。つまり炎とて、酸素などと引き離され、燃焼現象すら起こさせない」
ライザは余裕であった。
キレた火鬼は炎球をいくつもいくつも投げつけてきた。
「キエーッ! わちきの炎で焼けないものなどあるもんかッ!」
大量の炎は急激な空気の温度差を生み、あたりにうねるような風を巻き起こした。
ライザとセレンの躰が、水に映る影のように揺れた。
息を呑んだ火鬼がハッとして、すぐに辺りを見回した。
ドーム施設に走っている二人の姿!
「わちきが出し抜かれた!?」
そうだ、すでにライザとセレンはその場にいなかった。火鬼の炎の攻撃を受けていたのはホログラムだったのだ。
息を切らせながらライザがセレンに説明する。
「あの防御壁は完全に外と遮断されるのよ。つまり密室になり、酸素の供給も止まる。もっと最悪なことに、あの場を動けなくなるのが最大の弱点。早めに逃げ出したのは正解だったわ」
一撃目の炎は防御壁で防いだ。それからすぐに敵に気づかれないようにホログラムを発動させ、自分たちはその場から離れたのだ。
地面が急に揺れた。
その震動はドーム施設からだ。
思わずセレンは足を止めた。
「あれを……」
「どうしたの速く走りなさい!」
振り返ったライザが再び前に顔を向けて、その異変に気づいた。
まるでそれは花のつぼみのようだった。
ドーム施設の頂上から線が走り、花びらが剥けていくように、天井が開かれる。
「あんなシステム知らないわ!」
ライザが叫んだ。
たしかに魔導炉のシステムすべてが解明されているわけではない。だが、帝國はこれまで管理して使ってきたのだ。しかもライザは科学顧問であり、解明されている情報は把握しているはずだった。
魔導炉は都市にエネルギーを供給するシステム。――以外の可能性があると、ライザは示唆した発言をしたのだ。
火鬼は二人を追うことをやめ、うっとりとその光景を眺めていた。
花が咲いた天井から、謎の塔がせり上がってきた。塔が花粉を飛ばす。
数え切れない泡のような光球が天に放たれ、世界中の空へと流れていく。
「なにが起きて……いいえ、これからなにが起きようとしているの?」
ライザは空から目が離せなかった。
光球は空で拡散して、1個が弾け飛んだかと思うと、それはまた小さな光球となって空から雪のように舞い降りてきた。
得体の知れないモノにセレンは怯え、後退って小さな光球を避けた。
次の瞬間、女の悲鳴があがった。
「きゃぁぁぁっ!」
ライザの悲鳴だった。
「どうしたんですかライザさん!?」
セレンが顔を向けると、ライザは片腕を高く掲げて、仰向けに地面でのたうち回っていた。
メタリックに輝くライザの片手。掲げられた片手から侵蝕されるように、手首から腕へと肌が金属に変化していく。なにが起きているかはっきりしないが、それは脅威であることに違いなかった。
ライザが〈ピナカ〉を放った。自分の腕に向けてだ。
「ギャアアアアアアァァァァッ!」
死線を彷徨う絶叫。
金属に覆われた肘から先を狙ったが、肩から先が持って行かれ、肉片は跡形もなく消し飛んだ。
目を血走らせながらライザが立ち上がった。片腕を失った傷口は高熱により焼かれたお陰で、大量の出血は奇跡的に抑えられているが、このままでは命に関わる。
「ハァ……ハァ……空から降ってくるアレに触れてはダメよ」
蒼い顔をして脂汗を流すライザにセレンは言葉を失った。
空からは光球がゆらゆらと降ってくる。
ライザは天に向けて〈ピナカ〉を放ち銃口を振り回した。うねり狂う三つ叉の龍。
「一か八か逃げるわよ」
「もう少し遊んでくんなまし!」
再び火鬼が追ってきていた。
ライザは天で振り回していた〈ピナカ〉をそのまま地面に叩きつけ、大地を抉りながら火鬼を薙ごうとした。
しかし、火鬼は人間と思えない跳躍で天に舞い上がり、〈ピナカ〉を足下に躱したのだ。
「おほほほほほ、炎に焼かれ悶え苦しみなんし!」
火鬼から放たれた炎の渦がライザを呑み込もうとする。
それを無視してライザは走った。敵の攻撃など構っていられなかった。周りでなにが起ころうと目的を変えない。一瞬たりとも躊躇せず立ち止まらない。
ライザはセレンに手を伸ばした。
「なにが起きても恨みっこなしよ!」
「なにがですか!?」
「交換転送よ。行き先はわからない、よくて消滅、悪くて異空間に閉じ込められる。躰の一部でも失っても外に出られたら、ラッキーなほうかしらね。アナタの恋人の神様にでも祈りなさい!」
「そんな!」
しかし、セレンは手を伸ばした。
クーロンに逃げ場はない。
炎が街中を包み込み、空からは謎の光球は降ってくる。
ライザはセレンの手をがっしりと握り、自分の躰に引き寄せた。
「ちなみにこれ一人用だから、二人だとさらにリスクは高まるわよ」
「ええっ!」
火鬼の放った炎の渦がセレンとライザを呑み込んだ。
果たしてふたりは!?
――そして、クーロンは滅亡した。
ここでの出来事を人々はいつか知ることになるだろう。
シュラ帝國亡きあと、人間同士の争いが戦乱の世に変えた。それが終わりを迎え、新たな構図へと急速に変わっていくだろう。人間に対するのは――。
戦いの火ぶたが切り落とされた。
ソファに座りながら立体映像テレビを見るアレン。
「……ヒマすぎ」
テレビの内容は動物のドキュメントだ。サバンナに暮らす動物たち。今は絶滅してしまったチーターというネコ科の動物が映っている。ほかにもアレンは見たこともない動物ばかりだ。
この映像には音声が流れなかった。
「なあ、これさあ音とかでないわけ?」
「すみません、音での伝達は非効率なので、電波信号で情報が流されているのです。わたくしには聞くことができます」
ジェスリーはそう教えてくれた。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)