魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
「たしか音声言語で会話できるのあんただけとか言ってたよな?」
「はい、ほかのものには必要のない機能ですから」
「なんども聞いて悪いんだけど、あんたマジで人間じゃないわけ? てゆか、本当に人間いないの?」
「はい」
「外出て確かめたいんだけど?」
「それはできません。あなたは侵入者なのです、自由に動かれて困ります。それにあなたは怪我人なのですから、無理をせずに躰を休めていてください」
アレンの片腕は布で固定されていた。折れているのだ。さらに布は頭に斜めがけされ、片眼にも巻かれていた。
加えて機械の半身も調子が悪いとアレンは感じていた。
「こっちの腕に違和感がある。自分の意思と誤差があるっていうか、なんていうか……」
「それはありえません。生身の躰を治すことはこの街ではできませんが、機械は完璧に修理させていただきました」
アレンは布が巻かれた片眼を押さえた。
それを見てジェスリーは悲痛そうな顔をつくった。
「その眼は残念でした。せめてサイボーグ化の技術さえ残っていれば、機械の眼に取り替えることができたのですが」
「べつにいいよ、片眼が残ってるし」
負傷した片眼は完全に視力を失っていた。
どうやってあの場から生き残ったのか?
シュラ帝國の地下遺跡で激流に巻き込まれ、完全にそのときの記憶を失った。
あの状況から助かっただけでも奇跡。負傷したのが片腕の骨折と片眼を失ったくらいで安いものだ。
突然、ジェスリーが言う。
「外に出る許可がおりました」
誰かと会話していた雰囲気もなかった。というか、この部屋にはアレンと二人きりだ。おそらく電波かなにかを受信したのだろう。彼らのいうところの音声以外の会話だ。
「外出れんの? やった、鈍った躰を動かしたかったんだよなぁー」
「しかし、自由に行動されては困ります。わたくしが同行して監視させていただきます」
「うん、ぜんぜんオッケ。外の空気が吸えるだけでいいよ」
今までいた場所はジェスリーの自宅だった。マンションの一室だ。つまり、ほかの部屋にも暮らしているものがいるということ。
ジェスリーに連れられ廊下を歩いていると、デッサン人形のような人型ロボットが歩いてきた。ジェスリーと違って肉感や肌がない。まるで骨のようだ。
人型ロボットはすれ違い様に頭を下げて挨拶をしてきた。まるで人間の挨拶だ。
ジェスリーも頭を下げるのを見て、アレンも慌てて頭を下げた。
「こんちは」
人型ロボットには頭はあるが、顔はなかった。眼の辺りは左右のレンズが繋がった長方形のサングラスみたいな形になっている。そのため表情はなかったが、アレンに手を振ってくれた。そして去っていく。
アレンは不思議そうな顔をしてジェスリーに顔を向けた。
「侵入者って言われたから、てっきり敵視されてんのかと思ったけど、友好的なのな」
「はい、この街に住むものは平和を愛しています」
「愛するか……」
?愛?というのは、彼らに感情があるような言い方だ。
マンションを出て街並みを歩く。街は異様なまでに静かだ。
人型ロボットたちが歩いている――犬の散歩をしながら。
街路樹の落とした葉を清掃しているのは、ドラム缶のようなものから腕が伸びているロボットだ。その腕はどうやら掃除機になっているらしい。
アレンは立ち止まって高層ビルを見上げた。
「なんかさぁ、こんな街の光景見たことあるような気がすんだよね」
「それはありえません。この街は人間に知られていません。我々は人間に忘れられた存在なのです。人間にとっては長い年月でしょう、我々は人間の眼に晒されないこの場所で、平和に暮らしてきたのです。ですからあなたがこの街に現れたのは、非常に重大な事件なのです」
「俺殺されちゃうわけ?」
「そのような野蛮な真似をするのは人間だけです。しかし、殺しはしませんが、あなたの処遇について議会が揉めています。その根本にある問題は、あなたの定義を?人間?とするか?機械人?とするかです」
「俺人間だけど」
街を抜けて二人は自然の広がる公園までやってきた。
芝生が見渡せるベンチに腰掛ける。
「機械も疲れんの?」
「疲れませんが、雰囲気は楽しみます。それに緊急時のエネルギー補給もここで行うことができます」
ベンチに取り付けられていたふたを外して、ジェスリーは中からプラグコードを引っ張り出した。
「我々の多くは光エネルギーで動いていますが、その供給が間に合わない場合があります。そこで街の各所に補給装置が備えられているのです」
目の前の芝生には動物がいた。脚がすらっと長く、角が生えているのといないのが2種類。
「あれなんて動物?」
「シカです。ほ乳類、鯨偶蹄目、シカ科に属する草食動物です。普段はおとなしい動物ですから、近づいても平気です」
「なんか平和だよなぁ」
「はい、人間がいませんから」
「……やっぱ俺嫌われてる?」
「いいえ」
ジェスリーの見た目はほとんど人間であり、表情もそれに即しているが、どうも自然な表情というのがないので、感情のようなものを読みづらい。
「人間は敵ではありませんが、脅威です」
遠くを眺めながらジェスリーがつぶやいた。
「俺とは普通に話してるじゃん? やっぱイヤイヤなわけ?」
「この街に住む機械人や機械たちの多くは、機械から生み出されたものたちがほとんどです。しかし、わたくしのような例外もいます。わたくしをつくったのは3人の人間でした。彼らとわたくしは友人です。ですから、あなたとも仲良くなれるでしょう」
「ロボットの友達なんてはじめてだな……」
と言いつつも、アレンの心にはなにかが引っかかっていた。
ジェスリーは話を続けている。
「我々はこれまで秘密裏に人間の世界を監視してきました。そして、今のところ人間という種とはわかりあえないという結論に至っています。個人レベルでは仲良くできても、機械対人間となれば話はべつなのです。我々の存在を知った人間たちは、我々をどうするでしょうか? 人間たちは忘れているでしょうが、大戦の傷も癒えていなのです」
「大戦?」
「その話は機会があればしましょう。議会はあなたにここで暮らすことを望んでいます」
「やだよ」
即答した。
ジェスリーは疲れたような笑みを浮かべた。それはとても人間味を帯びていた。
「そうでしょう。あなたは外の世界を知っているのですから、こんな窮屈な場所にいたくないのは理解できます。わたくしもそうです。変化の緩やかなこの街で、もう何千年という月日を過ごしました。人間の友たちと世界中を旅した日々が懐かしい」
「あんた人間っぽいよな」
「わたくしは特にそのようにつくられましたから。あの時代、高性能なプログラムが次々と競い合うように生まれていました。人間よりも頭のいいプログラムは簡単につくれます。しかし、彼らが目指したものは、自分たちの友となるものでした」
この街はまるで人間の街のようだ。暮らしもそのような気がする。テレビという娯楽を楽しみ、ペットの散歩をして、きっとほかにも人間味のある生活が各所にあるはずだ。
しかし、この街は静かすぎる。
無機質な静けさ。
まるでゴーストタウン。
死んだように静かなのだ。
動物たちもいる。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)