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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-

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第1章 不気味な足音(3)


 騎鳥部隊の中から、単独でアレックスのもとに近づいてくる男がいた。
「どこのガキだ? この農場のガキなら親のところに案内してもらおう。この農場はこの瞬間から我々の物になった」
 男の顔にはいくつもの傷があった。軽鎧で隠され見ないが、その躰にも傷がある。死んでいてもおかしくない傷の量である。幾多の戦いの中で先陣を切ってきた切込隊長だ。
 アレックスはまったく動じていない。少年がするとは思えないほど冷ややかな眼だ。
「軍を引け、そして立ち去れ。ここから先に進むことは決して許さんぞ」
「いい眼をする。俺の元で兵士にならないか? おまえと同い年くらいの奴らもけっこういるぞ?」
「断る」
 即答だった。
 切込隊長は見下して嗤う。
「ならおまえの首を手土産に、親御さんにあいさつでもするか」
 腰のサーベルを切込隊長が抜いた刹那だった。
 悲鳴があがった。
「ギェェェッ!」
 クェック鳥が奇声を発したようだった。人間がそんな声を出す事態とは?
 アレックスの指が切込隊長の両眼に突き刺さっていたのだ。
 そのまま眼窩[がんか]に指を突っ込んだまま、相手の顔面を自分に引き寄せて、アレックスは膝蹴りを喰らわせた。
 それらは刹那の出来事であった。
 クェック鳥から落ちた切込隊長は地面にうつ伏せになったまま動かない。
 少し先に見える隊列がざわめき立った。
 そして、軍隊は進撃してきた。
 勝てるかどうかなど関係ない。アレックスはひとりでその軍隊に立ち向かうつもりだった。ここを動かず迎え撃つ。
 しかし、思わぬ事態が起きた。
 遠くから聞こえた爆発音。家の方角からだ。
 アレックスは目を凝らした。
「まさか……挟み撃ちだったのか!」
 軍隊は一方向からではなく、二方向から攻めてきていたのだ。すでに向う側は家のすぐ傍まで攻め入っている。
 アレックスは前方の軍隊を無視して、松葉杖を捨てた代わりに切込隊長のサーベルとクェック鳥を奪い、すぐさま家に向かって全速力で駆け出した。
 家の土壁を穿つ砲撃の跡。家の前ではすでに長剣とサブマシンガンを構えた父アントンが、敵兵と一戦を交えていた。
 兵士を切り捨てたところで、現れたアレックスを見てアントンは微笑んだ。
「無事だったか」
「家族は?」
「地下に避難させた。その手についた血はおまえのじゃないな?」
「ひとり殺った」
「そうか」
 アントンは哀しげな瞳でアレックスを見つめた。
 軍勢をすべてちっぽけな家に向けてくることはないが、兵士たちが次々と近づいてくるのが見える。
 怒り含んだ溜め息を吐いた。
「くそっ、奴らの目的は農場だ、腹が空いては戦は出来ぬってな。だから俺たちの命を奪うことに躊躇いはないだろう。今からでも降伏すれば命だけは助かると思うか?」
「さあ」
「なら俺の命と交換で、家族と、そしておまえの命を助けてくれって交渉しても無理か?」
「朕の命は一度亡くしたも同然。拾ってくれた者のために使うなら、それもいい」
 銃声が鳴り響く。雨のような銃弾が飛んでくる。敵も本気を出してきた。
「地下室に取りあえず逃がしたが、相手の出方を見ると事態は最悪だ。ずっと隠れていても助からないだろう。俺が囮になって時間稼ぎするから、隙を見て家族を連れて船で逃げろ。頼んだぞ!」
 アントンはアレックスからクェック鳥を奪い、家から離れるように、そして兵士たちの目を引きつけるように、サブマシンガンを乱射しながら、縦横無尽に駆け出した。命を犠牲にしようとしているのは明らかだった。
 銃弾を躱しながらアレックスは家の中に飛び込み、ギブスの脚を引きずりながら急いで地下室へ向かう階段を下りた。
 暗闇に包まれた地下で視界を閉ざされる。
「アレックス、こっち」
 どこかからラーレの声がした。
 ぼわっと微かに明かりが灯り床の下から顔を出すラーレが見えた。
 石床の一部が外され、その先に家族3人が身を潜めていた。アレックスが中に入り、石床のふたを閉め、空間の先を眺めると、そこは洞窟として奥深くまで続いていた。
「お父さんは?」
 尋ねたラーレにアレックスは沈痛な面持ちで顔を横に振った。
 急に泣き崩れたラーレが母シモーネにすがりつく。それで弟のカイも理解したようだ。カイがアレックスに掴みかかる。
「父さんが……ウソだ!」
「船を使って逃げるように言い付かってきた」
 あえて生死については言わなかった。変に期待を持たせ、家族がこの場を離れないと言い出すことは、アントンの望むところではなかったからだ。まずはこの場を逃げ切ること。
 母は気丈だった。
「この洞窟を抜けると地上に出るわ。早く行きましょう」
 ランプが照らす道を4人は進む。足音とすすり泣く音だけが聞こえた。
 やがて見えてくる地上の光。それは希望かそれとも……。
 川の音が聞こえた。
 連なる崖影のわかりづらい場所に出口はあった。
 遠くから戦乱の怒号が聞こえる。アレックスはまだアントンが生きていることを予感した。だが、それを口に出すことはしなかった。
 小走りで先に進むと、仕事で使っている小型の貨物船が見えてきた。
 しかし、その周りにはすでに兵士たちの姿。
 地面にうつ伏せになって4人は身を潜め、兵士たちのようすをうかがった。
 兵士の数は3人。船の上に2人と、川岸の見張りが1人。銃剣で武装している。
「ここにいろ」
 アレックスはサーベルを構えて立ち上がった。
 怯えた表情でラーレがアレックスの手首を掴んだ。そして、無言で首を横に振る。だが、アレックスはその手を振り切って、脚の怪我を無視して全速力で走り出した。
 最初に気づいたのは見張りの兵士だ。
「どこのガキだッ!」
 ガキだからといって容赦ない。サーベルを構えているアレックスに銃剣を向けられた。
 ほかの兵士2人もアレックスの存在に気づいた。
 斬撃が奔る。
 2人の兵士が気づいたときには、見張りの首が地面に落ちたあとだった。
 アレックスはギブスをしていない脚を蹴り上げ、船の甲板まで跳躍して見せた。その距離じつに5メートル以上。怪我をしていなくても、常人が片足で踏み切れる距離ではなかった。
 尋常でない発汗をするアレックス。彼の躰に異変が起きはじめていた。
 怯えた兵士が銃を乱射する。
 銃弾がアレックスの頬を掠め、赤い筋を奔らせる。その肩にも、その腹にも銃弾を受けた。
 しかし、アレックスは修羅のごとき鬼気を発して怯まない。一歩たりとも引かなかった。
 突き立てられた銃剣の刃を片腕のギブスで受け止め、アレックスはサーベルを薙いだ。
 兵士の胴が真っ二つに割られた。
 それだけではない。金属のサーベルが砂のように崩れ、斬撃が起こした風の刃が残るひとりの兵士の躰を細切れにしたのだ。武器がアレックスの力に耐えられない――そんなことがありえようか?
 血に染まる甲板。
「朕はいったい何者だ?」
 自問自答するアレックス。
「きゃーっ!」
 遠くから悲鳴が聞こえた。
 家族3人が敵に兵に捕まっている!
 アレックスはすぐに駆けつけた。
 そして、辺りが大勢の兵士たちに取り囲まれていることに気づいた。家族を捕らえている数人の兵士と、その頭上の崖の上に隊を成している兵士の列。