魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
第4章 そして未来へ(4)
「ふふふふっ。私を追い詰めたつもりか?」
アダムは不気味に笑った。
魔導炉も〈ベヒモス〉も、フローラも火鬼も、失われた今、アダムは劣勢に立たされたのか?
――否。
それは戦いの一部にしか過ぎない。
市内に響き渡っていたのは人間の悲鳴だった。
鬼械兵団の圧倒的な戦力で、人間が次々と息絶えていく。鬼械兵は腕がもげようと、足を失おうと、悲鳴一つあげず、まるでゾンビのように襲い掛かってくる。死の軍隊を相手にしている気分だ。
アレンは気づいている。アダムには少なくともあと2つの切り札がある。火星にいる100万を越える鬼械兵と、人工衛星からの地上へ向けての攻撃〈メギドの炎〉。
たとえ〈生命の実〉がなくとも油断できない。それにアレンたちは〈生命の実〉がアダムの手にないことをまだ知らないのだ。警戒を強めている。
「その袋はなんだよ?」
「知りたいか?」
「ああ、知りたいね」
アダムが〈大地の袋〉を振り回して押し掛かってきた。
慌ててアレンはブリッジをして〈大地の袋〉を躱した。
「いきなりかよ!」
まだそこで攻撃は終わりではない。
アレンの腹に〈大地の袋〉が落とされようとしていた。
その袋がなんのかアレンは知らない。だが、ヤバイと直感して、地面を転がって避けた。
大地が鳴らした地響き。
まるで隕石が衝突したように、クレーターが地面にできた。すでに〈大地の袋〉はアダムが持ち上げている。ほんの少し地面に触れただけでこれだ。
クレーターができたときの衝撃で、アレンは天高く吹っ飛ばされていた。
「洒落になんねぇ。やっぱただの袋じぇねえのかよ!」
空から見るクレーターの大きさは直径30メートルほどだった。周りにいた兵士たちも巻き込まれている。
アレンは地面に衝突する寸前で、ふわっと身体が浮き上がり、ゆっくりと着地した。風を操ったのだ。
涼しい顔をしているアダムとは対照的に、アレンは冷や汗を垂らしている。
〈大地の袋〉を一発でも身体に喰らえば一瞬して潰される。接近戦は危険だった。
アレンは腕を薙いで風の刃を繰り出した。
「喰らえ!」
「それは御前だ」
一瞬にしてアダムとアレンの場所が入れ替わった。
「うわあっ!」
風の刃を受けたアレンの服と胸が切られた。
噴き出す鮮血。
切られた服の隙間から覗くなだらかな乳房が血で濡らされた。
アダムは今のアレンの姿を見て、息を漏らした。
「嗚呼、御前が少女だったことを忘れていた」
「女で悪いかよ!」
「性別的には女性だが、御前は永遠の少女だ。歳も取らず、何千という月日を生きてきた。実は御前の足跡について調べたのだ。近年以前となると、御前らしき人物が記録されていたのは、128年前の事件だった。地上最後の智慧を持つドラゴンと云われていたドゥルブルザッハードの聖都襲撃事件だ」
「覚えてねぇよ」
「そうか、では何年前のことなら覚えているのだ?」
「知るか」
「私は創られた瞬間から覚えている。膨大な記録を背負っているのは辛い。人格に膨大な記憶は邪魔なのだ。しかし、私はそのように創られた」
アダムはゆっくりと目をつぶった。
「――が、それでも私は生きる意味を捜し続ける」
前半部分は声が小さすぎて聞き取れなかった。アダムはいったいなんと呟いたのか?
そんな細かいことなどアレンには関係なかった。
――歯車が鳴りはじめた。
肉弾戦にアレンは賭けたのだ。
自らの機動力に風の力を上乗せする。
猛スピードで殴りかかってくるアレンを前に、アダムは急に立ち眩みを起こしたように足下をふらつかせた。
「うっ……」
人間のように呻き、思わず膝から崩れそうになった。
そこにアレンの拳が叩き込まれた。
「ウォオオオオオオオオオオオッ!」
アダムの身体が吹き飛ぶ前に、目にも留まらぬ拳の連打が繰り出される。
――歯車が悲鳴をあげている。
「糞ったれッ!」
最後にアレンはアダムの顎を下から抉り殴った。
10メートル以上の上空まで吹っ飛ばされたアダム。その手にはしっかりと〈大地の袋〉が握られている。
「わたしになにが起こっている?」
アレンに殴られたことなど、なかったようにアダムは呟いた。
そのまま無抵抗のままアダムは地に落ちた。
止めを刺そうとしてきたアレンを視線だけでアダムは見た。
「気をつけろ、わたしが今持っているのは〈大地の袋〉という魔導具だ。重量はこの星ほどある。わたしはこれを重力を操って支えることができるが、これが大地に置かれればどうなるかわかるか?」
アレンは拳を上げて止めていた。
「どうなるんだよ?」
「重さとは重力だ。星と星とがぶつかると考えればいい」
「落とすなよ絶対」
「はじめからそのつもりだ」
「汚ねぇぞ、人質取ってるもんじゃねえか!」
「しばし待て」
「はぁ?」
攻撃できないアレンを目の前に、アダムはゆっくりと立ち上がった。
地中から聞こえてくる響き。なにかが来る。
瞬時にアレンは遥か後方に飛び退いた。
次の瞬間、地中から巨大な蛇のような頭が飛び出してきたのだ。
それはまるで鎧を纏ったような海蛇だった。海龍と言ったほうがいいかもしれない。想像を絶する大きさは、クーロンを上空から見なければわからなかった。
クーロンの市壁の外周をぐるりと一周する海龍。尻尾のところから地中に潜り、そこからクーロンのほぼ中心で頭を出したのだ。
「鬼械竜〈レヴィアタン〉だ」
〈レヴィアタン〉の鼻先に乗っているアダムが言った。
「これは転送装置魔法陣でもある。予定時刻にはまだ早いが、人間の答えはもう聞くことができた。火星の同志を呼ぶことにしよう」
アダムは手に持っていた〈大地の袋〉を〈レヴィアタン〉の口の中に放り込んだ。
「〈生命の実〉には遠く及ばないが、10分程度は火星のゲートとリンクすることができるだろう。さて、どれほどの鬼械兵がこの青き星にやって来るか?」
一瞬にして辺りが蒼白い光に包まれ、目をつぶらずにはいられなかった。
鬼械兵にやられ、次々と人間が倒れていく。これ以上、戦場に鬼械兵を増やすわけにはいかなかった。〈レヴィアタン〉を止めなくては――しかし、なにができる?
「糞ッ!」
アレンは地面を蹴って高くジャンプした。さらに風の力を借りて上昇する。
「俺にできることは……こいつをぶん殴ることだ!」
拳をアダムに叩きつける。
強烈な拳をアダムは片手で受け止めた。
アレンの背後で声がした。
「退け!」
〈黒の剣〉を振り下ろすルオだった。
瞬時にアダムとルオの場所が入れ替わった。
冷や汗を流したアレン。
「俺のこと殺す気かよ?」
「それはまたの機会だ」
〈黒の剣〉の刃はアレンの鼻先で止まっていた。
アダムに空間転送は厄介だ。下手をすれば同士打をさせられる。
地面に着地したアレンとルオがアダムと対峙する。
「俺のケンカに手ぇ出すなよ」
「五月蝿い、朕の獲物だ」
「ふむ、〈黒の剣〉は厄介だ」
と、最後にアダム。
それを聞いてアレンが怒り出す。
「俺は戦力外かよ!」
「そういうことだ!」
叫びながらルオがアダムに斬りかかった。
「まずは千の兵」
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)