魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
第3章 智慧の林檎(2)
「間違いありません。高エネルギー反応はあの場所からです」
操縦席でジェスリーはモニターを確認していた。
〈黒の剣〉を手に入れるのが目的だったが、ルオや〈黒の剣〉を直接探すのではなく、高エネルギー反応をレーダーで探していたのだ。戦場でルオを見て、飛空挺が墜落して搭乗者が気を失い、生存者の捜索や火鬼との戦闘、リリスとの話から月に行く方法の模索など、いろいろと時間を要したが、まだルオはそれほど遠くに行ってはいないのではないかという結論に達した。
そして、駐屯地から飛空挺ではそう離れていない場所にルオを発見したのだ。
巨大モニターが地上をズームアップして映し、アレンたちは驚いたようだった。
「なんでセレンまでいっしょなんだよ」
男ふたりは安堵していた。
トッシュは吸っていた煙草を床に投げ捨て足で踏み消し、ワーズワースは瞳を潤ませながら息を吐いた。
〈インドラ〉は地上に降り立った。
セレンはその飛空挺を知っている。けれど、それをルオに伝えていいものか迷い口をつぐんだ。
やがてアレンとトッシュがタラップから降りてきた。
2対2で対峙した。
まず口を開いたのはトッシュだ。
「シスターなんでその餓鬼といっしょなんだ? こっちへ来い」
ルオはセレンの顔を見た。
「君の知り合いか? そして、どうやら朕のことも知っていると見た」
アレンとトッシュは不思議そうな顔をする。ふたりはルオが記憶喪失ということ知らないのだ。それをセレンはすぐ察した。
「彼記憶喪失なんです! だからやめてください!」
――争うような真似は。
空気感が伝えていた。ルオは〈黒の剣〉を構えている。トッシュも銃をいつでも抜く気だ。
アレンだけが力を抜いて立っていた。
「なあ、その剣ちょっと貸して欲しいんだけど?」
軽々と言った。
神妙な面持ちをするルオ。
「君とは以前会った気がする……どこだったかな?」
「水ん中」
「……水?」
ルオは苦しそうな表情をした。脳裏に浮かんだ光景と感触。大量の水に押し流されて為す術もない躰。
それ以上は思い出せなかった。
アレンは臆するとなく丸腰でルオに近づいていく。
「いいだろ貸せよ。ちゃんと返すからさ」
「何人にもこの剣は触らせぬ。しかし、なぜこの剣を必要とするのか興味はある」
アレンは空を指差した。
「月に行くんだと」
「月?」
「そうそう、その剣を動力源にして、あっちの飛空挺で月に行くっていうウソみたいな話」
「ほう、おもしろい。そこへ行く理由は?」
「さあ俺も知らない。行けばわかるんじゃねぇの?」
果たして月になにがあるのか?
ジェスリーは言った?エデン計画?と。
リリスは言った?エデンの園?と。
そこになにがあるのか?
ある者から伝言だとリリスはアレンに伝えた。その伝言をリリスが知ったのは、クーロンの地下遺跡だった。
その場にはリリスのほかにアレンとトッシュもいた。けれど、そのときは、はっきりとした映像と音声を聞き取れなかったのだ。ノイズだらけのホログラムで映された人影がだれなのか、それを理解できたのはリリスだけだった。
言葉は『……サイゴノ……キボウ……』から聞き取れ、『……ホントウニ……ごめんなさい』で終わった。最後の一言だけ明瞭に聞こえ、それが女の声だとわかった。
そして、あのときアレンは突然半狂乱になった。
その後、リリスはトッシュの目的を果たすために2、3時間欲しいと申し出た。今に思えばあればウソだったのだ。リリスは別のものを探すために時間を必要としたのだ。
もしかしたら、リリスは月に行く目的を知っているのかもしれない。
ルオは殺気立った。次に動くときは、戦いがはじまる。
泣きそうな顔でセレンはルオにすがりつく。
「やめてください。どうかトッシュさんたちに剣を貸してあげてくれませんか?」
月に行くことの理由をセレンは知るはずもないが、なにかしらの重要性があるのではないかと察していた。だからルオに譲歩を求めた。
セレンを一瞥したルオはアレンに向かって言う。
「いいだろう、この剣を貸してもいいが条件がある。力ずくで奪うことが条件だ」
そんなもの条件でもなんでもない。
アレンとトッシュに勝ち目はあるのか?
2対1など今のルオを前にすれば意味をなさい数。
――どこかで歯車の鳴る音が聞こえた。
もうすでにアレンは地面を蹴り上げる寸前だった。
しかし、寸前でトッシュが止めたのだ。彼が懐から出したのはスピーカーだった。
「力ずくで困るのはおまえだぞ。俺様たちを倒しても後ろには魔導砲を備えた飛空挺が控えてる。あれと一戦交える気か?」
スピーカーから声が聞こえる。
《魔導砲の充填は完了しています》
ジェスリーからの通信。
まだ現時点で撃つことはないが、ルオが独り残ればやる。トッシュの脅しだった。
ただし、これには大きな問題があった。セレンの存在だ。万が一、アレンとトッシュがやられても、セレンがいては魔導砲に巻き込むことになる。
そもそもアレンとトッシュが命を賭す覚悟があるかというと、彼らは後先については考えていない。アレンが月に行く必要がある。それでもアレンはここで命をかける。
ルオに脅しなど通用していないことはわかっていた。
――歯車の猛烈な回転音。
殴りかかってくるアレンを前にして、ルオはセレンを突き飛ばした。
「退け!」
次の瞬間、〈黒の剣〉が唸り声をあげていた。
剣撃が空気をも断った。
切られた空気は真空となり、そこに風が流れ込む。アレンの躰も例外ではない。
「糞ッ!」
バランスを崩したアレンに刃が浴びせられようとしていた。
〈レッドドラゴン〉が火を噴く。
大剣の重さを支えるルオの手首が銃弾で撃ち抜かれた。その弾の破壊力は貫通などという生やさしいものではなく、手首を吹き飛ばし肉片に変えるほどだった。
支えきれなくなった〈黒の剣〉が地面に落ちた。
「おのれ!」
怒りに燃えるルオだったが、その片手を失った傷はすでに止血している。
「おいおいマジかよ、人間か?」
トッシュは冷や汗をかいた。相手をしているのが、人間ではないと気づいたからだ。
〈レッドドラゴン〉が吼える。
持てなくとも〈黒の剣〉は扱える。宙を浮く大剣は盾となって銃弾をはじき返した。
まるで矢のように〈黒の剣〉が飛ぶ。紙一重でトッシュは躱した。躱せたが、その刃が起こした風がかまいたちとなり、服ごとトッシュの腹を割いていた。
しかし、それだけの傷で済んだのだ。
〈黒の剣〉から異様なまでの禍々しさがない。
攻守。今の〈黒の剣〉は守であった。真の主と〈黒の剣〉が認めた者が、その手で柄を握ることによって、はじめて攻となるのだ。
それでも〈黒の剣〉はまだ実力を抑えられているように思える。
人間の兵士をたちを葬り、鬼械兵たちを葬ってきた〈黒の剣〉だが、この戦いにおいては大人しい。
ルオはちらりとセレンを一瞥した。
怯えているセレンだが、戦いに巻き込まれ外傷を負ってはいない。
そうなのだ、ルオはセレンを気遣っているのだ。
かつてのシュラを治める暴君であったころからは考えられない。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)