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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-

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 鬼械兵と眼が合ってしまった。
 逃げようと振り返ったセレンだったが、その先には艶笑を浮かべる火鬼が待ち構えてた。
「逃げないでくんなまし」
 セレンは横を振り向き逃げようとした。だが、その先にも鬼械兵。さらに反対側を振り返った。
 ――魔獣がいた。
 火鬼も気づき眉をひそめる。
「ルオの坊ちゃんでありんすか?」
 返事はなかった。
 〈黒の剣〉が唸り声をあげたと同時、鬼械兵の群れが真っ二つに割られていた。音を立てて、胴が崩れ落ちる鬼械兵。次の瞬間に巻き起こった爆発。
 煙と風にセレンは顔を腕で守りながら眼をつぶった。
 すぐさま火鬼は炎を放つ。セレンごとルオを始末するつもりだ。
 風よりも早く駆けたルオは〈黒の剣〉を地面に投げ、セレンを抱きかかえたかと思うと、サーフボードのように〈黒の剣〉に乗ったのだ。
 二人を乗せ高く舞い上がる〈黒の剣〉。その真下を渦巻き抜けた炎。
 炎の海を渡る〈黒の剣〉。
 ルオはセレンを天高く投げた。
「きゃーっ!」
 悲鳴に構わずルオが見つめているのは火鬼。
 足下の〈黒の剣〉を両手に持ち、空から火鬼に向かって振り下ろす。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
 舞い踊りながら火鬼が扇から炎を繰り出した。
「袋の鼠でありんす!」
 ルオを呑み込まんとする炎の渦。
 風が巻き起こった。炎が酸素を燃やし起こした風ではない。〈黒の剣〉が唸り声をあげている。
 なんと炎が闇色の〈黒の剣〉に吸いこまれていく。色づくもの、光り輝くもの、炎を喰らう〈黒の剣〉。
 一刹那の判断で火鬼は身を反らせた。
 〈黒の剣〉は大地に叩きつけられ、傍にいた火鬼が大きく振り飛ばされてしまった。
 まるでそれは大地に奔る稲妻。巨大な亀裂に鬼械兵たちが落ちていく。
 崖となった亀裂に片手でぶらさがっている火鬼。蒼い顔をしていた。
「なんだいあのゾッとする剣は……」
 斬られるという恐怖ではなかった。だから避けたのではない。得体の知れない恐怖を感じて、本能的に身を反らせたのだ。
 空から落ちてきたセレンをルオは受け止めた。
 しかし、それと同時にルオは膝を地面についてしまった。
 顔色が悪い。苦しそうな顔をしながら、ルオは肩で息を切っている。
 セレンはルオの顔を見つめた。髪の毛は伸び、顔や体中には紋様が奔っていたが、それがだれのかすぐにわかった。
「シュラ帝國の……」
「……ハァ……ハァ……」
 セレンの声も耳に入っていないようだった。今にも気を失いそうに、ルオは薄目を開けて耐えている。
 まだ火鬼はいる。鬼械兵もいる。逃げなくてはセレンは思った。
 セレンはルオに肩を貸して必死に駆け出した。
 無我夢中でセレンは気づかなかった、遠い空に浮かぶ飛空挺の姿に――。
 割れ目から這い上がった火鬼は鬼械兵たちに待機を命じていた。そして、空を見上げて待ったのだ。
 運良く火鬼から逃げることのできたセレンは、川に向かって駆けていた。広大な大地で川はひとつの道しるべだったからだ。このときルオはすでに気を失っていた。
 ――それからどれほどの刻が経ったのだろうか?
 川沿いを歩いて進んでいると、背負っていたルオが目を覚ました。
 意識を取り戻しても、まだルオのひどく具合が悪そうで、セレンに肩を借りて歩くしかなかった。
 ――そんなつもりはなかった。
 と、言ってからルオは足を止めた。
「ここまででいい……朕を置いて先に行け……ハァハァ」
「疲れましたか? ならここで少し休みましょう。なんだかもう追ってこないみたいですし」
 ニコッと笑ったセレン。その顔には疲労が滲んでいる。大の大人ではないとはいえ、ルオを背負って逃げてきたのだ。少女の身には負担が大きい。
 川沿いには草が茂っていた。この川もつい最近できたばかりだった。
 セレンは川の水を手ですくった。
「キラキラしててすごく綺麗な水ですよ」
 のどを鳴らしてセレンは水を飲んだ。
 ルオも川の水を飲む。顔ごと水につけて豪快に飲んだ。
 川から顔を離し、止めていた息を一気に吹き出す。
「はぁっ……ふぅ……」
 手の甲で口を拭ったルオはセレンに顔を向けた。彼女は笑っていた。
「なにがおかしい?」
「さっきまであなたのことがすごく恐かった。でも、今はそれが和らいだ気がして……助けてくれてありがとうございます」
「だからそんなつもりはなかったと言っているだろう」
 理由はどうあれ、結果としてはセレンを助けることになった。けれど、なぜルオはあの場所に来たのか?
「あなたはシュラ帝國の皇帝ですよね?」
 和らいだといっても、その声音には畏怖が含まれていた。
「そうらしいね。けど昔のことは覚えてない」
「記憶喪失!?」
 セレンは驚きを隠せない。
 死んだとされたルオは生きていた。それだけでも驚きなのに、記憶喪失とは思ってもみなかった。それに気になるのは、その姿の変貌だ。
 まるで野性に還ったかのような風貌――魔獣である。
 記憶喪失の者が、なんの目的であの駐屯地を訪れたのか、さらに気になってきた。
「どうしてあの場所に来たんですか? 鬼械兵団が現れるのを知っていたんですか?」
「あの機械どもはたまたまあの場所にいただけさ。朕の目的は此の世にいるすべての軍隊を制圧すること」
「この世界を支配するつもりですか!」
 言葉に滲んだ怒り。シュラ帝國の煌帝はどこまでも煌帝なのかとセレンは思ったのだ。
 しかし――
「支配者には興味ない。陳腐な言葉になるけど、朕の望みは平和だ」
「えっ?」
 予想外の言葉にセレンは驚いた。
 空に暗雲が立ち籠めた。
 稲妻が大地を穿つ。
 空から降ってきた〈黒の剣〉。
 ルオは闇よりも暗き大剣の柄を握り締めた。
「歯には歯を、目には目を、毒を喰らわば皿まで。戦乱の世は武力によって制する。そのためならば、死人の山をいくつでも築こう」
 ただの少年には浮かべることのできない妖しい笑みを煌帝は口元に浮かべた。
 畏怖。
 震えながらもセレンはのどから声を絞り出す。
「そんなの間違ってます!」
「どうして?」
 静かに問われた。
 まるで自分のほうが間違ってる感覚に襲われながらも、それをセレンは振り切った。
「だって、平和と戦争は相容れません。ひとが傷つくことのどこが平和なんですか!」
「課程でひとが傷つくのは仕方ないことだ。武器を手に取る者は皆殺しにしなければ真の平和は成し遂げられない」
 絶対者の裁き。極論の中の極論であった。
 ルオは自らも武器を取る者であることを承知している。だからこそ毒を食わば皿まで、罪であることを知りながら、ためらわず最後まで悪に徹するつもりなのだ。
 歯には歯を、目には目を、悪には悪を――。
 ルオは天を見つめた。
「胸騒ぎがする」
 飛空挺〈インドラ〉の影。
 この場にアレンたちが来ようとしていた。