魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
第3章 智慧の林檎(1)
月に行くと聞いて、トッシュは度肝を抜かした。
「月面だと? マジで言っているのか?」
もうひとりのほうは今にも歌い出しそうなくらいニコニコしている。
「ロマンがあっていいじゃないですかぁ。世界中を旅してきましたが、月ははじめてなのでワクワクです」
「あんたも来んの?」
アレンは冷めた態度でワーズワースに言った。
「えええっ!? 行きますよ、だって月ですよ月。このチャンスを逃したら次はないですからね」
問題はこの時代にどうやって月に行くかだ。もちろんロストテクノロジーの助けなしでは無理だろう。この飛空挺〈インドラ〉では大気圏を脱出できない。
トッシュは懐疑的だが、リリスならばと顔を向けた。
「リリス殿はどうやって月に行く気で?」
「さて、どうしたものか」
これまで人知を超えた不可思議な現象を起こしてきたリリスですら、その方法をまだ思い付いていないらしい。
「昔は簡単に行けたのじゃがな……この時代にあるもので行くとなると、さてはて」
方法はいくつも確立されている。問題はこの時代でもできる方法だった。
手のひらの上にワーズワースは拳をポンと乗せた。
「そういえば、太古の昔、天からつり下がる神の糸により、人々はそれにぶら下がって空の向う側に行ったなんて伝承があるような気がします」
それがなんであるかリリスはすぐに理解した。
「軌道エレベーターじゃな。赤道付近の海洋にプラットフォームがあっての、そこからエレベーターで宇宙まで行けるのじゃが……まだ生きておるか?」
軌道エレベーターとは、静止軌道上の人工衛星などのステーションと地上を結ぶエレベーターである。静止軌道のある衛星などは、常に地球と同じ面で向き合っているため、衛星からエレベーターを吊り下げる形で、その運行を実現させる。それでも地球と衛星は常に同じ位置と距離を保っているわけではないので、その誤差を考慮して海上にプラットホームをつくるのが好ましい。
メカトピアの住人たちは、秘密裏に人間たちの世界を観察してきた。ジェスリーは使われなくなった軌道エレベーターのことも知っていた。
「残念ながら、軌道エレベーターは劣化に耐えきれず、すでにエレベーター部分が千切れ海上に落ちてしまいました」
これで方法が1つ消えた。
アレンはなにか思い付いたようだ。
「そういやさ、隠形鬼とかがいきない現れたり消えたりするあれなんなの? あれで月まで行けないわけ?」
空間転送はライザいわく自由にできない。隠形鬼はそれよりも自由に行っているらしいが、それでも万能というわけではないだろう。現実の世界には種も仕掛けもあるのだから。
なぜか艶笑しながらリリスが口を開く。
「月への空間転送装置はごくごく秘密裏に運用されておった。空間転送の技術は人間の歴史の中でもっとも優れた技術じゃった」
「レヴェナ博士が開発されたものです」
ジェスリーが口を挟み、リリスは眼を深くつぶることで頷いた。
「そうじゃ、わしの姉レヴェナが生み出した。じゃが、その?危険さ?ゆえにすべて破壊されることになったのじゃ。装置や技術に関する資料すべて徹底的に、なにもかも此の世から消し去られた。それでもひとの頭の中には残るもの。忘れられず微かに残っていた断片を実用化するような現代人がおったことには驚きじゃがな」
危険さとは今のリリスのようなことを示しているのだろうか?
ほかにもライザがセレンに危険性を語っていた。
転送装置の案も消えた。
どうすれば月に行けるのか?
みな押し黙ってしまった。リリスに思い付かないことをほかのものが思い付くのか?
ジェスリーが提案する。
「わたくしなりに宇宙に行く方法を検討したのですが、この飛空挺で行くというのはどうでしょう?」
トッシュが苦笑する。
「無理に決まってるだろう」
「たしかに現状では無理です。が、それは出力の問題です。機体の構造上、大気圏を脱出でき、宇宙でも充分対応できると思います。プロペラ式ではなく、魔導式の浮遊技術を使っていますので、真空状態でも飛行が可能です」
アレンが口を挟む。
「なに真空って?」
順番にトッシュ、ワーズワースと顔向け、ジェスリーが答える。
「空の上を宇宙空間と言います。そこには空気がないのです。つまり息もできない場所ということです」
「死ぬじゃん!」
本気でアレンはビックリした。
「問題ありません。水中でも酸素ボンベがあれば呼吸ができますでしょう?」
ジェスリーはわかりやすく言ったつもりだったが、この地域に住む者たちは海と言えば、砂の海である。泳げない者も多い地域で、海中にもぐる酸素ボンベという物を知っているかどうか。
アレンはトッシュに顔を向けた。
「わかったかよ?」
「ああ、俺様はばっちりわかった」
「ホントかよ?」
「マジだ」
はっきり言って二人ともあやしい。
ジェスリーの提案が正しいのか、トッシュはリリスに尋ねる。
「リリス殿はこの飛空挺で月に行けるとお思いで?」
「さて、わしはこの飛空挺についてよく知らん。この躰じゃ調べることもできんしな」
再びみなの視線がジェスリーに集中する。
「可能です。出力さえどうにかすればですが。つまり、現在の動力源をもっと強力なものに変更する必要があります。さきほど動力室を見てきましたが、銃の形をした魔導具を動力にしているようでした」
それは〈ピナカ〉だった。
エネルギー源となる強力なロストテクノロジー。
キュクロプスを飛ばしていたのは、帝國を沈め砂漠を海に変えた〈スイシュ〉だ。
さらに条件がある。
「この飛空挺に転用できるようなものでなくてはなりません。大きさもだいたいわたくしが両手を広げたくらいの直径が上限かと」
大雑把に2メートル四方といったところだろうか。
そして、ジェスリーはその目星もつけていた。
「それに適したものは〈黒の剣〉です」
あの煌帝ルオのもつ大剣だ。その破壊力はすでに証明されている。が、アレンらはその一端しか知らない。
本当に〈黒の剣〉で月に行けるのか?
ならば〈ピナカ〉も相当な破壊力を持っているはず。あの稲妻の魔導砲を打ち出せるくらいだ。
「たしかに〈黒の剣〉なら可能じゃな」
と、リリスは静かに囁いた。
煤だらけになった顔。
息を切らせながら躰を引きずるように歩く少年と少女。
シスター・セレンは生きていた。
彼女が肩を貸して共に歩いているのはルオ。
「どうして朕を……助け……る?」
今にも絶えそうな弱々しい声。その顔には玉の汗が滲み、全身から高熱を発している。
「だってあなただってわたしのこと、助けてくれたじゃないですか?」
「そんなつもりはなかった」
――革命軍駐屯地、鬼械兵団襲撃。
人々が気づいたとき、すでに炎に包まれていた。なにが起こったのかわからぬまま、鬼械兵の襲撃に逢い、武器を取るも相手には効かず、為す術もなく革命軍の兵士たちは倒れていった。
駐屯地は川からほどよい距離に仮設されていた。襲撃時、セレンは川に水を汲みに行っていたのだ。そして、帰ってきたセレンはその光景を目の当たりにして、水の入ったバケツを地面に落としてしまった。
灰と化した駐屯地。
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)