魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝-
ひときわ太く高く、何重にも螺旋を巻く茎が伸びた。その頂点の巨大な蕾がゆっくりと花開く。
血と汗が立ち籠める戦場を包み込む甘い香り。
生き残っていた兵士たちが敵味方関係なく殺し合いをはじめた。錯乱しているのだ。この甘い香りによって。
巨大な花の中から生まれた半裸の女。その女は服ではなく、躰に巻き付く蔓を纏っていた。
トッシュが目を丸くする。
「フローラ!?」
樹木たちと戦場に姿を見せたフローラ。彼女が引き連れてきたのは樹木だけではなかった。
地中から楕円状の金属が次々と飛び出し、それに手が生え、足が生えたかと思うと、鬼械兵へと変形したのだ。
先ほどまで乾いた大地だったこの場所は、鬱蒼とした湿地帯と化して鬼械兵団に制圧されたのだ。
有人兵器に乗っていた大臣も混乱に陥っていた。
《なぜだっ、操縦が利かん!》
勝手に動き出す有人兵器。再び魔導レーザーが〈インドラ〉に発射された。
防御フィールドが展開されレーザーを防ぐ。だが、レーザーが休まることなく放たれ、ついに〈インドラ〉の機体を掠めた。
激しく揺れる船内。
ライザがモニターに映し出された〈インドラ〉の平面画像で、損傷箇所を確認している。船尾付近が赤く点滅していた。
「問題ないわ。ただし何度も喰らうと落ちるわよ。この飛空挺は2種類のフィールドで守られているわ。1つは物理的攻撃を防ぐもの、もうひとつはエネルギー攻撃を防ぐもの。エネルギー攻撃は中和することによって相殺しているの、つまり集中攻撃をされると処理が間に合わない」
揺れる船内で床に手を付いたトッシュが叫ぶ。
「説明はいいからなんとかしろ!」
「わかったわ、最大出力で魔導砲を地面に撃つわよ。その代わり兵士も全滅するけれど」
スイッチを押そうとしたライザの腕をヴィリバルトが掴んで持ち上げた。
「やめろ!」
「止めないでよ」
「兵士たちを巻き込む必要はないだろう。まだ生きている我が軍の兵士もいるんだぞ!」
「大臣が乗ってる兵器はこっちの魔導砲を一回防いでいるのよ。加えて、地面が沸いてきた鬼械兵団も一掃しなくてはいけない。だったら最大出力で広範囲に攻撃しないと駄目でしょう。多少の犠牲は名誉の戦死よ」
さらに魔導レーザーを受けて船体が45度以上傾いた。
「早くしないとアタクシたちも死ぬわよ?」
「兵士たちを巻き込まない攻撃方法はないのか!」
「残念だけれど、この飛空挺の装備は魔導砲だけなのよね。だってまだ3割くらいしか完成してないんですもの」
「とにかく駄目だ、我が軍を犠牲にはできない!」
ヴィリバルトとライザが言い合っている中、トッシュはマイクを握っていた。
《糞大臣! こんな状況で俺様たちとやり合ってる場合か!》
するとノイズ混じりで反応が返ってきた。
《ザザ……ザザザザ……操縦ができない……》
《はぁ?》
トッシュが怒りでマイクを強く握り締める。
そこへ第3の通信が割り込んでくる。
《ビュルガーが乗っている魔導アーマーは、こちらで制御させてもらっているわ》
女の声。すぐさまトッシュが反応する。
《フローラか!》
《だったらどうする……トッシュ?》
愁いを帯びた物静かな挑発だった。
《だったらもなにもあるか、この飛空挺で両軍の戦いは治められるところだったんだ。それを掻き回しやがって、おまえの目的は……目的は……フローラ、おまえはいったいなにがしたいんだッ!》
感情高ぶる震える声音。
通信の向う側から静かな笑い声がきこえる。
《ふふ、わたくしの目的を知りたい?》
《教えろッ!》
《自然を守るためには、人間にこの星を任せてはおけない》
《なにを言ってるんだ!》
《すべての人間の命を奪うつもりはないわ。この星に生きるものとして、必要最低限の数は残すつもりよ。しかし、人間は愚かだわ……だからそれを管理するものが必要なの》
それがこの鬼械兵団――機械たちというのか!
〈インドラ〉の操縦室にいた兵士たちがざわめいた。
一人の兵士が消え、その場所に別の者が現れたのだ。
――隠形鬼!?
「飛空挺ヲ造リ出ストハ、ヤハリ惜シイ。優秀ナ人間ニハ敬意ヲ表シタイ。らざいヨ、再ビ問オウ――此方側ニ来ルノダ」
トッシュがレッドドラゴンを抜いた。だが、操縦室で流れ弾が大事故を引き起こす可能性があるので撃つのを躊躇した。
「奴が敵の首領[ドン]だ!」
それを聞いてヴィリバルトが巨大な大剣を抜いた。
「ウォォォォォォッ!」
斬りかかった一瞬の判断。トッシュの言葉を信じ、敵と判断してためらいなく斬り込んだのだ。
隠形鬼は片手を前へ伸ばした。
その手に大剣が触れた瞬間、まるでチョコレートのように刃が溶けたのだ。
自分の常識の範疇を超えた出来事に眼を剥いたヴィリバルト。
大剣は隠形鬼を斬れなかった。
それとほぼ同時だった。
操縦室の巨大モニターに映し出されてた魔導アーマーが、一刀両断されたのだ。
隠形鬼が仮面の奥で感嘆する。
「ホウ、アレモ生キテイタカ」
魔導アーマーが爆発して辺りは煙に包まれた。
そして、その煙の中で揺れる漆黒の影。
映し出されたのは闇よりも深き大剣を構える魔獣。
ライザが妖しく微笑んだ。
足下よりも長い髪を靡かせ、体中に紋様を走らせた紅い眼の少年。身にまとった襤褸[ぼろ]切れのマントが幾人もの血で赤黒く染まっていた。
輝ける煌帝ルオ。
その一太刀で魔導アーマーを破壊したのだ。あの〈インドラ〉の魔導砲ですら倒せなかったロストテクノロジー兵器をだ。
ライザが操縦席から立ち上がり、隠形鬼に顔を向けて口を開く。
「いいわ、そっち側についてあげる」
トッシュとヴィリバルトが声を荒げる。
「ふざけんなバカ女!」
「?ライオンヘア?正気かッ!」
構わずライザはヒールを鳴らしながら隠形鬼に近づく。
両手を広げライザを自分の胸に包み込んだ隠形鬼。
そして、二人は消えたのだ。
操縦者を失った〈インドラ〉が急速に落下する。
憤怒しながらトッシュが操縦席に飛び乗った。
「糞ッ、はじめから信用なんてしてなかったが、マジで裏切りやがるとは!」
飛空挺の操縦などしたことがない。とにかく機器を適当に操作した。
しかし、駄目だ!
墜落する!!
作品名:魔導装甲アレン3-逆襲の紅き煌帝- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)